第411話『公開キス』
舞台が暗転し、俺とあんぐおーぐはポーズを取る。
やがて、音楽とともに会場内がまばゆい光に包まれた。
――『ラスト・イン・ピース』。
俺とあんぐおーぐのデュエット曲。
そのタイトルは彼女の別れのあいさつ「れすと・いん・ぴーす」をもじったものだ。
平和の中で終わりを迎えられるように。
そのための最後の1ピースは俺にとっての彼女であり、彼女にとっての俺……。
あの事件の際、ふたりで一緒に誘拐犯から逃げたり、国境を越えて電話で励まし合ったことを思い出す。
この曲にはそのときに感じた、様々な想いが込められている。
『――おーぐ!』
『――イロハ!』
踊りながら距離をとった俺たちは今度、走って近づいて行く。
振り付けで別れと再会を表現しているのだ。
あんぐおーぐが俺を受け止めるように、両手を広げる。
俺は彼女の胸に飛び込むように手を伸ばし……。
そして――ここが
『『あ』』
と、お互いの声がシンクロした。
俺はよりによって最悪のタイミングで自分の運動神経の悪さを発揮していた。
両者の距離がゼロとなるその直前に――俺はつまづいていた。
本来なら立ち止まるところを越えて、俺はバランスを崩しながら突っ込んでいき……。
――ちゅぅ~~~~っ!
俺たちの顔が……いや、唇が完全に引っ付いていた。
その瞬間、コメントが一気に流れた。
>>今の、俺たちの見間違いじゃないよな!?
>>だよな! 『ちゅっ』て聞こえたよな!?(米)
>>それはさすがに幻聴w ダンスと歌はべつ撮りやろ(韓)
>>いや、でも俺も聞こえたぞ?(宇)
>>俺も俺も(英)
>>もしかして、編集でスタッフがわざわざあとから効果音入れた説(伊)
>>は? 天才か??? 褒めて遣わす(露)
>>ふたりの動きがあきらかにぎこちなくなっててワロタwww(仏)
>>これが誓いの口づけか……結婚おめでとう! やっぱり百合はあったんだ!(独)
「ぬぉおおお~~~~っ!?」
その光景を撮影エリアで
崩れ落ちている俺の肩に、ポンとあんぐおーぐが手を置いてくる。
《イロハ、これでワタシたちのキスシーンが世界中に発信されてしまったな》
《バカっバカっ、バカおーぐっ! 言わなくていいからーーーーっ!?》
顔が熱くて仕方がなかった。
だが、あんぐおーぐもさすがにこの公開キスは恥ずかしかったのか、ちょっと頬が赤くなっていた。
さて、すでにお気づきかもしれないが……。
現在、俺たちは撮影エリアで次の準備をしながら、しばしの休憩中だ。
現在、舞台の上で踊っているのはたしかに俺たちだが、実際には過去の映像。
一昨日に収録したものだ。
《くそう、撮りなおしする時間さえあれば……》
《いや、どうだろうな。撮影スタッフたちがすごく「これでいきましょう。いえ、むしろこれがいいんです!」って興奮してたし……撮りなおしても、こっちが採用されてたんじゃないか?》
《うぐっ!?》
あんぐおーぐの言うとおりだった。
事故のあと、俺たちの……というか、俺のダンスがグダグダになってしまっているのだが「それが逆にいい!」と言われてしまったのだ。
それに、結果的にだが……おかげで俺のダンスのヘタクソさがちょっと誤魔化せているし。
歌のほうは……うん。なんだろうね?
べつ撮りでもともとヘタなだけなのだが……。
まるで俺が恥じらい、そのせいで声に動揺が乗っているかのように聞こえなくもない。
あと当時、絶対に『ちゅっ』とか音鳴ってなかったからな!?
効果音入れたスタッフ、絶対に許さねぇ!?
《まぁまぁ、イロハ。はしゃいでないで、今のうちに次の流れ確認しておけよ》
《わかってるよぉ……。はぁ~もう、だれのせいなんだか》
《転んだオマエの自業自得だろ》
《そうだった……》
うなだれ、俺はスタッフの人が渡してくれた水を受け取って飲んだ。
それから、モニターに表示されているこのあとの原稿を確認する。
このように収録済みの曲に関しては、その間にいくらか休むことができる。
とはいえ、全員が全員そうしているわけではない。
前撮りしていても、本番で――裏で実際に踊っている人もいる。
そのダンスが表に出るわけではないが、なんでも「感情を途切れさせたくない」のだと。
あー姉ぇとかは典型的なそのタイプ。
いや、彼女の場合はたんに踊りたい気分だから踊ってるだけな気もするけど。
……ん? 俺はどうなのかって? もちろん休めるかぎり休むに決まっている!
んな体力が続くわけがないからな!
《イロハ、そろそろだぞ》
《わかった》
回収に来たスタッフに水を返して、立ち上がる。
前撮りの曲との繋ぎを合わせるため、バミリ――床に貼られたテープを目印に立って、ポーズを取る。
スタッフがカウントダウンをはじめる。
暗転明けまで残り30秒――そのとき、あんぐおーぐが動いた。
《イロハ》
《ん? ――んんぅ~~~~っ!?》
それを見ていたスタッフから「ワオォッ!」という声が聞こえた。
あんぐおーぐの唇が俺の唇に重ねられていた。
《大好きだぞ》
《なっ、なななっ……なにっ、してっ!?》
《このままじゃイロハが冷静すぎて、映像と繋がらないからな》
《だ、だからって!?》
《暗転明けます! 5、4、3……!》
スタッフが慌てた様子で叫ぶ。
ここで動いたら繋ぎがおかしくなってしまう。
俺は抗議のタイミングを奪われ……。
曲終わりの暗転が明け、舞台に光が戻った――!
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