第186話『トゥエンティ・フォー』
《店内に、ほかに銃とか置いていないんですか?》
俺たちはコンビニの壁際に固められ、膝を着かされていた。
強盗犯に気づかれぬよう、小声で言葉を交わす。
《たとえば、レジカウンターの下とか》
言いながら俺は、強盗犯が座っているレジカウンターに視線を向ける。
彼は俺に給仕をさせて、店内のビールやスナックで酒盛りをはじめていた。
今、拘束されておらず自由に動けるのは俺だけだ。
彼は油断している……とはいえ大げさに動けば、またこちらに銃口を向けられてしまうだろうが。
《おい、ガキ! ピザだ! あとは追加のビール!》
《わかりました》
俺は立ち上がると、リーチインからビールを1本取り出した。
それから、レジに回り込んでホットスナックのコーナーからピザも取る。
《……ごくっ》
強盗犯の手の届く距離に近づくときは、さすがに緊張する。
現在の非力な俺では、なにをされても抵抗することは不可能だろう。
そっとそれらをレジカウンターに置いて、距離を取った。
幸い、彼は酒盛りに夢中のようで、とくに暴力を振るわれることもなかった。
彼は目出し帽の口元をまくり上げて、ピザやビールをもくもくと口に運んでいる。
俺は元の場所に戻ると、ようやく「ほっ」と息を吐いた。
《よかったわ、無事で。アタシが代わってあげられれば……》
女性客はそう、心配のまなざしを向けてくる。
だが、大丈夫だ。
外見のせいもあるだろうが、強盗犯はとくに俺へ注意を払っている様子はなかった。
たしかに危険もあるが、隙もあった。
《店員さん、もし武器があるなら……回収は可能だと思います》
残念ながら、さっきチラリと見たかぎりではよくわからなかったが……。
あるとさえわかれば、持ち出すのは難しくなさそう。
《ダメよ、お嬢ちゃん。絶対にそんなことをしちゃ。危険すぎるわ》
《そ、そのとおりだ。それに、そもそも銃なんてコンビニには置いてないよ!》
《そうなんですか?》
よく外国のニュースで、店員が強盗犯をショットガンで返り討ちにしているイメージがあったのだが。
どうやらそれは誤解らしい。
《あんなのはごく一部、あるいは個人店くらいだよ》
《知りませんでした》
《すくなくともボクなら、お金を要求されたら素直に全額渡すよ。抵抗するほうが危ないし、警察に任せたほうが確実だからね》
正直、意外だ。そのあたりの対応は全然、日本と同じらしい。
と、そこで「えっ?」と女性客が首を傾げた。
《あんたはもう、あの男にお金を差し出したの?》
《もちろんだよ!》
《じゃあ、どうして……まだ、彼は逃げずにここに留まっているのかしら》
《そんなのはボクが聞きたいよ!》
たしかに、もし俺が犯人ならお金が手に入ったらあとはさっさと逃げたい。
店員は半ば悲鳴のような声で、俺たちが来る直前のことを語った。
《アイツ、店にやって来るなりいきなりボクに銃を突きつけたんだ。それで「金を出せ!」って。もちろん、ボクはレジスターを開けたさ。けど、アイツはそれだけじゃ済まさなくって》
《どういうことです?》
《ボクにスマートフォンも出すように要求したんだ。さらに、店の奥へ行くように指示されて……正直、完全に殺されると思ったよ。でも、そのときガソリンスタンドに車が入ってくるのが見えて》
おそらく、それが俺とエンジニア女性が乗ってきた車だろう。
なんともまぁ、タイミングが良いというか悪いというか。
俺たちは店員の命を救ったのか。
それとも……。
《それは、おかしいわね》
女性客が首を傾げていた。
俺も同じことを思っていた。
どうやらこの事件、ずいぶんとややこしいことになっているらしい。
あるいは俺たちが登場したことで、事態がややこしくなってしまったのか。
《それじゃあ、順番が
《まさか! アメリカには出稼ぎで来ていて、友だちすらほとんどいないし》
ますます、わからないな……。
けれど、納得する部分もあった。
もし、お金が目的なら強盗犯に逃げるチャンスはいくらでもあったのだから。
たとえば、外に車が見えたときすぐに飛び出せばよかった。
あるいは、俺と女性客が店員を呼んでいるときに裏口から。
はたまた、今からでも。
《まいったわね。お金目的じゃないとなると……》
女性客の表情に、これまで以上の緊張が滲んでいた。
言われて、俺も気づいた。
そうか、目的がお金じゃないということは、「身の安全が保障されない」ということでもあるのだ。
行動の理由が社会への不満など、ストレスのはけ口を求めているだけなら、俺たちは
《一刻も早く外と連絡を取らないと》
こんなとき仕事用と趣味用でスマートフォンを分けれていればよかった、と後悔する。
そうしたら、とっくに通報して話は済んでいた。
強盗犯は俺までボディーチェックをしたりはしなかった。
すでにスマートフォンは取り上げたと思っているし、まさか銃を持っているとも考えない。
まぁ、こんなIFを考えても仕方ないが。
というか分けていたとしても、結局ほかの手荷物と一緒に車に置いてきてそうだし……。
《って、そうだ! わたし、外の車にツレがいるんです。もうそれなりに時間が経っているから、心配してそのうち様子を見に来るかも!》
《そ、そうなのかい! 助かった! それなら、その人に警察を呼んでもらって……》
《それは危険ね》
《《えっ?》》
俺と店員は同じリアクションをしてしまう。
女性客は難しい顔をしていた。
《最初から店内にいたアタシたちは、逃げる隙がなかったからこそ拘束で済んだわ。けれど……》
つまり、エンジニア女性が姿を現した瞬間、口封じのために射殺されかねない?
どうやら俺はその”タイムリミット”までに、この事件を解決しなければならないらしい――。
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