29.コレットの策

 戸締りをすると言ったメルキオッレはペルルを連れて俺達と共にラブリヴァまで行くと言う。

 断わる理由など無いので「分かった」と告げて待っている間にキャンプの片付けを済ますと、時間的に余裕が見えて来たので、全員で風の絨毯に乗り込みのんびりとエルフの集落へ向かった。


 奴が朝も早くから起きていたのは見かねたヴィーニスの入れ知恵だったようだ。

 しかしその作戦も失敗したというのに、今日のイェレンツは歯噛みしていただけの昨日とは打って変わって積極的になり、拒絶感たっぷりのペルルの態度など物ともせずにアレやコレやと話しかけている。


「ヴィーニスに乗ってみないか?」


 エレナと俺の間に入りイェレンツから隠れるようにしていたペルルだったが、とうとう彼女の興味を唆るモノを引き当てたらしい。


 パタパタ と振られる銀色の尻尾は明らかに『乗りたい』と物語っているのだが、『一緒に行こう?』と不安そうな目で訴えて来るので仕方なくイェレンツを援護してやることにした。


「ヴィーニスが一緒なら大丈夫だよ、話した事があるんだろう? それに、もしもアイツが変な事したり嫌になったりしたら、俺もエレナもメルキオッレもちゃんと近くにいるから戻ってくれば良い。ペルルなら簡単だろ?」


 バンパイア独特の移動法なのか、昨日魔力探知で見た転移擬きが出来るのならイェレンツから逃げ出す事もワケは無い。

 頭を撫でてやれば覚悟を決めたように コクッ と力強く頷いたので『まだまだ先は長いぞ』と苦笑いしそうになったが、座っていても彼女の背丈ほどはあるヴィーニスに身軽に飛び乗る姿にはビックリさせられつつも、飛び立つ二人を笑顔で見送った。



▲▼▲▼



「トトさまーーっ!」


 両手を上げて駆けて来る雪を抱き上げれば、頬をすり寄せ「おかえり」と言ってくれる。

 柔らかほっぺを堪能していれば、勝手に定位置と定めた背中に抱き付いて来た大きなチビっ子が雪とは反対から頬を擦り付けて来て「僕のも柔らかいだろ!」と対抗心を燃やす。


「おかえり、早かったね……その子がそうなの?」


 近寄ってきたモニカの視線を辿れば、さっきまでヴィーニスに乗っていたと思ったペルルがすぐ隣に居り、俺の服を掴みながら何かを訴えかけるように ジッ と見上げていた。

 何が言いたいのか分からなかったその視線が チラリ と雪を見れば、その意味を察するのは難しくない。


「そうだよっ、と」


 右手でペルルを抱き上げれば嬉しそうにしてくれるのは良いのだが、皆軽いとはいえ、流石に三人ともなれば重たくも感じる。


「おっきいお姉ちゃんは降りなさい」

「や〜だよぉ〜、べろべろべーっ!」

「あらあら、お父さんは大変ですね〜」


 視界の端にサクラが舌を出すのが見えたが、三人もの子供を抱える俺を見てエレナが笑っている。 その向こうで対抗心露わに ムッ とするイェレンツの姿が見えたが今の俺には何もしてやれない。


「族長」


 そんな彼だったが本来の仕事は忘れていなかったらしく、昨日持っていた錫杖の代わりに小さな紙切れを見てぶつぶつ呟きながら歩く族長へと声をかけた。


「族長!」


 よく通る声が聞こえていなかったはずは無いのに一度目はスルー。

 声量を上げた二度目の声にようやく気が付いた様子だったのだが、不機嫌そうにこちらを見た族長は『ん?』と何かを閃いたように一瞬動きを止めると足早に寄って来る。


「レイシュア殿が抱いている娘が例の犯人です。それで彼女の処遇なのですが……」


「そうか、約束通り見事捕まえられたのだな。将来が楽しみな可愛らしい娘だ、未遂で終わった窃盗など罪には問わん。解放してやるがよい」


 恐らく色々な言い訳を考えていたに違いない。だが昨日の今日で既に興味が失せたように軽く遇らうと、唖然とするイェレンツを通り越して俺の前へとやって来る。


「お前達は約束を守った、ならば俺も約束を守らねばなるまい。

 しかし、俺は持病があってな、ここを留守にするに当たり持って行く薬を造らねばならぬ故、少々時間がかかる。 ラブリヴァに行くのは明日にするとして、悪いがレイシュア殿には材料となる《黄金トカゲ》を取りに行ってもらいたい。

 もちろん、俺の都合だから報酬は渡そう。村の女ならどれでも好きな者を連れて行って構わんから昨日の魔法でちゃちゃっと探して来てくれ、頼んだぞ」


 報酬など奴が約束を守ってラブリヴァまで足を運んでくれれば要らないのだが、言いたい事が終われば返事も聞かずに足早に何処かに行ってしまう。

 どういう心境の変化かは知らないが “レイシュア殿” などと気持ちの悪い呼び方をされたのが凄く気になる。


 だが、明日であればと気前よく宣言を貰えた事に一安心したのは、更なる難題を吹っ掛けられてゴネられるより何倍もマシだったからだ。


「はいはい、森に行かなくちゃならなくなったからみんな降りてよ〜」


「やだぷぅ〜〜っ」


 奴の気が変わらないうちにちゃちゃっと行ってくるかと思ったのだが、一番大きなサクラが下瞼を引き下げて舌を出せば「じゃあ私も」と雪も降りようとしない。

 そんな二人の様子をジッと見ていたペルルへと『お前はどうするんだ』的な視線が向けられれば、二人の笑顔に釣られたペルルまでにこやかな笑顔を浮かべて首を横に振ったのだった。



 筋トレだ!と気持ちを切り替え三匹の仔豚を連れて森に入ったのは良いが、流石に三人抱えたままは辛かった。

 途中から身体強化というインチキを始めたのだが、どうせならと微弱にかけた身体強化に光の魔力を混ぜるトレーニングを兼ねながら森林浴を楽しみ、たまに襲ってくる魔物を魔法で蹴散らせば三者三様に褒めちぎってくれる。


「レイシュアすっご〜い! レイシュアつよ〜いっ! レイシュア格好いい!!」


「トトさま、お見事ですっ」


パチパチパチパチッ



──そう、あれは結界だった!



 右腕、左腕、背中の三点。しかもゼロ距離から笑顔でワイのワイのと言われれば俺の気分はうなぎ登り。

 目に入る魔物は勿論、黄金トカゲを探しての魔力探知で見つけた魔物という魔物を魔法で切り刻んだ結果、気が付いたときにはエルフの集落を中心とした半径二キロ圏内から魔物の姿が消え失せていたのには流石にやり過ぎたと反省した。





「美味しい美味しい焼き立てのシフォンケーキは如何ですか〜?」


 流石にあの族長の家には連れて行く気になれず、降りたくないと駄々を捏ねるサクラを説得していればエレナが助け舟を出してくれる。


「食べる!」


 一番手強い奴が餌に釣られれば雪もペルルも素直に降りてくれ、三人仲良く手を繋いでエレナの元へと歩いて行った。


「こちらです」


 勝手知ったる自宅のようにエルフの村を案内するコレットさんに付いて行くが、たまにしか無い二人だけの時間にどうせならと隣に並んで腰に手を回した。

 仕事中だと嫌がられるかと思いきや、その手を見て一瞬固まったものの俺へと向けられた顔には『しょうがない人ですね』と書かれてはいたが、にこやかに微笑んでくれる。


「レイ様の愛を戴けるのは光栄ですがお嬢様の事ももっと見てあげてください。 ご存知ですか? レイ様がお嬢様以外とこうしているとき、気付かれないようにと気を遣ってはいますがお嬢様はとても寂しそうな顔をしておられます。

 普段は気にした素振りもなければ文句を言う事もありませんが、ああ見えてティナお嬢様よりも嫉妬深いお方なのです。ですから私などに愛情を注がれる時間があればその分をお嬢様に差し上げてください、とは、私の囁かなお願いです」


 喪ってしまったユリアーネを除けばモニカが最初の嫁だ。

 本人も納得の上とはいえ、モニカただ一人に愛情を注いでいたところに一人、また一人と嫁が増えて行けば、いくら “皆を等しく愛してる” と口で言おうとも、減って行く二人の時間に不満を覚えるのは仕方がないとは理解出来る。


 モニカだけではなく皆に気を遣っていたつもりではいたが、本当に “つもり” になってしまっていたのかも知れないと彼女の指摘を素直に心に留めた。



 そうは言いつつも腰に回した俺の手に自分の手を重ねたコレットさんに『貴女の心も分かりませんよ』と、未だに返事の貰えない婚約の事を思い出しつつ笑顔を向ければ クスリ と笑われる。

 ルミアと同じく俺の心を詠むコレットさんの事だ、返事をしないという事は言外に断られたのだと少し落ち込みながらも族長の家の前までやって来た。


 他の家の倍はある一際大きな木の家、その扉をノックも無しに勝手に開き迷う事なく奥へと進めば、お菓子でも作っているかのような甘い香りが漂ってくる。


「おお、コレット殿か。順調に見えるがこれで良いのかね?」


 部屋の中心に置かれた机の上には、見た目が誕生日を祝うケーキのような、心棒が六つもある極太の蝋燭に炙られる小さな鍋が置かれており、ドロリとした怪しげな液体が沸沸と空気を吐き出している。


「レイ様、トカゲをくださいまし」


 もしやと思いつつも言われるがままにトカゲの入った皮袋を渡せば、体長十五センチほどの黄金トカゲを手のひらに並べて魔力を練り始める。


 一瞬だけ炎が立ち登れば、今し方獲って来たばかりだと言うのに カピカピ に水分の抜けたトカゲの干物に早変わり。 二つは皮袋へと戻して鞄にしまうと、残りの一つを手のひらに置いたままに鍋の上にかざすと、おもむろに握り潰した。

 粉状になり パラパラ と液体の上へと落ちて行けば、音を立てて手を払い、入れてあった小さなオタマで軽く混ぜ合わせる。


「後はこのまま火が消える迄の間、ゆっくりと混ぜ合わせて下さい。焦げ付いたら台無しなので、そこは注意が必要ですよ?」


「心得た」


 嬉しそうにオタマを回す族長は絶対にお菓子作りをしている訳ではないだろう……乾燥したトカゲを入れるお菓子とかあってたまるか!



 そんな族長を一人残して部屋を後にするコレットさんに付いて行けば、機嫌良さげな軽い足取りなのにはすぐに気が付く。


「コレットさん、さっきのはまさか……」


「難癖付けてラブリヴァには行きたがらないだろうと思い、勝手ながら口添えをさせていただきました。

 アレは男性専用、仮に女が口にしたとて少しばかり気分が盛り上がるというだけで目立った効果はありません。それに彼自身に及ぼす効果も、私が以前作ったものと比べて遥かに弱い物ですのでレイ様のご心配には及びませんよ」


 族長がゴネるのは俺も予想していた事、それに対して先手を打ってくれたコレットさんには感謝するが、何を餌に奴を釣り上げたのかは聞かなくても想像がついた。


「どうしたの? あのお爺ちゃん、また違うこと言い出した?」


 いつもならモニカが一人で行動する時はコレットさんかサラが雪と一緒に居てくれている。今現在、二人共が傍に居ないことが心配になり「雪は?」と聞きたくなったが、先のコレットさんの話しが思い起こされ言葉を飲み込んだ。


「いや、ラブリヴァに行くのは楽しみにしてるっぽいけど、アリシアの思い通りに事が運ぶのかと心配なだけだよ。

 それより明日まで時間が空いてるだろ?ちょっと空の散歩でも如何ですか、モニカ奥様?」


「いいけど……なに?急にどうしたの? まさか、コレットに何か吹き込まれたのかしら?」


 流石に察しは付くよなとも思ったが、何を話したのかまでは言わなければ分からないだろう。


 俺達の邪魔をしないようにと極自然に身を退くコレットさんに視線で『これでいいよね?』と告げると「夕食までにはお帰り下さい」と恭しく頭を下げて来たので、そのままモニカの腰に手を回してまだ明るい空へとデートに向かった。



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