第412話『ヲタ活! ペンライトは標準装備!』


 VTuber国際ライブ。

 そのトップバッターは俺とあんぐおーぐのデュエット曲だった。


《というわけで、ワタシ――あんぐおーぐと翻訳少女イロハで『ラスト・イン・ピース』でしたー! オマエらどうだったー!? めちゃくちゃよかっただろー!?》


 会場やコメントから『うおぉおおおお!』と返事が返ってくる。

 でも、その声や言葉にはどこか「曲がよかった」以外の興奮がどこか含まれていて……。


《ん? オイ、イロハ……どうかしたのか? 顔が真っ赤だぞ?》


 あんぐおーぐの発言に合わせて、翻訳少女イロハの顔が真っ赤に染まる。

 裏方がモデルの操作を手伝ってくれているのだ。


 スイッチを切り替えて、俺の特殊表情を――赤らめ顔を呼び出している。

 余計なことしなくていいから!? と叫びたいが、この状況ではもちろん言えない。


《ななな、なんでもないですけど!?》


《そんなこと言って、さっきキスしちゃったから動揺してるんだろー?》


《んなぁっ!?》


 そう言って、あんぐおーぐはニヤニヤと笑いながらアドリブを入れてくる。

 こ、こいつ……!?


 でも、先に台本を飛ばしてしまったのは――動揺で声が出なかったのは俺のほう。

 だから、責めようにも責められないのだけど。


 彼女は俺のミスをフォローをしてくれたのだ。

 このあたりは本当に場慣れの差が大きいと思った。


 それに「さっきのキス」とは、じつにうまい言い回しだ。

 矛盾なく、それぞれ……俺には今されたキスを、そして観客にはライブ中の事故を連想させていた。


>>やっぱり見間違いじゃなかったんだ! 百合はありまぁす!

>>あかん、鼻血出てきた(米)

>>いいぞもっとやれ!(韓)


《って言われてるぞ、イロハ》


《こっ、こんなみんなの前でできるわけないでしょ!?》


《じゃあ、ふたりきりのときならいいのか?》


《げほっ、ごほっ!? そそそ、そういう意味じゃっ……!?》


《っと、いつまでもイロハをからかってたいところだが、そろそろタイムリミットだなー》


《あっ……》


 あんぐおーぐはいつまでも続きそうな会話を、そうなかば強引に切って話を進めた。

 こういう会話の腕力も司会進行には必須だな。


 本来、予定していた会話内容とは全然ちがってしまったが……。

 彼女のおかげで時間はピッタシだった。


《というわけで、ワタシはここで一旦退散だ! まだまだワタシが歌う曲もあるし……それに、あとで司会を交代しにくるからなー。イロハ、それまでしっかりなー》


《う、うん……おーぐ、ありがとねっ!》


《おうっ! それじゃあ、みんな――”れすと・いん・ぴぃいいいす”!》


>>れすと・いん・ぴーす!(英)

>>おーぐ、めっちゃよかったよー!(宇)

>>楽しみにしてるー!(伊)


 あんぐおーぐが去り、舞台の上は俺ひとりになる。

 しかし、不安や寂しさを覚えている余裕はない。


 すぐに次の曲がはじまるのだから。

 彼女と入れ替わりで舞台に新たなVTuberが上がってくる。


《さて、次は……》


 そうして、俺が曲名を告げるとともに舞台は再び暗転した――。


   *  *  *


「……ぷはぁ~っ、疲れたぁ~」


「イロハちゃん、お疲れぇ~」


 俺はフラフラと控室に入ってくると、そのままドテンっと倒れ伏した。

 マイがねぎらうように汗をタオルで拭ってくれて、そのまま「スーハー、スーハー」と……。


「って、ちょっとぉ!? ななな、なにしてるの!?」


「あうぅ~っ!? 盗られたぁ~!? せっかくイロハちゃんのいい汗の匂いだったのにぃ~!」


「汗臭いだけだから!?」


 俺は奪い返したタオルをぎゅっと胸元で握りしめ、絶対に渡さないと意思表示する。

 自分が恥ずかしさのあまり、首まで真っ赤になっているのを感じた。


「このあとはしばらく休憩できるんだっけぇ~? ここまで出ずっぱりだったもんねぇ~」


 控室にあるモニターを見ると、そこに舞台の様子が映っている。

 俺と司会を交代したあんぐおーぐが、舞台に立つVTuberと軽快に言葉を交わしていた。


「にしてもイロハちゃんやっぱりすごいよぉ~。あんなにも次々と、舞台に上がってくるいろんな国のVTuberさんと普通に会話しちゃうんだからぁ~」


 そう、あんぐおーぐとのデュエット曲のあとは世界各国のVTuberが大勢、交代で歌ったのだ。

 時間の関係もあって、多くの場合は複数名でメジャー曲をという感じだったけど。


 だが逆にいえば――極端な例を挙げると、ユニットメンバーがドイツ出身者とイタリア出身者と中国出身者と韓国出身者みたいなこともあって……。

 さまざまな言語が同時に飛び交う中、俺は通訳と会話をこなすことになった。


 そんな曲芸を視聴者は楽しんでくれたみたいだが、歌った当人より俺のほうが目立ってしまっていた気がして……彼女らのファンである俺としてはうーん、と言ったところ。

 しかし、このあたりはスポンサー……国家の意向もあるだろうし、仕方ない。


「それにしても……はぁ~。いろんな推しと直接、顔を合わせてしまった……」


 俺はズーンと三角座りして落ち込んだ。

 うぅっ、今日だけでファンとしてのラインをいくつ踏み越えてしまったのか。


「正直、俺も観客席でこのライブを見たかったよぉおおお~っ!」


「それ合間のトークでも言ってたよねぇ~。マイ、イロハちゃんが観客側に背中を向けて座り込んで……普通にファンのひとりをやりはじめたときは、どうなることかと思ったよぉ~」


「さすがに、あれは事前に決まってたトーク内容と演技だけどね」


「9割以上本気だったクセにぃ~?」


「ぎくぅっ!?」


「イロハちゃんのことだからねぇ~。マイにはお見通しだよぉ~!」


 さ、さすがマイ……俺以上に俺のことをよくわかっている。

 彼女はさらに俺へと追撃してきた。


「あとイロハちゃん……毎回、新しくVTuberさんが舞台に上がってくるたびに興奮しすぎだと思うなぁ~。アレは司会というより、完全にファンのひとりの反応だったと思うよぉ~」


「だだだ、だって!? 推しが目の前にいるんだよ!? 仕方ないじゃん!?」


「まぁ、観客やコメントのみんなも、そんなイロハちゃんを期待してたみたいだしぃ~。よろこんでたみたいだからいいと思うけどねぇ~」


「ぬぐぐぐ……」


 反論できなかった。

 しかし……それはともかくとして。


 俺はマイと会話しながらアレコレ準備を整えていた。

 両手にペンライトを握り、首からイベントのロゴが入ったタオルを下げて……。


 そろそろだ。そろそろ来るぞ……!

 次の瞬間、モニターの映像が暗転し音楽が鳴りはじめる。


「ぎゃーっ! みんなーっ、かわいいよーっ!」


 俺は「ふんすっ! ふんすっ!」と鼻息を荒くしながら、大興奮でペンライトを振る。

 そう、司会を交代した今……俺は自由だ!



 これから俺は――数ヶ月ぶりに、VTuberヲタクとしての時間を満喫できるのだ!

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