第187話『勝利のスリーステップ』

 俺は助けられることばかりを考えていた。

 だから思いつきもしなかった。


 まさか、さらにほかの人まで巻き込んでしまう可能性があったなんて。

 もはや時間に猶予はなかった。


《じゃあ、急いでこの状況をなんとかしないと》


 とはいっても、解決の糸口はいまだ見つかっていない。

 こうなったらイチかバチか……。


《ちょっと、なに考えてるの。言ったでしょ、危ないことは絶対にしちゃダメだからね。それに、そっちは多分……大丈夫だから》


《どういうことですか?》


《いえ、アタシの友人も外にいるのよ。あなたのお友だちとおしゃべりに夢中になっていたから、まだしばらくはかかると思うわ。それに彼、目ざといから》


《……?》


《入店する直前に、違和感に気づいてこっそり警察を呼んでくれるかもしれない。時間・・は決してアタシたちの敵とはかぎらないわ。だから、あなたは絶対にムチャしちゃダメよ》


 女性客の言っていることが本当なのか、それとも俺を安心させるためだけの方便なのかはわからない。

 だが、この言葉だけは真実にちがいなかった。


《あなたのことは必ずアタシたちが助けるから。子どもを守るのは大人の役目だから》


《お姉さん……》


 そのとき、強盗犯が「げぇ~っぷ」と息を吐いた。

 それからこちらを向いて、怒鳴るように言ってくる。


《おい、そこの女! 立ってこっちに来い》


《あらら、どうやらお呼び出しがかかっちゃったみたいね》


 女性客は俺を安心させるためか、そうおどけて言った。

 しかし、その表情には隠し切れない緊張感が滲んでいた。


《ちょっと行ってくるわ。店員さん、この子をお願い》


《で、でもボクじゃあ》


《お願い》


《……っ。わ、わかったよ》


 店員の返答に満足したように、女性客はヨタヨタとぎこちなく身体を揺らしながら立ち上がった。

 それからゆっくりと強盗犯のほうへと歩きだす。


《もっとこっちだ。こっちに来いって言ってんだろ!》


《ごめんなさい。抵抗するつもりはないの。ただ、手が縛られているからうまく歩けなくて》


《チッ! ナメやがって!》


 強盗犯がレジカウンターから飛び下りて、女性客へと近づいていく。

 これからなにが起こるのか……イヤな想像はいくらでもできた。


《キャッ!? 痛い、お願いやめて! 乱暴にしないで! 抵抗するつもりはないって言ってるでしょう!?》


《だったら早くしろ!》


 カメのような歩みの女性客にしびれを切らし、強盗犯が手を伸ばしていた。

 髪を掴んで、半ば引きずるようにして連れていこうとしている。


《そ、それよりもあなたの目的は!? どうしてこんなことをするの!?》


《うるせぇよ、黙ってろ! クソアメリカ人が!》


《お金なら払う! それにあなただって早く逃げたほうがいいわ! いつ、だれが異変に気づいて警察を呼んだっておかしくはないでしょう!?》


《黙ってろって言ってんのが、わかんねぇのか!》


《ご、ごめんなさい! やめて! そんなつもりじゃないの! だから銃をこちらに向けないで!》


 時間稼ぎのためか、女性客は強盗犯と言葉を交わそうとしていた。

 しかし、それが神経に触ったのか銃口を突きつけられてしまう。


 ……もう、これ以上は本当に限界だ!

 俺は飛び出していた。


《や、やめてください! その人に乱暴しないでください!》


《あァん?》


 俺はしがみつくようにして、女性客を庇った。

 さすがにふたり分の体重ともなると、強盗犯も重くて引きずってはいけないようだった。


《なんだぁ? やさしくしてやったのによぉ。自分から先に撃たれたいってか!》


《……っ》


 ゴツッと眉間に銃口を押し当てられる。

 なんとも懐かしい感覚だ。


《やめて! やめなさい! 撃つならアタシにしなさい! それとも、か弱い子どもにしか強気に出られないの? この卑怯者! ちょっと、聞こえないの!?》


 女性客が必死に強盗犯を挑発するが、彼は俺を見下ろし続けていた。

 恐怖でのどが引きつる。身体がこわばって動かない。


 もしここで撃たれたら、また次の人生が待っていたりするのだろうか?

 そうなったら……。


「……おーぐ」


《あ?》


 無意識に声がこぼれた。

 ちらり、と犯人の肩越しに壁かけ時計が見えていた。


 今ごろもうあんぐおーぐはレッスンも終わって、家に着いているはずだ。

 自宅で俺の帰りを待っている彼女の姿が頭を……チラつかない!


 え、ちょっと待って?

 そんなことより、もうすぐ生放送の開始時間・・じゃねーか!?


《……ひっく》


 瞬間、身体が動き出した。

 いや、そうじゃない……動かねばならぬ、という使命感があった。


 どんな恐怖だってVTuberのためなら乗り越えられる。

 生配信に間に合うためなら、どんな努力だって惜しむものか!


 そしてなにより、あのときとは状況がちがった。

 俺はそれらを最大限に利用する。


《ひっく、ひっく……びぇえええん! ママァ~! パパぁ~! 恐いよぉ~~~~!》


 今の俺は(すくなくとも外見は)幼女だ。

 だから、全力で泣きだした。


 さすがの強盗犯もこれには面食らったようだった。

 彼の注意は完全に俺へと向いていた。


 もちろん、それだけじゃあ状況は好転しないだろう。

 だから俺は泣きマネを続けながら、まるでつい母国語が漏れてしまったかのように言葉を発する。


{びぇぇえええん! 店員さん、今のうちに棚の後ろから回り込んで!}


 あのときとは状況がちがう。

 俺にはこの幼女の外見と、言語チートがあり……そしてなにより、ひとりではなかった。

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