第4話『助っ人は小学生』


 あー姉ぇは「配信者としての名前があるから、決して本名は言わないように」と釘を刺してきた。

 ただし「あー姉ぇ」と呼ぶのはオッケーだそうだ。


「あたし、そっちも”あ”からはじまる名前使ってるから」


 それで俺にも名前を考えろという話らしいが、ちっとも思いつかなかった。

 昔からこういうのは苦手なのだ。


 結局、そのままの名前で行くことにした。

 さすがに苗字までは出さないが。


 あー姉ぇが「本当にいいの?」と聞いてきたが、どうせ今回かぎり。

 今どき実名で配信してる人なんて珍しくないし、そもそも本名だとも思わないだろう。


「準備はいい?」


 そしていよいよ、配信開始の5分前。

 俺はあー姉ぇの横に座り、渡された予備のマイクに向き合った。


「いくよ。さん、にぃ、いち……スタート!」


 そのとき俺は、ん? あれ!? ととんでもないことに気づいたが、時すでに遅し。

 配信ははじまってしまっていた。


 声を出せば配信に乗ってしまう状況。

 そして、あー姉ぇは――。


「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎あねがさきモネでーすっ☆」


>>姉ヶ崎だぁあああ!

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>アネゴ好きだぁああああああ!


 コメント欄が絵文字や同一のコメントで埋まっていた。

 え、なにこの人数。っていうか――。


「そしてそして?」


《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》


 ふたりのアニメ調のキャラクターが配信画面に並んでいた。

 あー姉ぇ、配信者やってるって……VTuberじゃねぇかぁああああああ!?


 というかあー姉ぇ、俺の推しのひとりじゃねーか!?

 あいさつにも思わず、いつものクセで声を出しかけてしまった。


 うわぁああああああ!?

 最悪だ! 一線を超えてしまった!


 ファンとして失格だ!

 推しの3D体を見てしまうだなんて、最大のタブーを侵してしまったぁあああ!?


 もちろんだが、VTuberに中の人なんていない。

 いないが、仮にそれに準ずる・・・ものを見てしまった場合、良かれ悪しかれ今後の見る目が変わってしまう。


 純粋な気持ちだけでは楽しめなくなる。

 俺はそれが本当にイヤなのだ!


 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 なにせ、コラボ相手は俺にとって推しの中の推し――”イチ推し”であるあんぐおーぐなのだから!


 もう、なにがどうなってるのかわからない。

 頭がぐちゃぐちゃだった。


 姉ヶ崎モネとあんぐおーぐは仲がいい。

 なんたって同じ大手事務所に所属している。


 このふたりは日本部署とアメリカ部署という違いはあるが、コラボもはじめてじゃない。

 むしろ多いほうだろう。


 だから、ふたりで配信していること自体は、なにも不思議ではない。

 ……不思議ではない、のだが。


 なんで俺みたいな異物が混じってんだよぉおおお!?


「というわけで今日は、代役としてあたしのリア友に助っ人をお願いしてきたよっ☆ それじゃあ、自己紹介どうぞ!」


「へ、あぅ!? あの、その!?」


>>落ち着けwww

>>ロリ声かわいい

>>相変わらずアネゴ、無茶振りで草


 混乱している間に、企画の説明も事情の説明も終わってしまっていた。

 俺は、俺は……!


「あー姉ぇえええ~~~~!? 聞いてない聞いてない、聞いてなーい!? VTuberってどういうこと!? 普通の配信者じゃなかったの!? わたし推しとリア友だったの!? 《あんぐおーぐちゃん大ファンです愛してますぅ〜!》 なんでわたしここにいるのぉ〜!?」


「うぇ!? イロハちゃん落ち着いて、落ち着いて!」


「これが落ち着いていられるかぁあああ!」


>>大暴走で草

>>ガチの放送事故だろこれwww

>>リア友VTuberヲタクで草


>>あー姉ぇ呼びかわいすぎん?

>>呼びかたアネゴじゃないのか

>>さらっと英語ウマすぎてヤバい


「とりあえず自己紹介しよ? ね?」


>>あのアネゴがタジタジなの珍しいな

>>これはレアなアネゴwww

>>アネゴを振り回すとはなかなかやりおる


「う、うん。あー、はじめまして。本日、推しがリア友だと知ってしまいました。推しVTuberの中身を見てしまいました。イロハです」


「じゃなくて、役割! 翻訳担当!」


「翻訳機……翻訳少女? です」


>>根に持ってて草

>>翻訳少女イロハ、把握

>>やさぐれてるのいいな


「この子、妹の同級生……というかあたしたちの幼なじみなんだけど、聞いてのとおり英語ペラペラなの。すごくない? だから今回は助っ人として来てもらいました。まさかあたしのファンだとは思ってなかったけど姉ぇー」


《アネゴ、お前またやらかしたのか? 爆笑なんだけど》


「おーぐ、笑ってる場合じゃないから姉ぇっ!? こっちは大変なんだよ!?」


 コメント欄に「草」が溢れた。

 俺にとっては笑いごとじゃないが!?

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