第328話『言葉は針のように』

<たった1000語で英語が8割わかる!? って、それじゃあワタシの4000語って答え、全然おしくないではありませんか!?>


<あはは。だねー>


<もうっ!>


 イリェーナがおちょくられたことに気づき、かわいらしく怒っていた。

 俺としたことが、あんぐおーぐのイタズラ癖がちょっと感染っているかも。


>>1000語か。中学校までに学ぶ単語がそれくらいじゃなかった?

>>たしかに、単語帳に載ってた数がそれくらいだった気がする

>>じゃあ中学英語ができるだけで、じつは英語ってかなりしゃべれるってこと?


<今だと学習指導要綱が改訂されて、中学卒業までに2000語覚えることになってるけど……そのとおり。実際の会話で要求される語彙って想像以上に少ないんだよ。ここで、第2問!>


<次こそは正解します! 任せてください!>


<じゃあ、今度は日本語の場合。カバー率を80%にするには何単語を覚える必要があるでしょうか?>


<ふむ。英語よりは多そうですけれど>


>>さっきの倍で2000!

>>もっとありそう。3000とか?

>>じつはさっきと同じで1000だったり?(宇)



<正解は――5000語>



<!?!?!? 今さらですけれど、ワタシよく日本語を覚えられましたね!?>


<いや、本当にすごいと思う。ちなみにウクライナ語の場合は2000語くらいだろうね>


<言語によって、ここまで習得難易度に差が出るものなんですね。日本語を覚えようと思ったら、単純計算で英語の5倍の労力がかかるわけですか>


<必ずしも語彙の多さと習得難易度がイコールってわけじゃないから、一概にそうだとは言えないけれど。指標のひとつとしては、そうだね>


 ちなみにどんな言語でも、10万~20万語覚えれば十全に扱えるようになる、という話もある。

 まぁ、これについては真偽が微妙だが。


 だって、日本人が一生に使う単語が約5万語といわれているから。

 語彙の多い日本語でそれなら、という話。


 まぁ、俺にはどちらのデータが正しいかなんてわからないがな。

 だって、自分が覚えている単語の数なんて数えたこともないし……というか、覚えている言語の数すら把握していないのに、それよりも細かい単語の数を把握しろというのがどだいムリな話。


<ちなみにこれは雑学だけど、日本語で『語彙』って書くときの『彙』って文字。『ハリネズミ』って意味なんだけど、その背中に生えている針もだいたい5000本くらいなんだってさ>


<すこし、運命的なものを感じますね>


<だね~>


<ちなみに、ワタシもイロハサマとの出会いに運命的なものを感じています! いえ、イロハサマは間違いなくワタシの運命の相手だと断言できます!>


<そ、そんな話はしてないだけれど。まぁ、ありがと>


>>あっ、イロハちゃんが視線逸らした(宇)

>>今、イロハちゃん照れてたでしょwww(宇)

>>かわいい(宇)


<う、うるさいっ!>


 ほかにも、アメリカの国務省は外交官が習得する場合を想定して、英語話者にとっての外国語の習得難易度を5段階に分けているのだが、日本語は最高難易度――唯一の『カテゴリー5+』指定されている。

 習得には88週、すなわち2200時間の学習が必要となる想定だとか。


 まぁ、このあたりは言語の”遠さ”も影響しているだろうが。

 逆に比較的、言語が近いフランス語、スペイン語、イタリア語なんかは24週で習得できる想定のようだし。


<けど、こう考えると……イリェーナちゃん、ほんと日本語の習得早かったよね>


<イロハサマには言われたくありませんが!?>


>>これは「おまいう」すぎるwww(宇)

>>イロハちゃんが言うと皮肉にしかならないw(宇)

>>まぁ結局、日本語より英語を学んだほうがいいってことでQED?(宇)


<それは……>


<それは――”ノー”です!>


 意外にも、そのコメントを否定したのはイリェーナ自身だった。

 ここまでずっと、英語をオススメしていたのは彼女なのに。

 俺は出かけた自分の言葉をいったん引き上げて、彼女の話の続きに耳を傾ける。


<英語のほうが習得しやすいのは事実。その上で言います。もしもアナタに好きな人がいるのなら……>



<――アナタは難易度ではなく”愛”で言語を選ぶべき、です!>



<好きな人の使っている言語を学ぶのです。なんたって、愛はなににも勝る最強の”原動力パワー”ですから!>


 なぜか俺は画面越しに、イリェーナからの視線を感じた。

 彼女の言葉に俺の心は自然と震えていた。


>>イリーシャが言うと重みがちがうな(宇)

>>決めたわ。やっぱりオレ、イロハちゃんが好きだから日本語を勉強する(宇)

>>私ももう1回、英語の勉強がんばってみようかな


<ミナサン……!>


<い、イリェーナちゃん……ひっぐ、えっぐ>


<えぇっ!? い、イロハサマまで!?>


>>イロハちゃん泣いてる!?(宇)

>>急にどうした!? たしかにイイハナシではあったけど、そこまで!?(宇)

>>もしかして、ついにイリーシャの思いがイロハちゃんに届いたのか!?(宇)


<イリェーナちゃん、わたしは……感動した! わたしもまったく同じ・・・・・・気持ちだったから! やっぱり――”推しすきなひと”のためにがんばるのが一番だよね!>


<……あ~、はい。そうですね>


>>これはイリーシャ撃沈w 伝わってないwww(宇)

>>不思議だなー。どうして、イロハちゃんが言うとべつの意味に聞こえるんだろうなー(宇)

>>この子がこういうリアクションするの、VTuberが関わってるときだけだからなぁ……予想はできてた(宇)


<えー、それはさておき。今日、配信を見に来ている人にはイロハサマのファンが……英語ではなく日本語を覚えたい人が多いでしょう>


 俺の……”翻訳少女イロハ”の場合は英語やそれ以外の言語でも話せるし、外国語配信もしている。

 しかし、それでもやっぱり一番多いのは日本語での配信だからなぁ。


<そんな人のために、ここからはワタシが感じた日本語を習得する上で難しいと感じた部分などを語っていきたいと思います!>


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