第84話『GoToアメリカ』
投薬治療を開始して数日。
毎食後、きちんと薬を飲んでいた俺は驚くほど元気になっていた。
どうやら薬が予想以上に効いたらしい。
医者も俺の様子を見て、目を丸くしていた。
「一応、確認するけれどなにか心当たりがあったりしないかな?」
「え? そうですね。しいていうなら――VTuberの配信を見てました!」
「???」
「まさか、なんの憂いもなく配信を見ることがここまで尊いだなんて! やっぱり推しは万能薬! いや~、先生のおかげです! ありがとうございます!」
「そ、そう? それはよかったね……?」
しかし、まさか本当に能力の暴走が薬を飲んでどうにかなってしまうとは。
俺はずっとファンタジーな力ばかりが働いてるんだと思っていた。
だから『治す』なんて発想はなかった。
いかにしてインプットを止めるか、という方向にばかり頭をひねってしまっていた。
具体的にはアイマスクをしてイヤホンで1日中ASMRを聞き続けて生活したりしていた。
ちなみにメンタル回復にはめちゃくちゃ貢献したから、オススメだぞ!
「それでは、しばらくは今の投薬治療を続けていきましょうか」
医者の言葉にうなずく。
……順調、か。
じつは服薬をはじめてから、今度は能力によるインプットがほとんど働かなくなった。
習得済みの言語については問題ないのだが、新たに覚えたりということがあまりできなくなっていた。
いや、ちがうな。今までがおかしかっただけでこれが普通なのだ。
まだ習得したい言語も残っていたが、さすがにそれは欲張りすぎか。
「イロハちゃん、繰り返しになるけれど、これで症状が軽くなったからといって絶対にムリはしちゃいけないよ。薬も必ず飲むように。これ以上、病気が進行すると食い止められなくなる可能性が高いから」
「わかってます」
俺ももう二度と能力を使うつもりはなかった。
直感があるのだ。
もし次に能力を使えば”次はない”と。
”帰って来れなくなる”と。
「あのー、先生。ところでひとつお尋ねしたいことが」
「なにかな?」
「そのー、生理の話なんですが」
「ははは。しばらくはこちらの薬を優先だね」
「ですよねー」
俺はオロローンと涙を流した。
贅沢は言ってられないが、ホントにツラいんだよなぁ。
「けれど、このまま経過が安定していれば、べつの種類にはなるけれどピルも処方できるからね。それまではがんばって自力で耐えてね」
「は、はいー」
それはいったい、いつの話になることやら。
希望があるだけマシか、と俺はうなだれた。
* * *
そんなこんなで波乱の日々も終わり……。
気づけばVTuberデビューから1年が経過していた。
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです! みんなお待たせぇえええ! 『1周年記念3Dライブ』だぁあああ!」
>>うおぉおおおおおお!
>>イロハロ~!
>>キミの帰りをずっと待っていた!(米)
「いやー、心配させてごめんね! 前回はメンタルだけど、今回は物理的にちょっと悪くしちゃってた!」
>>イロハちゃんが元気になってよかった
>>もしかしてイロハちゃん、3Dライブの直前は体調崩すジンクスない?
>>それは草
「おいバカやめろ!? 不吉なこと言うな! わたし今日これから、ほかの3Dライブの宣伝もしなくちゃいけないんだぞ!? 影響が出たらどうする!?」
>>マジ!?
>>また3Dライブあるの!?
>>100万人記念か!
「んー、ハズレ! ヒントは今回も大手事務所さんの全面バックアップの元、このライブが行われていること。……じつはこの度、ここが主催する大規模イベントに参加させてもらうことになりました~!」
>>え、そんなイベントあったっけ?
>>これ初出の情報じゃね?
>>なるほど、宣伝する代わりにスタジオ貸してくれた感じか
「さて、そのイベントの内容ですが……ドン! 『VTuber国際イベント』です!」
宣伝用のPVが流れ、内容や参加者が紹介される。
派手なのにスタイリッシュな映像――。
アメリカで行われる大規模な現地イベントだ。
世界各国からVTuberが集い、3Dライブを行う予定になっている。
「はい、というわけで! わたし、こちらのイベントで司会の進行補助役を務めることになりましたー」
あー姉ぇのマネージャーさんから打診されていたアメリカでのお仕事、というのがこれだ。
いやぁ、さすがに緊張するな。
>>これマジか!?
>>アメリカは遠すぎるって!
>>現地チケット抽選? 頼む当たってくれ!
>>フゥウウウ! アメリカで開催なんて最高すぎる!(米)
>>そりゃ、これだけ多国の通訳ができるVTuberはイロハしかいないわなw
>>くっ、俺は配信チケットとグッズ買って自宅から応援するぜ!
そこからはあっという間だった。
国際イベントの準備をしながら、通常の配信をしながら、学業はかたわら。
3ヶ月が経過して……。
* * *
「「「来たぞ! アメリカぁあああ!」」」
俺とあー姉ぇ、それからマネージャーさんは同時に叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます