第426話『アメリカ最後の1日』


 振り返ると、そこには不良が立っていた。

 反射的に身体が警戒態勢を取る。


《ぴぇっ!? ななな、なんですか!? わたしに復讐でもしに来たんですか!?》


 あの騒乱のあと連れて行かれて停学処分になっていたが、どうやら復帰していたらしい。

 俺は推しのグッズがついた自分のカバンを守るように立ち、「シャーっ」と威嚇する。


《イロハ……にゃーん、ってそれは甘えてるのか? ま、まぁ? 正直、ボクは悪くないと思うけど》


《わー、イロハちゃんかわいいーっ。猫さんのマネー?》


《ふたりにはいったいなにが見えてるの!?》


 あれだけ敵対した相手が目の前にいるというのに、シテンノーも女子もなんだかのんきだった。

 ていうか、俺がこれだけ敵意をむき出しにしているのにだれにも伝わってない……。


《お、推しのグッズはもうっ、傷つけさせませんからっ!》


 まぁ、前回は結局ダミーだったわけだが。

 俺はそのときの反省を活かして、すぐに助けを呼ぼうとして……。


《多分、大丈夫だ。そいつはボクの知るかぎりではあの事件以降、一切悪いことをしていない》


《……信じられないんだけど。それに事実だとしても過去の行いを許せるわけじゃない》


《イロハ、それは――》


《いい! ……やめろ。べつにオレはそんなつもりで会いに来たワケじゃねェ》


 俺がハイスクールを休んでいる間に、彼らの間にもいろいろあったのだろう。

 シテンノーが不良を庇おうとするのも、不良の態度も……なんだか意外だった。


《今日はただ、これを渡しに来ただけだ》


《えっ、これって……!?》


 不良が差し出したのはひとつのぬいぐるみだった。

 もしかして、彼は……。


《あのときは本当に悪かった。許されるとも思ってねェ。だから、これはただのケジメだ。いらなきゃ捨ててくれていい。あの人形の代わりになるかはわかんねェが、アニメ・・・の……》



《――ちっがぁあああ~~~~~~~~うッ!!!!》



《なっ!? なんだよ、いきなり大声出しやがって》


 不良が困惑した様子で、一歩後ずさっていた。

 その脇でシテンノーが「うわぁ……はじまったぞ」と嘆息する。


 やっぱりだ!

 『もしかして』と思ったが――こいつ、全然VTuberを理解していない!


《ちがう、ちがう! 全っ然ちがう! あのね、よく聞いて? ――VTuberはアニメキャラじゃない!》


《あァん? ……なんかちげェのか? なるべく似たのを買ってきたつもりなんだが》


《だからっ! ちがうって! 言ってるでしょぉおおお!?》


 俺はズンズンと不良に詰め寄る。

 自分がさっきまで彼に対して警戒心MAXだったことなんて、頭からすっぽ抜けていた。


《たしかにね? アメリカじゃあVTuberのグッズは手に入りにくいよ? だからって、間違えて買ってくるなんて信じられない! ちがいがわからないなんてありえない!》


《……オイ、コイツはいったい急にどうしたんだァ? いったいなにを言ってるんだァ?》


 不良が助けを求めるような視線をシテンノーへと向ける。

 彼は「またはじまった……」と頭を抱えていた。またとはなんだ、またとは。


《こうなったら、わたしが布教するしかないねっ! 最近はアメリカでもVTuberグッズが置いてある場所も増えつつあるから! さぁ、行くよ! お詫びっていうならちゃんとそれを買って!》


《……これは許してもらえたってことでいいのかねェ》


《おい、オマエ! 勘違いするなよ! イロハはだれに対してもこういう態度なだけだからな!》


《べつに……いや、なるほどなァ。じゃあ、オレもオマエと可能性は大差ねェってわけだ》


《なっ!? おおお、お前っ!? まさか本気で……!?》


《じゃあ、デートに誘われちまったから行ってくるわ》


《ちっがーうっ!? イロハがいつふたりきりだなんて言った!? ボクも行くからな!》


《ままま、待って!? あたしも一緒に行くぅ~っ!?》


 そうしてハイスクール生活最後の放課後、俺ははじめて学校の友だち・・・と遊びに出かけた。

 4人であちこちを見て回って、推しについて語って、最後にぬいぐるみをひとつ買ってもらって……。


 ……ガマンできなくなって自分でも10個ほど買って。


 それから解散した。

 いつか、またどこかで彼ら彼女らと関わることもあるかもしれない。


 連絡先は交換してある。

 それに、世界は広くて……けれど、意外と近いことを俺はもう知っているから――。


   *  *  *


 その後、引っ越しの準備も済んで……。

 あれだけ見慣れていた家が、今はガランとしてどこか物寂しくなっていた。


 俺たちはいつものソファに並んで座っていた。

 部屋には荷造りされた段ボールが積み上げられている。


 ここでの生活も今日で終わりだ。

 彼女がどこか泣きそうな声で言う。


《……この家で一緒に過ごすのも今晩が最後だな》


《……そうだねー》


 俺はコテンとあんぐおーぐの肩に頭を預けた。

 彼女もまた同じように俺に身体を預けてくる。


 明日には今、座っているこのソファもほかの荷物と一緒に運び出される。

 彼女は一度このアパートを引き払うつもりだそうで、ここにはなにも残らない。


《……イロハ、もう寝る時間だな》


《……うん》


 アメリカ最後の晩餐も一緒に済ませて、一緒にお風呂に入って、あとは一緒に寝るだけ。

 だが、俺たちはふたりとも動かない。


 この時間が終わってしまうのを惜しむように。

 すこしでも長く今が続け、と願うかのように。


 でも、いつまでもそうしてはいられない。

 あんぐおーぐは決心したように言う。


《じゃあ、イロハ……そろそろ》


《……うん》


 あんぐおーぐの視線の先にはアドベントカレンダーがあった。

 残り最後のひとつ。


 俺の心臓は緊張で痛み、手にはじっとりと汗がにじんでいた――。

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