第75話『アメリカへの誘い』
ゾッとする動物病院の話。
ここからは又聞きによる情報も含まれるため、必ずしもすべてが真実とはかぎらない。
しかし、なんとあの男性職員、獣医師免許を持っていなかったそうだ。
なんでそんな男が診療を担当していたのか?
それは院長である獣医師から「面倒だから代わりにやっといて」と丸投げされていたからだとか。
もちろん、最初からこうだったわけではない。
はじめはほんの些細な雑用だった。
しかし「これくらいならいいか」がだんだんとエスカレートしていき……。
そして最後には、免許を持たない職員が治療をすることが恒常化した。
当然だが、そんなもの違法に決まっている。
調査してみると施設の管理もずさんで、衛生状態は最悪だったとか。
「イロハが止めてくれてよかったわ。でなきゃ、いったいなにを注射されていたか」
いや、俺じゃない。
助けたのはあそこにいた動物たちだ。
あのとき俺には、奥の部屋から犬や猫の鳴き声が聞こえていた。
そこにあったのは敵意、恐怖、苦痛ばかりだった。
動物が獣医師に多少の敵意を抱くのは仕方がないだろう。
だれだって自分を傷つけてくる相手はイヤだろう。
しかし、だからってアレは異常だ。
今、思い出しても気分が悪くなる。
思わずこの俺が――VTuber一辺倒なこの俺が、大きな動物病院に辿り着いたとき「あの子たちを助けてあげてください!」と獣医師さんに縋りついてしまったほどだ。
それほどまでに酷かった。
「あそこに入院していた子たちも、今ごろは元気になっているといいわねぇ」
「……そうだね」
ウワサによるとあの診療所にいた動物たちは、近くの動物病院に転院したそうだ。
きっとそこで適切な処置を受けていることだろう。
ただ、勘違いしてはいけない。
たとえ小さな診療施設でも、その大多数の獣医師さんはとても動物想いでいい人たちだ。
ただ、悲しいかな。世の中にはそうではない人もいるというお話。
決してすべての人間が善とはかぎらない。
医師も獣医師も同じだ。
ちょっとでも不信感を覚えたら、セカンドオピニオンを聞かなければならない。
そのときピンポーンとチャイムが鳴った。
あぁ、そうか……時間か。
「お別れね」
母親がそう、悲し気に呟いた。
* * *
「直接でははじめましてですね、イロハさん」
「やっほーイロハちゃん。来たよー」
玄関に立っていたのは本来の猫の飼い主である、あー姉ぇのマネージャーだ。
ここまで案内してくれたのだろう、となりにはあー姉ぇもいる。
「おーい、元気にしてたかー?」
”ん~? あっ、だれかと思ったらご主人じゃにゃいか!”
「よーしよしよし。そんなに私に会えてうれしいかー!」
”おやつくれにゃー!”
マネージャーさんがケージ内の猫とスキンシップを取る。
まったく会話は噛みあってないが。
「あの、マネちゃんさん。それで連絡していたことですが」
「動物病院の件ですよね? いえ、むしろイロハさんのおかげで助かりました。ウチの子を守ってくださって、本当にありがとうございました」
「……いえ」
「それに……うん、大丈夫! これくらいは怪我のうちにも入りませんよ。すぐ治ります。ウチの子ってやんちゃでしょ? 怪我してくることもしょっちゅうですから。ほんと、どれだけ対策しても、毎回トンデモない方法で暴れてくれるので。いや、ほんとに、毎回……」
マネージャーさんが疲れ果てた顔で言った。
思わず苦笑してしまう。ずいぶんと苦労させられているようだ。
マネージャーさんはむしろ、猫がサイン色紙で爪とぎしようとしたことを知って平謝りしていた。
いいんですよ。無事だったんだから。
無事じゃなかったら寝込んでたけど。
……おい、だれだ。
今、ネコだけにってか? って言ったやつは!?
「うわ~、猫ちゃんかわいい……ふぇっ、ふぇっ、ぶぇーっくしょんっ!」
あー姉ぇが猫を愛でようとして大きなくしゃみをかます。
ズルズルと鼻水をすすっていた。
本当に猫アレルギーだったんだな。
これでよく猫を預かろうだなんて言ってたな。
「あんまり長居しても悪いし、そろそろ行きましょうか。と言いたいところだけど、じつは今日イロハさんの家に来たのにはもうひとつ理由があるんです」
「なんでしょうか?」
「私がこの2週間、どこへ行ってたかはご存じですか? ねぇ、イロハさん……」
「――私たちと一緒にアメリカへ行きませんか?」
マネージャーさんは言った。
今日はその許可を親御さんから得るためにも出向いたのだ、と。
「アメリカ……」
「イベントの開催はまだ先ですが、準備を考えるとあまり時間がありません。急なお話で申し訳ないのですが、1週間以内にお返事いただけると助かります」
ひととおり説明を終えると、マネージャーさんは「お願いします」と頭を下げた。
……アメリカで行われる大規模イベント、か。
あー姉ぇもそのイベントに参加するそうだ。
向こうへ行った際は、ふたりが俺の保護者役になるとのこと。
母親は考え込んでいる様子だった。
さすがにまだ中学1年生の娘を、仕事で海外へ行かせるのは心配なのだろう。
俺は――。
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