閑話15『0円でなれるVTuber!~トラッキング編~』

「さぁ~て。動画撮影の方法だけれど、そのために必要なソフトはふたつ」


 言いながら、マイサンは指を立てた。


「まずひとつめ。3Dモデルを動かすためのソフト――”VSeeFake”。いわゆるトラッキングソフト」


「そういえばまだワタシ、VTuberになったことがありませんデシタ!?」


 ポーズや表情を指定して写真は撮ったが、まだ自分で動かしたことはなかった。

 ワタシはマイサンに言われたソフトをダウンロードした。


 VSeeFakeを起動して、モデルを選択し、カメラを許可する。

 そして、ワタシは”イリェーナ”と目が合った。


「カワイイ……」


 呟くと、ぱくぱくと口が動いた。

 まばたきに合わせて彼女も目をぱちぱちと開閉し、頭を揺らすと髪がなびいた。


「どぉ~? バーチャルな肉体の感想はぁ~?」


「これがワタシ、なのでデスネ」


「そうだよぉ~。さらにいくつか設定と調整をすれば……」


 ワタシはモデルの感情豊かさに驚くことになる。

 怒ったり、笑ったり、悲しんだり、驚いたり……彼女がワタシと同じ表情をしていた。


「すごいでしょ~。この精度で、しかも無料で、視線や眉の動きまでトラッキングできるソフトはそうそうないからねぇ~。といっても、ほかのソフトも一長一短で――」


 このVSeeFakeというソフトは、上半身のトラッキングに特化しているそうだ。

 一方で”3tere”は表情のトラッキングは有料だが、機材があれば全身を動かすことも可能とのこと。


「ナルホド。用途に合わせて使い分けるのがよさそうデスネ!」


「そうだねぇ~。あとは持っているスマートフォンが新しい機種なら、webカメラの代わりに使って”パーフェクトシンク”も可能だったり。それができるならwebカメラは購入しなくてもいいかも」


「パーフェクトシンク、ってなんデスカ?」


「高精度のトラッキング、かなぁ~。ちょっと設定も難しくなるけど、奥行きを測定できるカメラによって頬や舌までトラッキング可能になるのぉ〜。ぷくーってほっぺたを膨らませたり、べぇっと舌を出してなにかを舐める動作まで再現できる」


「そ、そんなことマデ!?」


 それは夢が広がる! いずれはイロハサマとあーんなことや、こーんなことまで!

 と妄想していたら、釘を刺されてしまった。


「けど、優先すべきはパソコン自体のスペックだからねぇ~」


「うぐっ……、ハイ」


「当然といえば当然なんだけど、3Dモデルは2Dモデルに比べて処理が重いからぁ~。PCゲームと同時起動しないかぎりは、今のスペックでも問題ないけどぉ~」


 やはりパソコンのスペックによる制約はあちこちに及んでくるようだ。

 それでも、不自由ではあっても不満はなかった。


 だって『ゼロ』と『イチ』では天と地ほどの差があるから。

 マイサンがいなければ……このパソコンがなければ、ワタシはそもそもVTuberにはなれなかった。


「これでトラッキングはOKだねぇ~。というわけで動画撮影に必要なソフトのふたつ目。……録音ソフト!」


「アッ、たしかにそれがないと撮影なんてできまセンネ」


 言われれてみればあたり前の話だった。


「録音にもオススメのソフトってあるのデスカ?」


「もちろん。それは――”OVS Studio”!」


「エッ!?」


 その名前はワタシでも知っている。

 配信者の多くがこのソフトを使用していることだろう。しかし……。


「OVSって配信用ソフトなのデハ?」


「じつは動画の撮影までできちゃうんだなぁ~、これが。しかも、普通に配信するのと同じ要領だから……ここでまとめて設定までやっちゃおっかぁ~」


「よろしくお願いシマス」


「OVSは設定も簡単! ――と、いえればよかったんだけど設定項目がめっっっちゃくちゃ多い! なのでいったん、自力で全部を把握しようとするのは諦めよぉ~!」


「エェッ!? い、いいのですかソレデ!?」


「いーのいーのぉ~。オススメの設定をサイトにまとめてくれている人は多いから、まずはそれを見ながらまるっとマネしちゃおう」


「わ、わかりマシタ」


「といいつつ、今回はマイが設定したときのメモが残っているんだけどねぇ~」


「マイサン~!」


 見せてもらったノートに感謝しつつ、設定を行っていく。

 MyTubeの連携、それから解像度やフレームレート、使用するマイクの登録など……。


「あっ、”ビットレート”だけは覚えておいて損はないかな。もし配信がカクつくとか、フレーム落ちが多発するようならとりあえずここをイジってみるのからはじめるといいかもぉ~」


「りょ、了解デス」


 しばらくして、ようやく設定が完了した。

 マイサンにもチェックしてもらい、「これで大丈夫だろう」とお墨つきをもらう。


「じゃあ、画面を作っていこっかぁ~。ここのやりかたは配信でも同じだからねぇ~」


 説明を受けながら操作する。

 といっても今回作るのはシンプルな動画なので、”ソース”と呼ばれる項目にVSeeFakeのキャプチャを追加するだけだ。


 OVSの画面中央に、イリェーナの姿が映し出された。

 左右に頭を揺らしてみると、OVS上の彼女も一拍遅れて揺れる。


 これで準備は万端だ。

 ついに、このときが来た。


「イリェーナちゃん、いよいよ動画の撮影を開始するよ。準備はいいぃ~?」


「……ハイ」


 ワタシは深呼吸して、モニターに向き合った。

 そして『録画開始』のボタンをクリックする。


 画面の向こうへ……世界へ、言葉を届けるのだ。

 大好きなあの人のように。



「――”ドーブロホ・ランコ”!」



 そうワタシは元気よく、あいさつした。

 そして……。


   *  *  *


「ッテ、なんですかコレェエエエ!? この動画、めちゃくちゃじゃないデスカ!?」


 ワタシは撮影し終わった動画を再生して、崩れ落ちた。

 ファーストテイクは大失敗に終わっていた。

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