第58話『能力の代償』
「ごめんみんな。お待たせ~」
>>おかえり~
>>¥1,000 今のうちに
>>あっ、間に合わなかったwww
「えっ!? なんでわたしが離席してるタイミングでスパチャしてるの!? みんなスパチャ読まれたくないの!? ……まぁ、わたしもよくやるけど」
>>草
>>そういう流れだったからwww
>>同類やんけ!
俺はいつもどおりを心がけて、声を出していた。
自分の声が頭に響き、こめかみがヒクつく。
「え~っと、たしかヴォイニッチ手稿の話だったよね。ん~、やっぱりわたしには解読なんてできないや。けれど著者は”専門家ではない”とは思うかなー」
>>その時代の植物イラストにしては精度低いんよなー
>>文章の配置も雑な気がする
>>でも、たかがイタズラで高価な羊皮紙に200枚以上もびっしり絵や文字を書いたりするか?
「あははー、だねー。それは……いや、その真実を解き明かしたい人はぜひ『世界の言語ミュージアム』へ! 羊皮紙まで再現したヴォイニッチ手稿のレプリカも展示されてるからね。ぜひ自分の目で確かめてみて!」
ダメだ、頭がうまく働いていない。
今にも余計なことを口走ってしまいそうだった。
>>なんて自然な誘導だぁ
>>さすがに羊皮紙ではないけど、売店で紙製のレプリカも買えるのか
>>もしかしてイロハちゃんなにかに気づいた?
「えーっと、ほかにも簡単な暗号のなぞときコーナーがあったりもするよ! って、わたしに解読じゃなくてこっちをやらせろよ! え? ネタバレ防止? それなら仕方ない。というわけで宣伝は以上。みんなどうだったかな?」
>>気合の入った初案件だった
>>家から近いし嫁と行ってくるわ
>>は? リア充アピールか???
>>二次元嫁だけど……
>>すまんかった
>>草
「画面にも表示させてあるけど、場所や日程はこんな感じ。URLも概要欄に貼ってあるから、ぜひそちらから公式ページもチェックしてねー」
言いながら、俺はもう限界だった。
今の俺はちゃんと普通に振舞えているだろうか?
意識がもうろうとしていた。
保冷材はあっという間にすべて溶けていた。
「今日の配信はここまで! みんな、ご視聴ありがとうございました! ”おつかれーたー、ありげーたー”」
>>おつかれーたー
>>初案件配信、お疲れさまー
>>最後、ずいぶんと駆け足だったな
最後の気力を振り絞って、配信を閉じる。
直後、俺は糸が切れた人形のように、イスから崩れ落ちた。
* * *
「……あれ? あー姉ぇ?」
「イロハちゃん起きた!? ……はぁ~、よかった。本当によかったよぉ~」
ぼんやりとした意識であたりを見渡す。
ここは自室のベッドの上。その脇からあー姉ぇがこちらを覗き込んでいた。
あー姉ぇの頬には涙のあとがあった。
こんなことははじめてだった。あー姉ぇは「産まれた瞬間以外、泣いた記憶がない!」と自称するほどなのに。
「なにがあったか覚えてる?」
「えーっと、配信直後に倒れて」
「そうだよ。おーぐから連絡もらって飛んできたの。『イロハの様子がおかしイ。今スグ行って確認しロ』ってあまりにも必死な声で言うから」
あんぐおーぐが?
時差を考えるとアメリカは早朝のはずだ。
それなのに配信を見てくれていたのか。
しかも、俺の異変に気づいて……?
「そしたら電話かけてもチャイム鳴らしても、大声で呼んでも反応がないし。仕方ないから家の中に入って……」
「あれ? お母さんってまだ仕事中だよね? え、どうやって入ってきたの? 不法侵入?」
「だれのせいでそうなったのかなぁ~!? 人命優先、ってやつだよ! 幸い、カギの隠し場所は何年も前から変わらず植木鉢の下だったし」
なんてガバガバなセキュリティ。
そのおかげで助かったわけだが。
「もうっ、本当にびっくりしたんだからね? 部屋に入ったらイロハちゃん倒れてるし、救急車呼ぼうとしたら『いらない』『冷やせば治る』って言うし。とりあえずおでこがすごく熱かったから、氷を乗せておいたけど」
「あー姉ぇ、グッジョブ。もう大丈夫だよ」
「本当に?」
「ほらっ、熱くない」
「たしかに。……はぁ~。イロハちゃん、前にも倒れたことあったよね? ダメでしょ、ムリしちゃあ。あたしの完璧な看病がなかったら、今ごろどうなっていたことか」
「ごめ……ん??? 完璧?」
振り返って枕を見る。ビッチョビチョになっていた。
あー姉ぇお前、じかに氷を頭に乗っけてやがったな?
「相変わらず、あー姉ぇは雑だなー」
「なんでぇ!?」
「けど、ありがとうね。おかげで助かった」
「もっと感謝してもいいんだよ? あと、おーぐにも連絡しておいてあげて。すごく心配してると思うから。それから明日は配信をお休みすること。わかった?」
「はーい」
「あと、もう一度聞くけど、本当に病院行かなくていいの? 今からでも……」
「大丈夫だって」
こうして看病されていると、本当に姉ができたような気分だった。
濡れた枕はちょっと気持ち悪いけど。
そのあとすぐに母親も帰ってきた。
なんでもあー姉ぇから連絡をもらい、仕事を早めに切り上げてきたらしい。
「アンタまたムチャしたの!?」
「いやぁ、今回は不可抗力で……」
「しかも『病院には行きたくない』とダダをこねたんだって!? ワガママ言って、困らせちゃダメでしょ! 今からでも病院行くわよ!」
「待って??? めっちゃ誤解されてるんだが!?」
結局、俺は母親にこれでもかというほど叱られ、病院に連れていかれた。
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