第376話『すべての言葉は”擬音語”からはじまった』


’ここに留まりたい? どうして?’


 現地民の男性が聞き返してくる。

 アマゾン川の岸辺で、俺は必死に彼へと思いを伝えていた。


’わたしは故郷に帰りたい。ここで待っていれば、ほかの人が通りがかるかもしれない’


’それはない。このあたりに私たち以外の人間はいない’


’でも……たとえば、’


 なにかの偶然で「船」が通りかかることがあるかもしれない。

 そう伝えようとするが、その単語を彼らの言語でどう表現するのかわからない。


 だから、可能なかぎりの表現でイメージを共有しようとする。

 具体的には……。


’水に浮く。木で作る。「ぷかぷか」「ちゃぷちゃぷ」「ざぶーん」「ぎーこぎーこ」……「ばしゃばしゃ」’


 ジェスチャーと”擬音語”を多用して伝えんとする。

 と、どうやらその中のひとつがヒットしたらしい。


’理解した。お前が言っているのは『バーシュ』のことだな’


’なるほど、『バーシュ』と呼ぶのですね’


 俺はこのように知らない単語をなかば自力で堀り当てられるようになっていた。

 それは彼らの言語に、擬音語由来の単語が多いからだ。


 きっと、言語が若いから、だろう。

 これはあくまで一説だが……。



 ――すべての言語は最初、擬音語からはじまった。



 という人だっている。

 実際、彼らの言語の多くは、音と意味がダイレクトに結びついている。


 直感に即しており、そのせいか単語そのものにかぎれば覚えやすい。

 みんなだって、子どもになにかを教えるときはオノマトペを多用するだろう。それと同じだ。


 と同時に……。


’私たちは船を持たない。木を――船、知らない’


’獲物を料理する、葉を編む、木を――作るする?’


’その使いかたで合っている’


 言語の解析が進んだおかげもあるだろう。

 こうして、俺ははじめて聞いた単語から……その音から、意味を逆算することもできるようになっていた。


 パタパタ振るから、旗。

 ピヨピヨ鳴く子だから、ヒヨコ。

 プルプルするから、震える。


 たとえ意味を知らずとも、ざっくりと意味を類推することは可能。

 もちろん、すべての単語がそうだとはかぎらないが。



 だって、言葉には――”恣意性”があるから。



 仮に、本当にすべての単語が擬音語からきていたとしよう。

 ならば、どの言語でも同じものを指す場合、似たような単語になっているはずなのだ。


 たとえば、「にゃーん」と鳴く生きものが世界中にいたとしよう。

 ならば、その生きものはどの言語でも「にゃーん」という音に近い名前をつけられているはず。


 決して「ねこ」や「キャット」など、バラバラの呼ばれかたはしないはずなのだ。

 つまり、そこにはなんらかの……人間の”恣意”が働いている。


「けど、やっぱりか」


 どうやら、彼らは船を持っていないらしい。

 それに作りかたも知らない、と。


 そうだろうな、とは薄々思っていた。

 だって俺はここで生活する中で、一度も「船」という単語を耳にしなかったから。


「こうなったら、もう自分で作るしか」


’もし自力で川を進もうとしているなら、やめたほうがいい’


’どうして?’


’危ないからだ。水の外にいても襲ってくるような獰猛な生きものも、川にはたくさんいる’


 たしかに、先日もワニを見たばかりだ。

 きっと、俺に作れる船なんて簡素なイカダだけだろう。襲われたらひとたまりもない。


 いやそもそも、俺の力では木を1本切り倒すことすら難しいだろう。

 じゃあ、やっぱり……。


’ここに留まって、いつか船が通りがかるのを待つしか’


’それもできない’


’ど、どうしてですか!?’


’ここはみんなのものだ’


’それなら集落に戻って、みんなに許可を……’


’そうじゃない。ここは……’



’――森の・・みんなのものだ’



’……!’


’すべての半分は私たちのもの。そして、もう半分は彼らのものだ’


 どうやら、俺はまだ彼らの言う”平等”がわかっていなかったらしい。

 まさか、人間だけでなく動物もその範疇だったなんて。


’自然の恵みも、大地も……すべてはみんなのものだ’


 そう現地民の男性は諭すように言う。

 俺にはそれがわかっていなかった。だから言語解析も”おおよそ”止まりだったのかも。


’ずっとここにいると、ほかの動物たちが「ナワバリを侵した」と思って攻撃してくる。ここに居ていいのは獲物を狩るときや、水を使うときだけ’


’あの、じゃあせめて、毎日1度ここに来ることはできませんか? 連れてきてはもらえませんか!?’


’それは今の私が決めることじゃない。明日やることは、明日の私が決める’


’っ……’


 そうだった。彼らには時間の感覚がない。

 だから、予定やスケジュールを定めることもない。


 翻訳の都合でそう解釈されているが、実際には男性は「明日」という言葉すら使わない。

 じゃあ、もうほかに選択肢なんて……。


’どうしても、帰りたいか?’


’え?’


 ふと男性が真剣な表情で俺に向き合った。

 俺はコクコク! と何度も頷いた。


’大切なものがたくさんあるんです! 家族や、友人が待っているんです!’


 俺は必ず帰って、シークレットサービスの女性を助けて、あんぐおーぐたちと再会して……。

 そして――溜まりに溜まっているアーカイブを消化するのだ!


’……そうか、わかった’


 その覚悟を感じ取ったように、男性は深くうなずいた。

 そして、言った。



’ならば――私が、お前を森の外まで連れて行く’

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