第150話『結婚式と誓いの言葉』

 俺は喉を休ませるためにしゃべれない。

 そのため「いったいどこからそんな情報を!?」と口をパクパク開閉させて、驚きを示すのがせいぜい。


「そりゃもちろん、マイちゃんたちから。細かい話はまだ知らないけど、心配してたわよ。……お母さん、また忙しくてあんたのことを見落としてたのかな」


 アイツら、余計なことを~!?

 せっかく母親も、身長が伸びていないことに気づいていないか、あるいはスルーしてくれていたというのに。


 あの件は俺が墓場・・まで持っていく、と心に決めている。

 だから、いくら母親が相手だろうと明かすことはできない。


 このままじゃあ、またいつもの医者のところに連れていかれて面倒なことになる。

 俺はスマートフォンのメモ帳に文字を打ち込んで、誤魔化しにかかった。


『お母さんはなにも悪くないよ。その件なら、もうお医者さんに診てもらったから大丈夫!』


「え? あんたひとりで病院に来てたの?」


「……」


 ぎゃーっ!? 墓穴掘ったぁあああ!?

 母親にじぃ~っと見られて、俺はダラダラと汗をかいた。


「そう。わかったわ。じゃあ今日は・・・このまま帰るとしましょうか」


 俺から視線を外して、母親はそう頷いた。

 なにか、余計なことを思いついていなければいいのだけど……。


   *  *  *


「声帯結節っテ、そんナ!?」


 病院から帰ると、すでにあんぐおーぐとあー姉ぇが内見を終え、自宅の前で待ち構えていた。

 すでにメッセージは送ってあったので、事情は彼女たちも把握済みだ。


 ふたりを室内へと招き入れつつ、話を……って、オイ。

 あんぐおーぐが泣きながら抱き着いてくるせいで、歩きづらい。


「ほら、イロハちゃん困ってるよ~。おーぐだって経験したことあるでしょ? 治るから大丈夫。それに、あくまでなりかけだって」


「わかってる、けド。イロハ、これからどうするんダ? アメリカ行きをやめたリ、遅らせたりするのカ?」


 あー姉ぇにたしなめられながらも、あんぐおーぐはなおも心配そうだった。

 が、そんなことしたらアメリカで開催されるVTuberイベントに参加できなくなる。


 俺は「とんでもない!」と手を振って否定した。

 いや、この否定のジェスチャーもアメリカじゃあ通じないんだっけ。


「アー、大丈夫ダ。伝わってるゾ。イロハはこういうところでガンコだからナー。配信はどうするんダ?」


 俺は肩を竦めて、スマートフォンの画面を見せる。

 こういう状況になった以上は仕方がない。


『通常の配信についてしばらく、完全にお休みする予定。ただイベントとかは前撮りしたやつがあるから、ちょくちょく出演するかもだけど』


「そうなるよナ」


「ちょーっと待った!」


 あー姉ぇが割って入ってくる。

 なんか、やたらとワクワクしたような表情でこちらを見ていた。


「イロハちゃん! まるごと配信までお休みするなんて、それはもったいないよ! 普段、多言語で無双してる分、しゃべれない今こそできる企画があると思うな~!」


 うっ、この流れは……!?

 おい待て、こっちに迫ってくるな!?


 俺には推しの配信視聴に専念するという、使命がぁ~!?

 そんな悲鳴も、今の俺にはあげることができなかった――。


   *  *  *


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハで~すっ☆」


>>イロハロ~(米)

>>イロハロ……あれ?(独)

>>なんか、いつもと声がちが――いや、気のせいだな!


「今日はあた……わたしと、おーぐでオフコラボ配信だヨっ。みんなももう聞いたと思うけど、じつはわたし、ちょっと喉をやっちゃって。それで……」



「――声変わり、しちゃった☆」



 俺は必死にブンブンと首を横に振る。

 画面内の”翻訳少女イロハ”のアバターも無言で否定をアピールしていた。


 そんな”俺”の後ろには、半透明になった姉ヶ崎あねがさきモネが立っている。

 それこそ、まるで背後霊のごとく。


>>身体が必死になにか伝えようとしてるぞwww

>>これは確実におもちゃにされる。俺は詳しいんだ(韓)

>>あれー、おかしいなー? アネゴが見当たらないなー(米)


「《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》 ア~、アネゴは今日お休みらしいゾ」


>>やぁ、おーぐ(米)

>>そっかー、いないなら仕方ないなー(米)

>>今のうちに告白しとくか。アネゴ好きだぁあああ!


「あた……あー姉ぇも昨日は元気だったんだけど姉ぇ~っ☆」


「オマエはいつも元気すぎるくらいだろーガ!」


>>ふたりともボロ出まくりで草

>>せめて、もう少しロールプレイしろwww(秘)

>>もしかしてこれ、イロハが普通に配信するよりハードなのでは?(米)


「ともかく、昨晩はわたしが激しくしすぎちゃったから、あー姉ぇが今日はもう足腰立たないって!」


「イロハはそんなことを言わなイっ! オマエ、ちょっと変わレ! ワタシのほうがイロハを理解してル!」


>>おーぐのガチ勢なところ出てて草

>>嫁……旦那? の解釈不一致は許さない女(韓)

>>これは厄介ヲタクwww(伊)


「変わるとかちょっと意味わからないなーっ。だって、わたしが唯一にして無二のイロハだからっ☆」


>>つまり今なら、イロハに好きなことを言わせ放題なのでは?

>>なんなら、アネゴ相手だしなに言っても理解……あっ、閃いた(韓)

>>イロハちゃんはASMR配信するって約束してくれる? ”オーケー”?(米)


「……? よしっ、オーケー!」


「~~~~!?!?!?」


 オーケー、じゃねぇえええ!?

 お前、英語読めないからって適当に返事してんじゃ……ていうか『ASMR』くらいは読めただろ!?


 俺はリアルであー姉ぇに掴みかかった。

 このままじゃあ、本当にASMR配信させられる!?


「えっ、ちょっとどうしたの? あたし、そんなマズいこと言った? ふむふむ、なるほど。オッケー! ASMR配信は……やります! もちろん、喉が回復してからだけどねっ!」


 言って、あー姉ぇはサムズアップした。

 あぁ~~~~!? 俺は崩れ落ちた。


>>本体のトラッキング外れてて草(米)

>>崩れ落ちてる姿が見える見える

>>アネ……イロハ、よくやった!(英)


「……ナぁ、イロハ。オマエはイロハだから当然、英語がわかるよナ?」


「ん? モチのロンよっ!」


《病めるときも健やかなるときも、イロハはあんぐおーぐとともに過ごすことを”誓いますか”?》


「……? ”あいうぃる”?」


 勝手に誓うなぁあああ!?

 あんぐおーぐ、お前まで都合よく使いはじめてんじゃねぇえええ!

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