第57話『ヴォイニッチ手稿』
>>イロハちゃん古代語も読めたの!?
>>暗号解読までできるのか
>>イロハちゃんならできそう
「もちろんっ。じつはでき――るかぁあああい! ムリに決まってるだろ! わたしをなんだと思ってんだ!? たとえば……えーっと、あったあった。これ、ロゼッタストーンって言うんだけれど」
古代エジプトの法令が書かれた、巨大な石碑だ。
三段に分かれており、上から順にヒエログリフ、デモティック、ギリシャ文字で同じ内容が書いてある。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/kawaiiiiiii_kei/news/16817330669388631609
「これはたしかにギリシャ文字だし、わたしはギリシャ語を習得してる。けど、わたしはこれを
>>今、さらっと「まだ」って言わなかったか?
>>たしかコイネーって種類やった気がする
>>同じギリシャ語ちゃうんけ
「ギリシャ語の祖先ではあるし、語源になってる言葉も多い。けど、みんなだって日本語はわかるけど、古文は勉強しなきゃ読むの難しいでしょ?」
日本語だって戦国時代より昔になるとほとんど通じない。
もし俺が現代ではなく過去の日本に転生していたら、まずはその時代の日本語を覚えるところからはじめなければならなかっただろう。
そんな戦国時代ですら今からたったの500年前。
そして、ロゼッタストーンが作られたのは今から2000年も前だ。
戦国時代のじつに4倍。
いかに遠い言語かがわかるだろう。
「だから解読とかマジでムリだからね? けど、おもしろい展示物がほんとに多い。中国の金文とか……あっ、古代メソポタミアの粘土板! みんなに問題。これ、なんて書いてあるでしょーか?」
>>これ知ってるwww
>>なんだろう、また法律とか?
>>ラブレターじゃない?
「ぶっぶー。正解は『ふざけんな! 金返せ!』でしたー。なんでも購入した銅のインゴットが粗悪品だったらしいよ。4000年前から人間のやってることってあんま変わってないんだねー」
>>草
>>”人間は愚か”
>>言語学っておもしろいなw
「そう! 言語学はおもしろいんだよ! といっても、わたしがそのおもしろさを知ったのはつい最近なんだけれど」
もともとは海外勢VTuberの配信を見るために言語を学んでいた。
そして、”第2の目的”のための言語を学んでいた。
しかし、最近は言語自体にもすこしばかりおもしろさを感じるようになっていた。
……まぁ、スポンサーへ向けた多少のリップサービスは含んでいるけれど。
「言語がわかると歴史がわかるんだよ。逆に『わからないからこそおもしろい』っていうパターンもあるけどね。たとえばヴォイニッチ手稿とか」
ヴォイニッチ手稿のいちページを表示させる。
そこには温泉に浸かっている女性のようなイラストと、文字。
>>結局、ただのイタズラ書きだったって聞いた
>>古いトルコ語じゃなかった?
>>これネットで全ページ読めるんやっけ?
「そうそう。本物はイェール大学にある図書館に寄贈されてるんだけど、ネットから全文を確認できるようにしてくれてるの。言語については……まだ未解読なんだよねー。一部、ラテン語が混ざってはいるのは間違いないけど」
欠落があるとはいえ、全部で240ページ。
それだけの文量がありながら、いまだ解読は済んでいない。
現在はすでに解読されているヒエログリフだって、以前はそうだった。
大量に見つかっていながら、ロゼッタストーンという
それほどまでに解読の”キー”たる文章ルールは重要なのだ。
と、そこまで考えて思った。これって俺のチートじみた翻訳能力そのものなんじゃ?
その理屈でいくと、もしかして……。
俺は改めて、ヴォイニッチ手稿の全ページをパラパラとスクロールさせた。
「……あ」
瞬間、脳が沸騰しはじめたのを俺は感じた。
マズいマズいマズい! 慌てて目を閉じ、ショートカットキーで画像を最小化する。
「うっ……!?」
しかし遅かったようで、脳は俺の意思を無視して高速処理をはじめていた。
くそっ、頭が焼けるように熱い。
なんで人間の頭蓋骨には冷却ファンがついてないんだ!
生物として不完全すぎる! いや、俺がイレギュラーなだけか。
>>イロハちゃんどうしたの?
>>なんかあったか?
>>もしかして体調悪い?
「大丈夫だよー。はじめての案件配信だから、緊張してのど乾いちゃっただけ。飲みもの取ってくるねー」
>>了解
>>行ってら
>>¥500 今が投げどころ
フラつきながら、席を離れる。
なんとか台所まで辿り着き、頭から冷水を浴びた。
「ヤバい、かも」
それからありったけの保冷剤を冷凍庫から取り出し、部屋に戻ってくる。
頭に押し当てて、タオルでぐるぐる巻きにする。
これですこしは時間が稼げるはず。
「けど……どうしよう、これ」
読めてはいけないものが読めてしまった。
それと同時に、この手稿がいったいなんなのか、おおよそのあたりがついてしまった。
俺はこれを公表すべきなのか?
……”こんなもの”を?
いったい
あるいは俺がこれを読めてしまったのは、運命だとでも言うのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます