第167話『ボルテージ上昇中』

《あ~、疲れた~》


《イロハ~、ワタシも~》


《ちょっと、乗っかかってくるな。重いから……、はぁ~》


《あれ? 押しのけられない。イロハがデレてる?》


《ちがうから。ただ、今は体力が》


 リビングのソファで寝転がっていると、あんぐおーぐが俺にのしかかってきた。

 退かしたいのだが、今はその気力も体力も残っていなかった。


 食事から戻ったあと、俺たちは荷ほどきに精を出していたのだが……。

 ちょっとナメていたなこれは。


《まさか、ここまで大変だとは》


《ワタシたちには圧倒的に筋肉が足りてない。配信者らしいな、あはは》


《というか体型の問題でしょ》


《それ言ってて自分で悲しくならないか?》


《気にしてるのはおーぐだけだから。わたしを一緒にしないで》


《けど、これでちょっとはワタシが日本で部屋の片づけをサボっていたわけじゃない、ってわかっただろ?》


 いや、あんぐおーぐの場合は本当に遊んでばかりだっただろ。

 とは思ったが、まぁ一理ある。


 正直、かなり見積もりが甘かった。

 どこか無意識に、前世の……成人男性の体力で計算してしまっていたらしい。


《おーぐは進捗、どんな感じ?》


《とりあえず、配信環境だけは整えたぞ。イロハは?》


《うっ、わたしはまだ》


 まさかあんぐおーぐに負けるとは……。

 このあたりは引っ越し慣れの差だろうか?


 あと俺の場合、海外特有の問題にぶつかってしまったことも大きい。

 パソコンをコンセントに繋ごうとしたのだが……。


《ねぇ、おーぐ。アメリカと日本じゃ電圧ってちがうんだよね?》


《あぁ、だから気をつけろよ》


 日本から持ってきた家電を、うっかりそのままアメリカのコンセントに差して発火、なんてのはよくある話。

 コンセントの形状が基本的に同じだから、余計に間違えやすい。


 俺も変圧器を用意してきたつもりだったのだが、どの箱にしまったかわからなくなってしまった。

 あるいは日本に置き忘れてきたのかも。


《ねぇ、おーぐ。変圧器が余ってたりしない?》


《ワタシは持ってないな。注文したほうが早いと思うぞ》


《そうだよねー》


 むしろ、あんぐおーぐからすればこっち・・・がデフォルトだもんな。

 ネット注文するしかないかー。


《ちなみに回線はもう繋がってるんだっけ?》


《あぁ。さっき確認したけどアップロードとダウンロード、それぞれこんな感じだったぞ》


 あんぐおーぐにスマホの写真を見せられる。

 速度チェックの結果が書かれていた。


《……微妙じゃない?》


《うるさいな!? 日本の通信速度が異常なんだよ! これでも立地と、治安と、それから回線速度で決まったアパートなんだからな!? 日本人はネット環境に恵まれていることを、もっと自覚すべきだ!》


《ご、ごめん》


 日本の回線速度は、あれだけ国がコンパクトだからこそ高速で安定している。

 あるいは密集しすぎている、ともいえるが。


 小さな国の、そのまた小さな都市に人口が集中しているもんな。

 逆にアメリカでは、いわゆる田舎と呼ばれる場所でも人が少なくないそうだ。


 だからこそ逆に、日本みたいに『ご当地グルメ』や『特産品』みたいなものを前面に押し出して、旅行や観光を誘致することもあまりないそう。

 たとえばワシントンではリンゴが非常に多く生産されているが、それをことさらアピールしたりしない。


 とくに宣伝する必要性がないから。

 もちろん、単に”お国柄”という部分も大いにあるだろうが。


 ……このあたりは良し悪しだな。

 あんぐおーぐが「日本中を回ってご当地グルメを食べたい」と言っていたのは、そういう差に惹かれた部分もあるらしい。


《けど、スマートフォンすら使えないのは本当にツラい》


《なんでだ? SIMカードは入れ替えたんだろ?》


《もちろん。プリペイドのを買って使ってる》


 基本的に日本のSIMカードでは、日本国内でしか通信できない。

 一応、国際ローミング利用すれば、そのままでも使えなくはないが……。


 気づけば何十万円、と通信料がかかってしまうこともしばしば。

 プリペイドなり使い捨てなり、SIMカードを入れ替えたほうが安全だろう。


《だったら、普通に通信できるんじゃないのか?》


《いや、回線の問題じゃなくて充電の問題。そろそろ切れかけてて。モバイルバッテリーも空っぽだし。……ちょっと、片付けしながら配信を見すぎたかも。セーブしながら使ってるんだけど、だんだんわたし自身のエネルギーが切れかけてる》


《やけに抵抗が弱いと思ったら、それでか》


 あんぐおーぐが俺のほっぺたを突いてくる。

 俺はされるがままだった。手を払うのも億劫だ。


 ノートパソコンのバッテリーはまだ残っているのだが、あれは仕事……配信用だ。

 充電ができない現状、使うわけにはいかない。


《だからおーぐのパソコン借りていい? 変圧器、注文しておきたい。あと配信が見たい》


《ん!? あ~、そういうことか! イロハ、ひとつ朗報だ。自分のスマホで注文したほうが楽だと思うぞ》


《だから充電が》


《いや、スマートフォンは大抵、グローバル対応になってるから普通にそのまま充電できるぞ》


《へ?》


《むしろ、じゃあなんのためにコンセントの規格が同じだと思ってるんだ》


《えぇえええ~!?》


《ぎゃふっ!?》


 俺は跳び起きた。

 あんぐおーぐが吹っ飛んで、床に転がった。


《お、おいっ! 急に動くなよ!》


《あっ、ごめん……って、なんでわたしが謝らなくちゃいけないの? 乗っかってきたのはそっちでしょ。それよりさっきの話》


《マジだぞ。ちなみにパソコンもそのまま使えることが多いぞ。念のため、ちゃんと対応してるかチェックしたほうがいいし、安全を期するなら変圧器をかましたほうがいいけどな。って、おーい!? イロハー!?》


 俺はすぐさまコンセントに駆け寄り、スマートフォンの充電をはじめんとする。

 じつはずっとガマンしていたんだ。


《ひゃっほぉ~! 心置きなく、思いっきりVTuberの配信を見られる! これ以上の幸福があるだろうか!》


 しかし、神さまは俺を見捨てたらしい。

 充電器を刺そうとした瞬間、プツッとスマートフォンの充電が切れてしまった。


《ぎゃぁあああ~~~~!?》


 1秒遅かった。こうなると再度使えるようになるまで時間がかかる。

 俺はガジガジと指の爪を噛みながら震える。


《早く、配信配信配信……ブクブクブク》


《ヒィっ、禁断症状!? 泡吹いてる!? こいつもはや、ヲタクとかじゃなくて中毒患者なんじゃ……。あ~、充電終わるまでワタシのスマホを使うか?》


《いっ、いいの!?》


 俺はあんぐおーぐの両手を掴んで、迫った。

 彼女はたじろぎながら、コクコクと首を縦に振る。


《あ~けど、代わりに配信を見てる間、イロハを抱きしめてていいか? ……なんちゃって》


《全然いい、全然いい!》


《……もしかしてイロハって、配信をエサにしたらなんでも言うことを聞かせられるんじゃ》


 あんぐおーぐがポツリと呟いた。

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