第56話『はじめての案件配信』


 テレビに出れば、運命が変わる。

 英語担任の言葉は、まさにそのとおりだ。


 普通のVTuberがこの話をされたなら、断るしかないだろう。

 本人バレのリスクがあまりにも大きすぎる。


 しかし、俺の場合は必ずしも一択ではない。

 ……いつの頃からか、頭からすっぽ抜けていた。


 今の俺にはふたつの選択肢がある。

 ひとつは、今後もVTuberとして活動し続ける選択。

 そしてもうひとつは――”VTuber以外”として活動する選択。


 なぜなら、将来のことを考えた場合、十全にこのチートじみた言語能力を活用しようとしたら、生身のほうが圧倒的に都合が良いのだ。


 たとえばこの能力を活かせる仕事を考えてみよう。

 今、パッと思いつくのは言語学者や通訳者だろうか。


 たとえば言語学者になり、かつ何十という言語が扱えるともなればメディアへの露出はどの道、避けられない。

 論文を発表するにしても表舞台に出ないわけにはいかない。


 通訳者になった場合も同様。

 とくに外務省にて通訳担当官として勤めることにした場合。

 外交上、漏らしたくない話だってあるだろう。どうしたって生身でその場にいる必要が出てくる。


 遅かれ早かれ、なのだ。

 そうなってくるとここで名前を売っておくのは悪い選択肢ではない。

 それどころか、俺の”目的”を考えればむしろ、そちらのほうが近道ですら……。


「いや、ないな! というわけで、テレビへの出演を蹴ってきました、翻訳少女イロハです」


>>ドンマイ

>>地上波デビュー失敗か

>>まぁ本人バレは恐いしなぁ


「出演料も出るって話だったんだけどなぁ。あ~、今でも惜しいことした気がする」


>>テレビ局のやつらもなかなか目ざとかったな

>>逃した魚は大きいぞ

>>イロハちゃんみたいな天才はいずれ、世間の目に留まると思ってた


「いや待て、今からでも……声を出さずに出演という形ならワンチャン?」


>>ムリだろwww

>>英語を話さずにどうやって番組成り立たせるんだよw

>>諦めろwww


「くっ……」


 正直、今でも惜しいチャンスを逃した、と思う。

 問題を先送りにしただけだからだ。


 VTuberか、それ以外か。

 いずれまたこの2択を迫られることになるだろう。


 それでも、今はこれでいいと思った。

 今後も俺がVTuberを続けられるかはわからない。

 けれど、それは続けられなくなってから考えても遅くはないのだから。


「あ~、でもなぁ~」


>>草

>>いつまで引きずってんだwww

>>イロハちゃんがVTuberでも、そうじゃなくなっても俺は応援し続けるぜ


 という話を配信でしていたら……。

 その数日後、予想外の方向から解決策がもたらされた。


「えーっと、どうしよう? 博物館から案件もらっちゃったんだけど」


 それは第3の選択肢。

 俺はVTuberとして、言語学方面の仕事を引き受けることになった。


   *  *  *


「ひゃっほー! 初の案件配信だー!」


>>ついにイロハちゃんにも案件が来るようになったか

>>むしろ遅すぎるくらいやな

>>けどなぜに博物館?


「というのも近々『世界の言語ミュージアム』って体験型の博物館がオープンされるの」


>>なるほど、その宣伝ってことか

>>イロハちゃんにピッタリやな

>>実際にどんなのが展示されてるん?


「ロゼッタストーンみたいな碑文から粘土板、ヴォイニッチ手稿のような奇書や偽書まで、いろんなものが展示されてる施設なんだって」


 体験型のためレプリカも多い一方、実際に触れることができる。

 子どもにとってはむしろ、あるいは大勢の大人にとっても、普通の博物館以上に娯楽性の高い……親しみやすい施設になっている。


 まぁ、俺も案件をもらうまで存在すら知らなかったんだけどな!

 マーケティングの偉大さを痛感する。


「ほかにも暗号だったり、言語の歴史だったり。店内のレストランではABCスープや、いろはチョコレートが食べられたりするらしいよ」


>>ABCスープ懐かしっ!

>>イロハちゃんの手作りチョコだって!?

>>バレンタインは伏線だった!?


「ちがわい! わたしの手作りじゃなくて……えーっと、知らない? 五十音が書かれた、個包装されてる一口サイズのチョコレート。パソコンのキーボードみたいなやつ」


>>知ってるぞ

>>夢を見たかったんや……

>>まぁ、この短期間でコラボメニュー用意すんのはムリやわな

>>そのチョコってべつにどこでも買えるくない?


「そう思うでしょ? けどこのレストランでは、普通は文字がランダムなところを、好きな文字や絵柄を指定できるんだって」


>>ちょっと面白そう

>>イロハちゃんの名前作るわ

>>自分の名前との間にハートの絵柄を入れると……?


「ハッ!? て、天才か!? わたしも推しと自分の名前でやろっ!」


>>イロハ♡おーぐ

>>イロハ♡おーぐ

>>イロハ♡俺たち


「お前らじゃねーよ! って、だれもおーぐの名前を入れるとは言ってないでしょ!?」


 まぁ、あんぐおーぐの名前を入れるんだが。

 なんだかんだ、今なお俺のイチ推しは彼女のままだ。


「とまぁ今日はそんな風に、博物館を宣伝する配信でーす。で、わたしもそれなりに語学力で売ってるVTuberなので『できるもんなら解読してみろ』って言われました。そう煽られたら……やるしかないよなぁ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る