第420話『かくして彼女は英雄になった』


 そうだ、俺たちのライブはまだ終わらない。

 あの事件のとき世界を救った、その曲の名は……。



「――『Word:ENDワード:エンド』」



 世界が終わるそのときまで言葉を紡ぎ続けよう。

 きっと、言葉が戦争を終わらせてくれるから……。


 そんな想いが込められたその曲の歌詞を、俺はリンガフランカによって紡ぐ。

 さっきまでの感覚がまだ残っていた。


 あるいは一度、あの世に足を踏み入れたことで完全に感覚を掴んだのかもしれない。

 言語の本質を理解したような、そんな気がした。


「――――、――――」


 歌っている中、俺の両目からは静かに涙が流れていた。

 悲しいからじゃない。


 ――世界が美しいから、泣いているのだ。


 この言葉が終わってしまうとき、俺は……。

 そんなことを先ほどまでは思っていた。


 けれど、とんでもない。

 まだまだ、俺にはやりたいことがたくさんあると気づかされた。


 そう、これは終わりと……そして――。



 ――はじまりの言葉。



 これからVTuber業界はどこまでも世界に広がっていくだろう。

 まだまだ、たくさんの進化や発展を遂げていくだろう。


 世界中の国は言葉で繋がり、想いが伝わっていくだろう。

 人と動物が言葉で友だちになれる世界だって訪れるだろう。


 そして俺も、わたしも、たくさんの経験をしていくだろう。

 成功も失敗も……それから、ちょっと恥ずかしいようなことだって。


「――――――」


 曲の終わりが近づいてくる。

 ふと、声が聞こえた気がした。



 ――これからは好きに生きなさい。



 あのときも、俺は”彼”の声を聞いたように思う。

 彼の声は今いる場所よりも……ずっとずっと、上のほうから降ってきたように感じられた。


 言われなくたって、そうさせてもらうつもりだ。

 俺がこの世界で”やるべき”ことは終わって……でも、この世界で”やりたい”ことは永遠に尽きないから。


 これからなにをしよう?

 明日からなにをしよう?


 考え出したら止まらなくって。

 でも、まず今は……。


 音楽が終わる。

 世界に静寂が訪れ……。


 そして、爆発みたいな拍手と歓声に包まれた。

 VTuberもみんな大はしゃぎで飛び跳ねている。


 あんぐおーぐが、あー姉ぇが、イリェーナが俺に笑顔で駆け寄ってきて……。

 俺は彼女らに伝えた。



「――ごめん、酸欠・・……だから、あとはよろし……く……ガクッ」



《イロハー!?》「イロハちゃーん!?」<イロハサマー!?>


 2曲も連続で、しかもチート全開のリンガフランカで歌ったもんだから。

 それに”本物の天使”になれなかったからこそ。


 弱っちい幼女のままだった俺は、舞台の上でぶっ倒れたのであった――。


   *  *  *


《……なんつーかオマエ、最後の最後でやらかしたなー》


《い、言わないで~!?》


 あんぐおーぐの言葉に、恥ずかしさのあまり顔を覆った。

 病室に備えつけられたテレビで、まさにその瞬間の映像が流れていた。


 ニュースは連日のように国際ライブの話題で持ち切りだ。

 そして、毎回……オチのように最後でぶっ倒れる俺の姿が使われていた。


《なんか、いろいろあったのにアレで全部持っていかれたというか》


《こんなはずじゃあ!?》


《まぁまぁ、いいじゃないか。世界はちゃんと救われたんだし。ママも感謝してたぞ》


《……それはいいんだけどさぁ》


 俺はチラリと病室のスミへと視線を向ける。

 そこにはアメリカ大統領の部下だというスーツ姿の男性と、そして……。



 平然と――立っている・・・・・シークレットサービスの女性がいた。



《ん? どうしたの、イロハちゃん?》


 視線を向けられた彼女はキョトンと首を傾げていた。

 俺はすべてを理解した。


《は、ハメられたぁ~~~~っ!?》


 当時は「やった! 俺が世界を救ったんだ!」と思っていた。

 だが、冷静に考えてみて気づいたのだ。


 いくらなんでも……ライブ中に終戦が決まるって、早すぎないか? と。

 それこそ最初から・・・・そうなると決まっていなければ、ありえないのでは? と。


《言っておくけれど、ボクは一度もウソ吐いていないよ》


《う、うぅ~っ!?》


 思えばあのとき、俺はこのスーツの男性にうさん臭く感じていたはずなのに!

 どうして言うこと全部、素直に信じてしまっていたのか!


《「世界を救え」なんて話は、わたしをやる気にさせるための方便だったんですね!?》


《いやいや、キミの力が必要だったのは本当だよ。それに……みんなが信じればそれが真実だからね。これで、ただ単純に終戦宣言するよりもずっと強固な平穏が築かれるだろう》



《――大衆は事実よりも、ストーリーを求めるものだからね》



《……》


 実際、あのときの奇跡――その再来だ、と世界中は大盛り上がりだ。

 VTuberの活躍によって世界は再び救われたのだ、と。



 彼女たちは――”英雄ヒーロー”だ、と。



《でも、やっぱりウソは吐いてますよね? だって彼女は「歩けなくなった」って言ってたのに》


《言葉は正確に頼むよ。ボクが言ったのは「足がダメになった」だよ》


《……?》


 それは同じ意味ではないのか?

 眉をひそめる俺へと説明してくれたのは、シークレットサービスの女性自身だった。


《イロハちゃん、足がダメになったってのは本当。シークレットサービスも本当に引退するの》


 そういえば彼女は病院服で、スーツではない。

 まだリハビリ中なのか、今は使用していないが壁に杖も立てかけていた。


《ただ、ダメになったといっても激しい運動ができなくなっただけ。全部――イロハちゃんのおかげよ》


《わたしの?》


《イロハちゃんが必死に手当てして看病をがんばってくれたおかげで、本来なら2度と歩けなかったはずなのに……日常生活を問題なく送れるくらいの軽い後遺症で済んだの》


《……!》


 そうか……、そうだったのか……。

 俺のがんばりは、あの苦労はムダではなかったのか……!


《シークレットサービスの仕事はさすがに厳しいけど……お手当てもいっぱいもらえたし。これからは悠々自適に過ごしながら、のんびりと転職活動でもするつもりよ》



《だから――本当にありがとう》



 あぁ、俺はずっとその言葉を聞きたかったのだ……。

 俺は両目からボロボロと涙をこぼしながら「だったら」と彼女に提案する。


《その転職活動、手伝わせてもらえませんか? もし……もしも、あなたさえよければ……》



《――わたしに雇われてもらえませんか?》



 と……。

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