第222話『ファイアー -恐怖と発砲-』


 シューティングレンジかぁ。

 正直、興味があるかと問われると微妙だなー。


《うーん、誘ってくれたのはうれしいんですが》


 FPSをプレイしている推しは数多くいるが、実銃とはちがう。

 それに俺の場合、どうせ銃を所持できないから訓練にもならないし。


 なにより、銃にあまりいい思い出がないんだよなぁ。

 そんな時間があったら配信を見たい……と、断ろうとした矢先だった。


「オーケー! レッツゴー!」


「あ、アネゴ!? オマエ、どっから出てきタ!?」


 おままごとに興じていたはずのあー姉ぇが、いきなり話に割り込んでいた。

 ほんと、彼女は”おもしろそう”を絶対に逃さないな。


 だが、まださっきの動揺が残っているらしい。

 ちょっと顔が赤いし、チラチラとこちらに視線を向けてきていた。


「オマエ、英語だったのによく話の内容がわかったナ?」


「ま、まぁ? これでも、あたしはグローバルに活躍してるし? お仕事・・・でよく使われる単語くらいなら余裕だよ。で、どこへ行くの?」


「話聞いてたんじゃねーのかヨ!? って、仕事?」


「うん。だから――”撮影シューティング”に行くんでしょ?」


「はぁ~」「ハァ~」


「えっ、えっ? どうしたのふたりとも?」


 あー姉ぇがキョトンと首を傾げていた。

 それは”シューティング”ちがいだ。


《”レッツゴー”か! はっはっは! じゃあ、今度ボクが妻とまとめてレクチャーしてあげよう!》


《えーっと》


「サンキューベリーマッチ!」


「あー姉ぇ~!?」


 案の定、行く方向で話が固まってしまう。

 まぁ、仮に「射撃」が理解できていたら、それはそれであー姉ぇがノリノリだった気もしなくはないが。


 そんな雑談をしたり、また娘ちゃんのおままごとに連れ出されたり、

 そうこうしているうちに時間は過ぎていき……。


   *  *  *


《いよいよ、完成だ!》


「おお~っ!」《すっごくいい匂い》《カンペキな出来だな!》「おいしそぉ~だわん!」


 俺たちはテーブルに取り分けられた肉類を前にして歓声を上げた。

 お昼ご飯抜きで5時間……おままごとで体力を使ったこともあり、空腹も限界だ。


《それでは、独立記念日を祝して!》


《《「「”ハーピー・フォース!”」」》》


 俺はまず、すこし薄めに切られた赤身肉に手をつけた。

 口へ運ぶ途中に崩れてしまいそうなほどにやわらかい。


《この肩バラ肉ブリスケット、すごっ!? もとはかなり固そうな部位だったのに》


《その固い肉質を、時間をかけていかにやわらかくするのも、バーベキューの醍醐味だからな! 逆に最初からやわらかい肉を焼いたって、つまらないだろ?》


 そんな当たり前みたいに言われても。

 だが、おいしいことにはちがいない。


 となりであー姉ぇも「ん~っ!」と舌鼓を打っていた。


「こっちのスペアリブもうっまーい! 骨がスルっと取れちゃった!」


《ワンちゃん。はい、これあげる。たべていいよ》


「わ、わぅ~ん!?」


 娘ちゃんがスペアリブから外した骨をマイへと差し出している。

 というか、まだ犬のマネさせられてたのか。ずいぶんと気に入られたようだ。


《ボクはこっちのプルドポークをバーガーでいただくとしよう。……むっ!?》


 ホロホロにほぐされた豚肉を挟んだソレをパパさんが頬張り、目を見張った。

 それから「フっ」とあんぐおーぐに笑みを向ける。


《お嬢さん、なかなかやるじゃないか。邪道だが、ソースも悪くない》


《当然だ。けど、そっちもなかなかやるな。単純な味付けだが、ウマさは認めてやっていい》


 あんぐおーぐも手元の肉を頬張りながら、ニヤリと笑っている。

 まるでそこだけ、バトルものみたいになっていた。


 なーにやってんだか。

 そう呆れていると、「イロハちゃぁ~ん」と横から情けない声がかかる。


「マイもお肉食べたいよぉ~!」


「はいはい。食べさせればいいんでしょ」


 昨日も寿司屋で同じようなことしたなー。

 いや、あのときはマイだけ、食べ損ねてたんだっけ?


 そんなことを思いながら、口元に肉を運んでやる。

 ちょっと娘ちゃんの相手を押しつけてしまった部分もあるし、そのお詫びだ。


「うぅ~! イロハちゃんのやさしさが沁みてておいしいよぉ~!」


「い、イロハちゃ……ダーリン。その、あたしにも……あーん」


「お、オマエら!? ワタシがバーベキューに真剣な間ニ、いったいナニをやってル!?」


 あー姉ぇとあんぐおーぐも参戦してくる。

 あっという間に、場はカオスになっていった。


《ハッハッハ! イロハちゃん、キミはずいぶんとモテるんだな!》


《これ、そんな風に見えます?》


 俺は3人にもみくちゃにされながら、思いっきり苦い顔をしてやった。

 そんなこんなで、満腹になるまで肉を堪能し……。


   *  *  *


 気づけば、あたりはすっかり暗くなっていた。

 さっきまでの熱も冷め、まさに祭りのあとといった空気が漂っている。


 分担して、俺たちはあと片づけをしていた。

 俺も使った調理器具を運ぼうとして……。


「うっ、重いっ!?」


「危ないっ!」


 予想外に重かった荷物を、落っことしかけたところをあー姉ぇが助けてくれる。

 ふぅ、と息を吐いて礼を告げる。


「ありがと、あー姉ぇ」


「う、ううん!」


「「……」」


 そのままふたりで荷物を運んでいく。

 なんだか妙に居心地が悪かった。ムズムズする。


「あ、あーっと。そういえば、結局おーぐが言ってた、独立記念日にしかできないことってなんだったんだろうね?」


「そ、そそそ、そうだねっ!? えーっと……」


 話題を提供してみるが、すぐにまた無言になってしまう。

 しかし、そんな静寂があたりを包んでいたからこそ、俺にははっきりとその音が聞こえた。



 ――パン!



 夜の空気に乾いた音が轟いた。

 身体は俺の意思よりも早く、大切な”推し”を守るために動いていた。


「あー姉ぇ!」


「えっ?」


 荷物を放り出して、あー姉ぇに覆いかぶさった。

 シューティングレンジの話をした直後にこれとか、本当に勘弁してほしい。


 俺は冷や汗を全身から流しながら、ジッと暗闇に視線を向けた――。

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