第231話『センセー・ショナル』


「イロハちゃんに言って欲しいセリフは……」


「うげぇっ!?」


 あー姉ぇに耳打ちされて、思わず声が漏れる。

 マイのやつめ、リアルの顔見知りによくもまぁ、ここまで欲望全開のセリフを頼めるもんだ。


 いや、だからこそ罰ゲームというテイが取れる今なのか。

 直接伝えないのも一応、公募……視聴者というスタンスを保つためだろう。


「じゃあ、視聴者から指定されたシチュエーションを……代理で、あたしが受ける姉ぇ~っ☆」


「!?!?!?」


 マイが愕然とした表情になる。

 あー姉ぇに掴みかかってガクガクと揺らし、無言で抗議していた。


 配信に声を乗せないための配慮だろう。

 だが、その程度ではあー姉ぇが止まるはずもない。


「は~い、一般視聴者は邪魔しないで姉ぇ~?」


「~~~~っ」


「はっはっは、これが役得というやつだ姉ぇ~! というわけでイロハちゃん、準備オッケーだよっ☆」


 あー姉ぇがすごい形相をしているマイを引きずりながら、ペンとノートを持って着席した。

 キラキラした目をこちらへ向けてくる。


>>おい、アネゴwww(米)

>>職権乱用するなwww

>>今日は2Dモデルだから、オレらは見えないんだが!?


「大丈夫! みんなにはあたしがバッチリ実況してあげるから姉ぇ~っ☆」


「ていうか、シチュエーションまで指定するなんて聞いてないんだけど。勝手に景品増えてない?」


「なに言ってるのイロハちゃん!」


 あー姉ぇが真剣な顔でこちらに向き合っていた。

 そこまで言うからには本当になにか必要性があるのか?


「シチュエーションは必要に決まってるでしょ! だから……必要に決まってるんだよっ!」


「トートロジーな理論やめてくれる!?」


「けど、ほらみんなも必要だって」


>>だれも言ってないが?

>>エアコメ読むなwww

>>けど、なんだか必要な気がしてキタナー(韓)


「ほらっ!」


「言ったんじゃなくて、言わせたんでしょ! はぁ……もう、わかったよ。言えばいいんでしょ」


 席を立ち、あー姉ぇの背後へ。

 トラッキングが外れ、配信画面上で翻訳少女イロハが静止した。


「あぁっ! イロハちゃんがあたしに覆いかぶさって!? ダメっ、イロハちゃんっ! そんなところ……!」


「まだ触れてもないでしょ!? あー姉ぇの後ろに立っただけし!」


 あー姉ぇめ、視聴者に見えないからって好き勝手言いやがって。

 俺はさっさと終わらせるべく、嘆息しながら彼女に身を寄せ……。



「――ひゃうんっ!?」



 あー姉ぇの口から、今まで聞いたことないような悲鳴があがった。

 な、なにごと!?


>>!?!?!?

>>いったいなにが起こったんだ!?(米)

>>まさかイロハちゃん、本当に!?


「えっ!? わたしなにもしてないよ!?」


「イ、イロハちゃんの吐息が耳に当たって……」


「そのくらいで変な声を出さないでよ!?」


 ……と、ギリギリギリと歯ぎしりが聞こえて振り向く。

 マイが今にも血涙を流しそうな目で、至近距離に立っていた。


 「ヒエッ!?」と声が漏れかけて、飲み込む。

 俺って、この状況で演技しないといけないの? やりづらすぎるんだが!?


「あーもうっ!」


 これ、長引くほど大変になるぞ!?

 俺は「ええい、ままよっ」とペンを握ったあー姉ぇの手に、自分の手を重ね……言った。



「”えぇ~? そんなこともわからないの~? ――バぁ~カ♡”」



 あー姉ぇの耳元とマイクへ向けて甘く、ささやくように。

 彼女は噛みしめるように頷き……。


「うーん! 物足りない!!」


「えぇーっ!? ど、どこが!?」


「そうじゃないんだよ姉ぇ~。ほら、もっとこう……って感じで!」


「は、はい」


 俺は「んんっ」と声音を作り直した。

 グイッと乱暴にあー姉ぇの首をこちらへと向けさせる。



「”この程度の問題を悩んでるのか? はっ、お前みたいなバカは――俺のことだけ考えてろ”」



「きゃぁあああ~~~~!!!!」


 あー姉ぇが大興奮で叫び、ジタバタと身体を悶えさせていた。

 んんんっ!? 勢いに負けてリテイクしてしまったが、俺は今いったいなにを?


>>まさか、あー姉ぇにこんなフェチが!?

>>イロハのイケメンボイス、だと!?(米)

>>こんなキャラもできたのか


>>賛否わかれそうやな

>>↑いえ、むしろイロハサマは初期のころから、配信上でも一人称で「俺」を使うことがありました。すなわち男性的な側面も持ち合わせていると考えられ、今回新たに見せた側面はむしろ彼女の本質に近く(宇)

>>↑文字数上限で草。めっちゃ早口で言ってそうw


>>キュンとしちまったオレはもうダメだ。メスになっちまったのかもしんねぇ……

>>どうして3D配信にしなかった!!!!

>>だれか手描き切り抜きや、MMDでの再現を頼む!


 コメント欄がカオスなことになっていた。

 な、なんとかして誤魔化さないと!?


「あー姉ぇ、一刻も早く次の問題へ! ……あー姉ぇ? あー姉ぇってば!」


「はぁあああ~ん……」


「おいテメェ、いつまでもトリップしてんじゃねぞ」


「はいっ、イロハちゃんっ。え、えへへ……あたし、イロハちゃんの言うことならなんでも……」


「あの、あー姉ぇ?」


「……あっ」


 あー姉ぇの表情が固まった。

 ちょっと!? 今は”ふたりきり”じゃないんだけど!?

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