第149話『喉のトラブル』
「イロハ……オマエ、声ガ!?」
「そ、そんなイロハちゃんの喉がぁ~!?」
「いやいや、大丈夫だ……ごほっ! あ゛~」
「そうだよふたりとも。あんまり心配しすぎても、それこそイロハちゃんが気を使っちゃうでしょー」
俺を心配そうな目であんぐおーぐとマイが見てきていた。
そんなふたりを、あー姉ぇが諫めてくれている。
こんなときばっかりは、彼女が頼りになる。
普段は余計なことしかしないが、いざというとき本当の姉のようだ。
「あ゛~。でも、なんだろ? 風邪っで感じでもないじ」
昨日はあのまま、配信が終わったあとみんなで雑魚寝してしまった。
しかし、エアコンも加湿器もちゃんとつけていた。
体調もとくに悪くもない。
となると、考えられるのは……。
「ごめんなさいぃ~! マイたちがはしゃぎすぎたからぁ~!」
「すまなイ、イロハ。ワタシたちのせいデ」
「ちがうちがう! ぶだりのぜいじゃないよ! ごほっ……最近、レッスンだっだり、引っ越じに備えで収録を前倒じじでもらっでだりじだがら。多分、ぞのシワ寄ぜが来だだげ」
「たしかにイロハちゃん、最近忙しそうだったもんねー」
もともと、俺は毎日配信するタイプではない。
学校があったり、推しの配信をリアルタイム視聴するためだったりで時間が取れないから。
ゆえに、喉を酷使するような状況になりづらく、今まではそういうトラブルとは縁がなかった。
だからむしろ「ついに来たか」くらいの気持ちで……。
ん? ちょっと待てよ?
もしかして、推しの配信が万病に効くのって、それがなかば強制的な『休養』になっているから?
……それはともかく!
こういう喉のトラブルは配信者の職業病みたいなものだし、仕方ない。
そう、仕方のないことなのだ!
よしっ! じゃあ、診断によってはしばらく配信視聴に専念を……。
「イロハちゃん、もしかして休める口実ができたとか思ってない?」
「……(ブンブンブン!)」
俺はジェスチャーで全力否定した。
け、決して図星を突かれたからじゃないぞ!?
これはあくまで喉を休めるためだからな、うん。
あー姉ぇはそんな俺を見て、「まぁ、落ち込んでるよりいっか」と苦笑していた。
「ともかく! マイは学校でしょ。それにおーぐも内見の予約あるんでしょ。そっちはあたしがついて行ってあげるから、とりあえず解散! イロハちゃんはママさんに言って、病院に連れて行ってもらうこと!」
あー姉ぇはそうテキパキと指示を出す。
有無を言わせず、俺たちは解散となった――。
* * *
「これ、声帯結節になりかけていますね」
「あ゛~」
俺は母親に連れられて、病院にやってきていた。
さすがに今回は喉のトラブルということで、いつもの先生ではなく耳鼻咽喉科だ。
あー姉ぇのマネージャーが紹介してくれたところで、腕はたしからしい。
で、来て早々に鼻から管を突っ込まれて、言い渡された結果がソレだった。
「あの、声帯結節ってなんなんでしょうか? もしかして、治らない病気とか」
「全然、そんなことありませんよ。安心してください、お母さん」
俺はいくらかその病気についてすでに知識があった。
なんたって、かつて自分の推しもかかったことがある病気だから。
「簡単にいえば、喉が擦れたりして
「ポリープ、ですか?」
「喉の血管が破れてできる血豆のようなもののことですね。もしも、もっと喉を酷使してソレができてしまっていたら、手術が必要になっていました」
「と、いうことは」
「えぇ、幸いにも症状も軽いようですし、薬の服用で様子を見ましょうか。事情はうかがっていますが、配信はしばらくお休みしてくださいね。でーなーいーとー!」
「……(コクコクコク!)」
医者の恐ろしい表情に、俺は何度もうなずいた。
な、なにもそこまで脅さなくたって、ちゃんと休むって。
「ははは、ごめんね。ウチの患者さんには、言っても休まない人があまりにも多いから」
「……」
配信者しかり、クリエイターなら……俺はともかくとして、みんなが感じていることだろう。
コンテンツを提供し続けなければ、自分のことを忘れられてしまうのではないか? 自分のことが見限られてしまうのではないか? そんな不安と恐怖を。
そんな彼ら彼女らに「俺の愛はそんなに軽くねぇ!」と言いたい。
思いっきり休んで、復活してくれることが一番うれしい、と。
しかし、みんながみんな同じだけの大きさの愛を持っているわけじゃないから。
一定数のファンは離れてしまい……。
だれが悪いというわけではない。
ただ、世知辛さを感じるだけだ。
「早ければ2週間でよくなると思うよ。けれど、もし悪化したり長引くようなら手術も検討しないといけないからね。それと、その間はボイスケア訓練を受けてもらって……」
俺は医者の「安静に」という言葉に深くうなずいた。
* * *
そういえば、こんなに長期で配信を休むのははじめてだ。
これまで何度か長めに休みを取ったこともあるが、ここまででなかった。
結局、あの事件のあとも長期休暇ってしなかったからなぁ。
考えてみると、これはいい機会だったのかもしれない。
「イロハ、あんたみんなに心配かけたんだから、ちゃんと連絡入れておいてあげなさいよ」
俺は「了解」とオッケーマークを作る。
なんだか、しゃべれない期間でジェスチャーの語彙が増えてしまいそうだな。
「けど、あんたもついてないわね。よりによってこのタイミングで、だなんて。もうすぐ留学なのに」
母親はそう述べるが、俺は逆だと思った。
このタイミングだからこそ……忙しかったからこそ、こうなった。
ほかの病気だってなんだってそうだ。
ゆえに本当に大事な場面でこそ、ムリはしちゃあいけないんだ。
そういう意味では、俺は運がよかった。
このタイミングなら、ちゃんと完治させてから留学できるし。
なんだか、前倒しで仕事をしていたことが、ちがう理由で役に立ってしまいそうだ。
そう思いながら、俺はスマートフォンでマイたちへと連絡を入れる。
「ところで――あんた、ほかにも身体に異常があるんだって? ついでにいつものお医者さんにも、見てもらっていきましょうか?」
おっと?
これは話の流れが変わったな……?
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