第409話『開演5分前』


 VTuber国際ライブ本番当日、出立の準備を終えた俺たちは玄関に集まっていた。

 ついにここまで来たのだ……!


「みんな準備はいい?」


 あー姉ぇの言葉にみんなで顔を見合わせ、うなずき合う。

 さぁ、いよいよ足を踏み出して……。


「じゃあ、出発――」



「――ちょっと待ったぁあああぁ~~~~っ!?」



 そこへマイが立ちふさがっていた。

 俺たちは首を傾げて彼女を見る。


「どうかしたのカ? マイ?」


「いやいやいや、これ絶対におかしいよねぇ~!? だってみんないろいろあったじゃんぅ~!? なのに、なんでマイだけなんにもなしで普通に行こうとしてるのぉ~!?」


「だってオマエ、じゃんけんに負けたシ」


「お、おーぐさん……たしかに、そうだけどぉ~っ!?」


「こーら、マイ。あまり時間に余裕もないんだから、みんなのジャマしちゃダーメ」


「お姉ちゃん、なんでこんなときだけまともなこと言うのぉ~!? ていうか、時間ギリギリになったのふたりのシャワーが長かったからだよねぇ~!? いったいなにしてたのぉ~!?」


「マイ、それはそれ。これはこれだよ」


「イロハちゃんまでぇ~!?」


「……マイサン」


「イリェーナちゃんぅ~! あなたならわかって……」


「ジャマデス」


「うわぁあああぁ~~~~んっ!」


 うん、すまないマイ。

 これは尺の都合……じゃなかった。時間がなかったから仕方がないのだ。


   *  *  *


 そんなわけで俺たちは会場に到着した。

 リハーサルですでに何度か来ていたが、しかし今日は雰囲気がまるでちがった。


 戦場――その表現が一番しっくりきた。

 スタッフさんたちが方々を駆けまわっている。


 俺たちも関係者タグを首から下げて、その流れの一部となる。

 開演まではまだ時間があるが、やることは山積みで余裕はない。


《すいません、通りまーす! 通りまーす!》


 スタッフに案内されて控室へ。

 護衛の都合で、俺たちは個室をもらっている。


 といっても、さすがに今日はずっと一緒にいるわけにはいかない。

 とくに企業VTuber……それも大事務所に所属しているあんぐおーぐとあー姉ぇはそうだ。


「イロハ、スマン。じゃあワタシたちはそっちの合わせがあるから」


「イロハちゃん、またあとでね~っ!」


 言って、控室を出て行った。

 今日は俺たちの護衛も増員されており、何人かはそちらへとついて行った。


 残ったイリェーナと俺もトラッキングの合わせなどがあり、べつべつに呼ばれた。

 そうすると、部屋にひとりだけポツンと残される人物が……。


「マイってここにいていいのかなぁ~……VTuberでもないのに。そもそもマイっていったいなんのために生まれてきたんだろう……? マイってなんなんだろうにぇ……?」


 光を映さぬ目でマイが遠いところを見上げていた。

 な、なんかごめん……。


 でも護衛もみんなこっちに来ちゃうから、ホテルに置いておくわけにもいかず。

 せめて母親がいてくれたらよかったのだが……彼女は彼女で、俺のことでいろいろお偉いさんとお話をしなくちゃいけないらしく不在。


「そ、それじゃあ行ってくるね?」


「マイサン……ソノ、お気をたしカニ」


「あ、あはは……」


 俺たちはマイを置いてけぼりに、それぞれの現場へと向かっていったのであった――。


   *  *  *


 トラッキング用のスーツに着替えて、撮影エリアに立つ。

 イヤモニを装着して、そこから聞こえてくるスタッフの指示に従いアレコレ動き回る。


《……はい、オッケーでーす!》


 位置合わせや機材などの最終チェックを済ませて、控室に戻ってくる。

 それだけであっという間に時間がすぎて、気づけばもうすぐ開場だ。


「懐かしいナ……あのときはアネゴに控室でコスプレさせられたんだよナ」


「ヘェ~、そんなことがあったんデスカ!? ワタシもイロハサマのコスプレ見たかったデス!」


「おっ、じゃあやっちゃう? やっちゃう?」


「「絶対にお断り(ダ)」」


 俺とあんぐおーぐが声を揃えて、あー姉ぇに言う。

 はじまったあとはもう、こうやってみんなで話をしている時間はない。


 だから、みんなで集まれるのはおそらくこれが最後。

 動きにくくならないよう、昼食代わりの軽食をつまみながら俺たちは言葉を交わし……。


「……マイー、いい加減に機嫌直しなよ」


「うぅ~っ、やっぱりマイは要らない子なんだぁ~……ひっぐ、ぐすん……」


 数時間、放置されている間に完全にマイが病んでしまっていた。

 仕方ないなぁ、と俺は席を立ちあがった。そして……。


「あーん」


「むぐっ……!?」


 俺はマイの口に、自分の食べかけだったサンドイッチを突っ込んだ。

 彼女は目をぱちくりとさせながら、もぐもぐと口を動かした。


「いろふぁひゃんぅ~?」


「食べながらしゃべらない。ほら、牛乳」


「……んくっ、んくっ。ぷはぁ~っ」


 ストローを挿したパックの牛乳を差し出す。

 マイがしっかりと食べたのを確認して、俺はうなずいた。


「ん……よしっ」


「イロハちゃんぅ~、今のって間接ちゅうぅ~?」


「それはどうでもいいから。ただマイが元気ないと、わたしも気がかりで100%のパフォーマンスできなくなっちゃう。それに――もし、なにかあったときはマイに助けを求めるかもだし」


「マイにぃ~?」


「うん。もちろん大半のことはスタッフさんがやってくれるだろうけどね。でも……マイはわたしがピンチになったとき、いつも支えてくれたでしょ?」


「……っ!」


 今から2年前のあの事件のときも。

 マイは俺に道を示したり、ずっと寄り添って支え続けてくれたりした。


 それがなければ、今の俺も……世界もここにはなかっただろう。

 いざというときは彼女が力を貸してくれる――そう思えるから、安心して全力でがんばれるのだ。



「だから――しっかりわたしを見てて」



 その言葉と同時に開場時間となった。

 建物の外の……大勢のファンたちの声が、足音が、地響きのようにここまで伝わってくる。


《イロハさん、みなさん、移動をお願いします》


 ノックが響き、スタッフが俺たちを呼んだ。

 俺たちが部屋を出ていくのを、マイは静かに見届けていた――。


   *  *  *


 そして――俺は”その場所”に立っていた。

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