第394話『監視者の正体』


’オレの顔を覚えていたんだな’


 監視に協力していたことをその青年は認めた。

 彼の言葉を俺は「いいえ」と否定する。


’確信したのは今です。あなたが今、自白したので’


’……! どうやら、まんまと引っかかったらしい’


 当時はとくに注意を払っていたわけではない。

 だから青年がここでシラを切り通せば、俺は確証が持てないままだったろう。


’でも、どうしてオレが疑わしいと思ったんだ? 参考までに聞かせてくれないか?’


’理由はふたつあります。まずは、あなたがここにいることそれ自体’


’どういうことだ?’


’彼女が別行動をとったのはワザとなんです’


 シークレットサービスの女性も現地民の中に協力者がいると気づいていた。

 だからこそ現地民を全員、連れて行こうしたのだ。


 そうしたほうが……だれかと一緒よりも、俺ひとりのほうが安全だと判断したから。

 もちろん、これ以上の移動が難しいというのも本音だったろうが。


’そんな彼女が、あなたをこちらへ送り出すはずがない’


’……そうだったのか’


’なにより、こちらこそが決定的ですが……あなたはわたしの視線の先や指自体ではなく、指をさした場所を見ました。迷うことなく’


 俺は指先と視線をズラして『ヘビがいる!』と叫んだのに。

 つまり、青年にそのジェスチャーを理解していた、


’それは盲点だった。考えたこともなかったよ’


’やっぱり。あなたは……’



《――英語がわかるんですね?》



《すこしだけ》


 青年はそう、俺の質問に英語で答えた。

 俺がママさんに「これはなに?」とアレコレ訊ねたときと同じ――いや、真逆というべきか。


 言語がちがえばジェスチャーも異なる。

 逆にそれが伝わるということは、その言語を理解しているというヒント。


《ずっと疑問に思っていました。もし協力者がいたとして、そのひとはどうやってわたしたちを監視したがっている相手と意思疎通をしているんだろう? と。協力は言葉が通じなければ成り立たないはずだ、と》


 それを確かめる意味もあって、俺はさっきあえて英語で叫んだのだ。

 おかげでいろいろ納得がいった。


《もう隠せない、か。オレは英語を『良い人』から教わった》


 ここにやって来たフィールド言語学者から、か。

 その人物は言語を調べるためにこんな密林の奥地まで来るような人物だ。


 もし現地民から逆に「オレにもあんたの言語を教えてくれ」なんて請われたら、熱心に布教しただろう。

 俺だって「VTuberに興味がある」なんて言われたらそうなる。メッチャワカル。


《でも、なぜ協力なんて》


《……それは》


 青年が言いよどんだそのとき、ガサリと背後から枝葉のこすれる音が聞こえた。

 振り返ると、そこにはボロボロのシャツとスカートに身を包んだ女性が立っていた。


《ここから先は私から説明させてください》


《っ!?》


 青年が驚いた表情でその女性を見ていた。

 彼女はどう見ても現地民ではなかった。


 俺はその顔を覚えていない。

 だが、あの中にいた知らない女性はひとりしかいない。


《あなた、だったんですね……》



《――フライトアテンダントさん》



《……おひさしぶりですね、ミス・イロハ》


 その女性はプライベートジェットに同乗していたひとりだった。

 彼女は疲れ果てた顔をしていた。


 もしかして、ずっと森の中をひとりで生きていたのだろうか。

 いくら協力者がいたとしても、それでは気の休まる瞬間がいっときもなかっただろう。


 その苦しさは俺も知っている……だが。

 いろんな感情がこみ上げ、声が震えた。


《いったい、どうしてこんなことをしたんですか!? あなたのせいで、わたしはっ……! わたしたちはっ……! 許せない、絶対に許せないっ!》


《子どもは知る必要のないことです》


 フライトアテンダントの表情はそう言って自嘲するかのようにうっすらと笑っていた。

 それはどこか泣き顔のようにも見えた。


「~~~~っ!」


 カァッと頭に血が上った。

 こんなことをしておいて、まるで自分こそが被害者のような表情をするな! 勝手に自己完結するな!


《その子どもを殺そうとしたのはだれですか!? そもそも――わたしは子どもじゃない!》


 その言葉になぜか彼女は傷ついたような表情となる。

 それからポツリと呟くように言った。


《そう、ですね。すいませんでした、今の言葉は取り消します。あなたがこの密林で為したことは、決して子ども扱いしていいものではありませんでした》


《このっ!》


 それは暗に「私はすべてを見ていた」と言っていた。

 俺が苦しんでいたときも、シークレットサービスの女性が死にかけているときも助けずに……ただ見ていた。


《なぜこんなことをしたのか、でしたね。私は軍人です。それ以上の説明はありません》


《それは……》


 つまりは命令だったということ。

 フライトアテンダントは……いや、あの飛行機の乗員は全員がアメリカ軍の所属だった。


 彼女に命令ができて、俺に恨みがあるか殺してメリットのある人物。

 あんぐおーぐの母親――現・大統領の対抗馬だった人物以外には考えられなかった。


《だからって、そんな。あなただって死ぬかもしれなかったのに》


《そのつもりでした。むしろ、生き残ってしまったのは……いったい、なんの因果だったのか》


《……ほかにやりかたなんていくらでも》


《ふふっ。”カミカゼ”を神聖視し、美談として扱っている日本人とは思えない発言ですね》


《時代が変われば人は変わります。心だって――言葉だって》


 『KAMIKAZE』が『自爆攻撃』の意味として世界共通語になったのも今は昔。

 俺は出発前のできごとを思い出していた。


 あのとき不審者が滑走路に侵入して、騒ぎになっていた。

 もしかしたら、彼女はあのときになにか細工でもしたのかもしれない。


《パイロットさんや、コパイロットさんは?》


《わからないわ。私がいたのもあなたたちと同じ機体後部だったから》


 機首部分はいまだに見つかっていない。

 俺が巻き込んでしまった。俺のせいで彼らまで……。


「っ……」


 息ができなくなる。

 耳鳴りがひどい。


 泣きわめいて、なにもかもから目を背けたくなる。

 そんな俺にフライトアテンダントは「けれど」と続けた。


《私たちが3人とも生き残っているなんてのは、偶然ではありえない。彼らは本当に腕のいいパイロットだったから。きっと……》


 言われてみれば、そのとおりだ。

 もっとも身体の弱い俺が生き残っている。


 じゃあ、全員が生き残っている可能性もある?

 いや、そう考えたほうが自然でさえあった――。

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