第142話『二重課税』


「これはむしろチャンスだよっ、イロハちゃん!」


「あー姉ぇ、そんなこと言ったって……」


 現実と理想のギャップは感情の問題だ。

 頭ではわかっていても、コントロールできるようなものではない。


「そもそも前提が間違ってるんだよ! それはイメージが崩れたんじゃない、推しの新たな魅力に気づいただけなんだから!」


「ハッ!?」


「そうだぞイロハ! それに最近はワタシも、ボロ服より新衣装を使ってることのほうが多いゾ!」


 微妙にあんぐおーぐの弁解はズレているが……。

 あー姉ぇのいうことはもっともだった。


 たしかに、彼女がこれまでウソを吐いていたわけでもない。

 実際、実家を飛び出してからは右も左もわからないまま、極貧の……それこそ”あんぐおーぐ”の公開プロフィールそのまんまな生活をしていたと聞く。


 そうだ、そうじゃないか。

 いったい俺は、なんとおこがましい考えをしていたのか。



 推しに――自分の”解釈”を押しつけようだなんて!?



「わたしが間違ってた。ありがとう、あー姉ぇ! おかげでもっともっと、おーぐのことが好きになったよ! あぁっ、おーぐ大好き! おーぐラブ! 愛してるよ、おーぐ!」


「!?!?!? オマエ、よく本人を前にしてそんなこと言えるナ!?」


「そ、そうだよイロハちゃんぅ~! そんなこと言うから、勘違いが起きるんだよぉ~!?」


 あんぐおーぐが顔を真っ赤にしていた。

 マイも慌てて、俺の口を塞ごうとしてくる。


「なにを言ってるの? ――”推し”への愛を語るのに、時間も場所も関係ないんだよ!」


「……ハぁ~」「はぁ~」


 あんぐおーぐとマイがそろって、ため息を吐いた。

 なんか、呆れているような?


「コイツ、VTuberとしてのワタシにはこんなにチョロいのにナ~。ハァ~、なんだか自分に嫉妬しそうだゾ。出会ったころはあんなにも懐いてたのニ」


「なんというか、いつもどおりのイロハちゃんだねぇ~」


「いやいや、お前らの日ごろの行いだからな!?」


 まるでこちらが悪い、みたいな言いぶりだがまったくもって心外だった。

 そんな俺たちのそんなやり取りを見て、「ふぃ~」とあー姉ぇが汗をぬぐう仕草をする。


「これにて一件落着! どう、イロハちゃん? あたしもわかってきたと思わない?」


「たしかに。まさか、あー姉ぇにVTuberファンとして学ばされるだなんて。わたしの”ファンとしてのライン”を越えまくっていたあー姉ぇとは思えない」


「ふっふっふ、あたしも成長してるってことだね! だから……ラインを越えちゃっても言い訳できるように、勉強してきたの!」


「いや、そもそも越えない努力をしろよ!? けど、あー姉ぇはそれでいいのかもな」


 俺はそう苦笑した。

 あー姉ぇはいつも俺の常識を、いい意味で破壊してくれる。


「ところで! おーぐが言ってた新衣装ってイロハちゃんとお揃いのあれだよねっ? ちょっとロリータ入った、ポンチョみたいなやつ! あたしのところにもデザインの連絡きてたな~」


「え? アレって本当にお揃いだったの!?」


 たしかに「似てるな~」とは思っていた。

 コメント欄でも「これ絶対に狙ってるだろ」と話題にはなっていたのだが……。


「ちっ、ちがうゾ!? たまたマ、ちょっト、そっくりになっただけだゾ!?」


「そうなの? じゃあなんで、あたしに一報入ってたんだろうね~?」


「うグっ!? それハ……で、でも色が違うシっ!」


「じぃ~……」


 俺が視線を向けていると、あんぐおーぐはスッと目を逸らした。

 ほとんど自白したようなものだった。


「そういえマイもぉ~、『幼女夫婦』って言われてたのも見たんだけど、どういうことぉ~!?」


「さ、さすがにそれは知らないゾ!? だってイロハは幼女だけド、ワタシは大人のレディだシ!?」


「あはははっ! おーぐの身長じゃ説得力ないでしょ~!」


「アネゴ、言ったなオマエぇ!?」


 おおっと、マズい。面倒臭い話題になりそうだ。

 俺は自分に飛び火してくる前に口を挟んだ。


「それよりも、おーぐ。ホワイトハウスに住んでるならやっぱり一緒に住めないんじゃないの?」


「問題ないゾ。ほかに家を借りるかラ」


「いやだから、おーぐ自身は日本に……って、え? ホワイトハウス以外に住んでもいいの?」


「伝統としてはあんまりよくないけどナ。配信のためって言えば大丈夫なハズ!」


「VTuberって言い訳、都合よすぎない!?」


「実際、世界を救ったヒーローだからナ。もしこれが2年前なら絶対に許されてなかったと思うゾ」


「な、なるほど」


 やけに融通が利くんだな、と思ったらそういうことか。

 当時はあんぐおーぐの母親ですらVTuber業をあまりよく思っていなかったのに、時代も変わったもんだ。


「じゃあ、やっぱりわたしが引っ越すならワシントン州がオススメなの? おーぐが日本に引っ越してくる前とか、帰省している間は一緒に居やすいから?」


「待て待て待テ!? ワシントンD.C.とワシントン州は全然、場所がちがうからナ!?」


「えっ、そうだっけ? あー、ネズミの国みたいな話だっけ?」


「その例えはどうなんダ!? あト、それは間違えても電車で行けるガ、ワシントンはどうにかなる距離じゃないからナ?」


 言って、あんぐおーぐがスマートフォンで地図を見せてくる。

 うわマジだ!? アメリカのほぼ最東端と最西端じゃねぇか!?


「こ、こんなにも離れてるのか」


「気をつけろよまったク。アメリカは州によって税率もちがうけド、そのあたり理解してるのカ?」


「それは知ってる。というか……こんな話しといてなんだけど、ぶっちゃけ学校や引っ越し先はもう目途が立ってるし。税理士さんにもきちんと相談してあるから」


「ワタシのオススメ、聞いた意味ねーじゃねーカ!?」


 アメリカでは大きく2種類の税金が存在する。

 国からの税金と、州からの税金だ。


 そして、州によっては所得税が”ない”ことすらあれば……その逆も。

 俺たちみたいな高所得者は、きちんと選ばないと地獄を見ることになる。


「そういうおーぐこそ、日本に引っ越してくるって税金問題は解決したの? 『アメリカで同棲』なんて冗談を言ってる場合じゃないでしょ」


「イヤ、冗談じゃなくて本気だゾ?」


「えっ?」


「むしロ……」



「――二重課税の問題が解決したからこそ、イロハとの同棲は必要なんだヨ!」



 はいぃいいい~~~~!?

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