第413話『小さな世界』
「うおぉおおお~っ!」
俺は控室で両手にペンライトを握って、大はしゃぎだった。
どれだけ忙しくとも、リアルタイムで見られるかぎりライブを見ると心に決めていたのだ!
そのために、スタッフさんにお願いして控室にグッズも持ってきてもらったし。
そんな俺を呆れた様子でマイが見てくる。
「疲れてるだろうに、元気だねぇ~」
「逆だよ! むしろ、見ることで回復するんだよ!」
「はいはい、イロハちゃんは本当にイロハちゃんだねぇ~」
俺の名前がなんか形容詞みたいな使われかたしてる……。
まぁ、そんなことはどうでもいい!
「きゃーっ! ぎゃーっ! うおーっ! 大好き―っ! 愛してるーっ!」
「……むぅ~」
俺がそう叫びまくっていると、なぜかマイがギュッと横から抱き着いてきた。
ちょっと? 見るのにジャマなんだけど?
と思ったけど……俺はひさびさのVTuber視聴で気分がよかったから許した。
あと、一瞬でも画面から目を離したくなかったし。
「うぅっ……よがっだ、よがっだよぉ……まだ、ごうじで推じのライブが見られでぇえええっ!」
「うわ……イロハちゃんがガチ泣きしてるぅ~」
なんで引くんだよ。
と思ったが、マイはすぐにポンポンと俺の頭を撫でてくれた。
「よかったねぇ~、よかったねぇ~」
「……っ! うんっ……うんっ、うんっ!」
俺はボロボロと涙をこぼしながら何度もうなずいた。
1曲が終わり、また次の曲が終わり……。
こうして次々と登壇してくるVTuberを見ていて、俺は思った。
どうやら、いつの間にか俺もずいぶんと交友関係が広くなっていたらしい、と。
今、歌っているのはいつだったか下ネタコラボをしたVTuberだし。
俺が司会をやっているときに登壇していたのも、俺と国際コラボをしたことがある相手だったり、マルチリンガル系VTuber仲間だったり……。
あとは、俺がスーパーチャットを投げた相手だったりした。
最初はマイナーだった彼女らも、俺のスパチャをきっかけにバズり……さらにはあの事件を俺たちが解決したことでVTuber新時代が訪れた際に、その国でのパイオニア的な存在になったらしい。
今や、知っている人――話したことのある人ばかりだ。
……最初は友だちなんてマイだけだったのにな。
「ん? イロハちゃん、どうかしたのぉ~?」
「う、ううんっ……なんでもないっ」
視線を感じたのか、マイがすぐ至近距離できょとんと首を傾げていた。
俺はなんだか恥ずかしくなって、画面に視線を戻した。
そうだ……そういえば一番最初のきっかけも、マイだった。
あー姉ぇの配信を手伝ってほしい、と彼女に頼まれて……それで俺はVTuberデビューすることになったのだ。
「イロハちゃんはあとでまた司会だよねぇ~?」
「うん。でも、それより先に……今度は歌う側で出番があって」
というより、そのために交代したというのが正しい。
そうこうしているうちに英語圏VTuberの出番がひと通り終わってしまう。
一番最後はあんぐおーぐたちの事務所――その英語圏メンバーによるユニットソングだった。
それで彼女の司会は一旦終了。
「あぁっ……楽しい時間っていうのはどうしてこう、すぐに終わっちゃうんだろう?」
あんぐおーぐが司会のバトンを、今度はあー姉ぇへと渡していた。
ここからは日本のVTuberが連続で登壇してくる予定だ。
このように、VTuberの人数が多い国については丸ごと司会を引き受けてもらっていた。
さすがにすべてを俺ひとりがやるんじゃ、ノドも体力も持たないから。
「次の曲まだかなー! 楽しみだなー!」
「……あのぉ~、イロハちゃんぅ~?」
「どうしたの、マイ?」
「そろそろイロハちゃんも準備しないといけないんじゃぁ~?」
「イヤだぁ~~~~! まだわたしはライブを見てるんだぁ~~~~!」
そのうち、なかなか来ない俺に慌てたスタッフが控室まで呼びに来た。
俺はまるで捕まえられた子猫みたいにぶらーんと掴み上げられ、連行されていった――。
* * *
撮影エリアの袖まで連れて来られた俺は、目をつぶって音だけでライブを楽しんでいた。
なるべく推しのご尊顔を拝してしまわないための配慮だ。
その間にも、次々といろんなVTuberやライバーが歌ったり踊ったりしていた。
そこも知り合いが多く……。
「えー、では問題です」
「ピンポーン! って、今日はクイズちゃうわ! ライブやライブ!」
「マジ? 俺、本気でクイズすると思ってた……」
と、ボケとツッコミと天然ボケがいるのは、俺がレギュラーをさせてもらっているクイズ配信のメンバーだ。
ほかにも……。
「あかん、わて緊張してきてもうた……」
「だだだ、大丈夫だって! いいい、いつもどおりやりゃればしぇばば!」
「わて以上に殿下のほうが緊張してるが!?」
「ふたりとも大丈夫やって。ほら、お客さんなんか神さまやねんから」
「それなら安心……って逆に緊張するわーいっ!? そこはじゃがいもちゃうんかいっ!?」
「アハーっ↑」
と、漫才を繰り広げている3人組はいつだったか一緒にデスゲーム配信をしたり、俺がデビューしてすぐのころに一緒にプールへ行ったりした人たち。
などなど……逆にまったく関わりのない人のほうが少ない。
「それじゃあイロハさん、次の次が出番なので準備お願いしまーす」
「はーい」
日本人のスタッフに案内されて撮影エリア脇へ。
残念ながら、さすがに移動のときは目を開けておかざるを得ない。
指示された場所で待っていると、ちょうど俺の次に登壇する予定らしい3人組の女性が戻ってきて……。
そして、俺の顔を見たその瞬間だった。
「「「あ」」」
声がハモった。
3人がポカンと口を開けたまま固まっていた。
目が合ってしまった以上は仕方ない。
一瞬で、声で相手がだれかを察してしまった俺は、まるで神さまにでも遭遇したみたいに「ははぁーっ!」と首を垂れて初対面のあいさつを……。
「いえ、じつはわたくしたち初対面じゃないんですよ」
「ほら、覚えとらん? 1年くらい前にアキバで……」
「私たち、イロハさんたちの等身大パネルで写真撮ってて」
「えっ? え、あぁあああ~っ!?」
VTuberのことだから覚えていた。
あんぐおーぐが日本にやって来ていたときのことだ。
俺とあんぐおーぐが身バレしかけて、慌てて退散したことがあった。
あのときの女子高生? らしき3人組が……今、俺の目の前に立っていた。
「特徴的なふたりだったので覚えていたんですが、まさか本人だったなんてわたくしビックリですよ!」
「えっ、じゃあ……うちら本人に写真撮らせてたことにならんか?」
「ええー、こんなことあるんだねー」
どうやら俺が思っていた以上に、バーチャルとリアルというのは地続きだったらしい。
本当に知り合いばかりで……。
――意外と世間って狭いなぁ。
そんなことを思った。
と、そういうしているうちに俺の出番がやって来る。
「すいません、それじゃあこれで」
「はい、がんばってくださいね」
そう推したちに励まされ、俺はやる気十分。
スタッフの合図とともに……。
『イロハちゃーん! ほらほらー、お姉ちゃんとこおいで~っ!』
そう呼ばれて、俺は撮影エリア内へと飛び込んだ――。
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