閑話21『”賭け”ゲーム~第5ラウンド~』

 あんぐおーぐの言葉にほかのVTuberたちに動揺が走ったのがわかった。

 錬丹術師系ライバーが困惑した様子で尋ねる。


「え? なんでわざわざそんな宣言をするんけ? ずっとMAXベットなんて、ほかの人と被ったときのリスクが大きすぎるとわては思うんやけど」


「サぁ? それはどうだろうナ~?」


「うわちゃー、やられたわー。そういうことかー」


「えっ? オルちゃんわかったん?」


「えーっと、そやなー。どう説明するのがええんか」


 オルトロスがすこし言葉を詰まらせる。

 俺はあとを引き継ぐように、錬丹術師に問うた。


「じゃあ、錬丹術師さんはこの状況で5枚ベットしようと思いますか?」


「へ? そんなの、するわけないやん。だって確実に被るのがわかっているのに……、あぁっ!?」


「つまり、そういうことですね」


「フハハハ! 今さら気づいてももう遅いゾ!」


 あんぐおーぐが高笑いしている。

 たしかに、見事な先手だった。


「うーん。まさか、おーぐがこの勝負に”チキンゲーム”を持ち込んでくるなんて」


「チキンゲームってなんデスカ、イロハサマ?」


「あれ? ウクライナじゃあんまり有名じゃないのかな」


 イリェーナはまだピンときていないらしい。

 首を傾げている彼女に俺は説明した。


「チキンゲームっていうのはお互いの車を向き合わせて、まっすぐ走らせるゲームだね。それで、ビビッて先にハンドルを切ったほうが負け」


「なんデスカ、そのゲーム!? 危なすぎまセンカ!?」


「あはは、そうだね。もしお互いにハンドルを切らなかったら……」


「大事故デス!?」


「だからこそ、ギャンブル……というか度胸試しになるんだけどね。……本来なら」


「どういうことデスカ?」


「じつは――このゲームには”必勝法”がある」


「うひょー! キタキタキター!」


 姫殿下が大興奮していた。

 まぁ、こんなゲームを自分で開催するほどのヲタクだからね。でもちょっと、落ち着いてもろて。


「必勝法、デスカ?」


「うん。ちなみにイリェーナちゃんはこのゲーム、どうやったら勝てると思う?」


「エット、相手に先にハンドルを切ってもらわないといけないんでスヨネ? ジャア、ギリギリまでハンドルを切るのガマンしテ……」


「でも、相手がいつハンドルを切るかなんてわからないよ?」


「ウウっ、たしカニ。エエット、ジャア……あーモウ! わかりマセン! そもソモ、ワタシだったら絶対にそんなバカなゲームには参加しマセン!」


「あははっ! ある意味、それが一番かもね。けど、チキンゲームには明確に正解があるの。じゃあ、答え合わせ。正解は……”相手に見えるようにハンドルを捨てる”だよ」


「!?!?!? そんなことシタラ、避けられなくなるじゃありまセンカ!」


「うん、そのとおり。けど逆にいえば、相手に『自分がハンドルを切らなければ確実にぶつかる』って状況を押しつけることができる。相手に、強制的にハンドルを切らせることができる」


「……! た、たしカニ! すごいデス、これなら確実に勝テマス!」


 事前に自分の行動を宣言することで、相手の行動を強制する。

 ”プレ・コミットメント戦略”とでも呼べばよかろうか。


「っ! ちょっと待ってくだサイ! それってまさに今、おーぐサンがやったことと同じデハ!?」


「そうだねー」


「マズいじゃないデスカ! だってコレ、必勝法なんですヨネ!? ワタシタチ、確実に負けてしまいマス!」


「それはどうかな?」


「フハハハ! イロハ、負け惜しみカ? マぁ、ワタシは高みの見物させてもらおうじゃないカ!」


 そのラウンド、俺たちははじめて制限時間ギリギリまで議論することになった。

 しかし、結果は……。


   *  *  *


「では第5ラウンドの結果を発表します」


 ・ベット枚数

  1枚:イロハ、オルトロス

  2枚:錬丹術師

  3枚:アネゴ、イリーシャ

  4枚:

  5枚:おーぐ


「ウっ、よりによって3枚でデスカ」


「うーん、うちも1枚やけど被ってしもたなー」


「これにより、現在の所持チップは以下のようになります」


 ・所持チップ

  おーぐ  ……25枚

  アネゴ  ……24枚

  イロハ  ……24枚

  錬丹術師 ……23枚

  オルトロス……22枚

  イリーシャ……21枚


「では、第6ラウンド開始です!」


 姫殿下の声とともにタイマーが動き出す。

 あんぐおーぐの作戦は見事に機能していた。


「おーぐはんがトップに躍り出ましたなー。ほんま、頭ええどすなー。今後、これが続くわけやから、勝ち抜け確定ってわけやねー」


「つまり、わてらの中から敗者が決まるってことかー」


「しかも選択肢が狭まった分、さっきまでより被りやすくなっている気がシマス」


「うんうん、そうだ姉ぇ~っ☆」


「……あー姉ぇ、大丈夫? 本当に話についてこれてる?」


 まぁそれはさておき。

 実際、これが続けばあんぐおーぐの勝ちは揺らがなくなるだろう。


「マサカ、先にベットしたほうが有利だナンテ。ワタシには思いつきませんデシタ」


「先にベット……ええこと思いついた! ほな、おーぐさんがベットする前に、わてが5枚をベットしてまえばええんちゃうけ!?」


「ちなみに、ワタシはとっくにベットし終えてるぞ。それに今後モ、ラウンド開始と同時にすぐにベットするからムダだゾ」


「ダメかー」


 あんぐおーぐのイチ抜けは確定、そんな空気が漂いはじめたそのとき……。

 ひとりのVTuberが「ハッ」となにかに気づいたように声を漏らした。


「ん? オルちゃん、どうかしたん?」


「これ、もしかしてうちも同じことしたら勝てるんとちゃう?」


「それはどういう?」


 錬丹術師の問いにオルトロスは答えず、全員へと向かって発言する。

 それはまるであんぐおーぐのときの再現のようだった。


「みんな、決めたわー。うちなぁ、これからずっと……”4枚”をベットし続けるわ~!」


「「「んなぁっ!?」」」


 まさかの、ふたり目のプレ・コミットメント戦略の登場だった――。

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