11.下僕、お遣いを頼まれる

 王様というのは自分の手駒を正確に理解し、その場その場で的確な指示を与えるのが仕事なのかもしれない。

 俺には王様なんて絶対無理だなと思う傍ら、アリシアは俺達の事を何だと思っているのだろうと疑問が浮かぶのは仕方のない事だと主張しておきたい。


「レイ君達ならやれるわ。要になる事だからよろしく頼んだわよ?」


 彼女の出してきた無理難題は、まだコンタクトを取っていないエルフとドワーフの族長をラブリヴァに連れ帰る事。


 ドワーフとは交流があるので彼等の住処に行って話をするだけ……地図上での説明と共に軽く言われたが、説得などどうすればいいのか想像もつかないので不安が心を煽ってくる。


 続くエルフは固定の住処が分からないのだと言うから、ちょっと待てと言いたいところに『五日後の昼には帰って来い』なんて短過ぎる期限まで付けられるものだから空いた口が塞がらなかった。




「ここよ……懐かしいわね」

「こんな所まで来ていたのか? 一人で?」


 ラブリヴァを北に出て歩く事三十分、ライナーツさんと仲良く並ぶアリシアの案内で連れてこられたのは、五メートル程の崖を降りた先の広くはない河原の岸壁に口を開けた俺の身長程の小さな洞穴。


「暗い〜っ、狭い〜っ」

「文句言うなら刀に戻ればいいだろ?」

「断固拒否する!」


 折角の能力なのだから有効に使えば良いと思うのだが本人に拒否されては元も子もない。戦闘においても特に闇魔法を使う事などないだろうから刀に戻る必要が無いだろうなと思いながらも、自分の足で元気よく歩く雪を見れば目が合い ニコリ とされる。


「トトさま、私も可能であれば外にいてトトさまやカカさまと一緒の時間を過ごしたいのでサクラ姐さまの意見に賛同します。

 ですが戦いともなれば、私の力を必要としなくなったカカさまだからと言ってお邪魔になってしまっては元も子もないので私は戻る事にしています」



──流石は雪! 俺達の娘!



 精霊であるから見た目など関係ないといえばそれまでなのだが、六才児なのにしっかりとした自分の意思で気を遣ってくれていることに感動し、抱き上げてキスしたい所だが、何分狭いので我慢して頭を撫でるだけに留めておく。


 そんなこんなで少し屈んだ姿勢のままで二十メートルも進めば、十人以上が立っていられるドーム型の空間が拡がっていた。

 またしても驚いたのは仄かな光により床に描かれた転移魔法陣。魔法が得意ではないからこそ人間や魔族と生活の場を分けた筈なのに、人間ですら扱えない転移を、補助の役目をする魔法陣を介してとはいえ使っていることに『何故?』と疑問を感じずにはいられない。


 なんでも良く知っているララがこの場にいれば的確な答えを貰えたのかも知れないが、便りになる彼女は此処には来ていない。



△▽



「私はここに残って怪我をした人達の助けになるわ」


 アリシアが昨晩の食事の席で俺達に指令を下した時、サラの性格上、そう言い出すのは目に見えていた。

 それに伴い『付き添いでラブリヴァに残る』と言ったララが一緒であれば、何か問題が起きようとも的確に処理してくれるだろうと安心できる。


 都合の良い事に、万が一、俺達側で問題が起きたとしても通信具を持つララがラブリヴァに居ればアリシアへの相談も可能となる。


 だが予想外な奴まで残ると言い出したのには少しだけ驚きもした。


「あの二人だけじゃ寂しがるでしょ?私も残ってあげるから、さっさと行って、さっさと帰ってきてよね」


 昨晩の二人きりのベッドの中、誰よりも俺と触れ合うのが好きで、視界内で他の娘と イチャイチャ しようものならすぐに焼きもちを妬いていたティナがそんな事を告げたとき、今し方愛し合った事など忘れて俺の事が嫌いになったのかと血の気が引く思いがした。

 しかし、そんな俺を察した彼女は珍しく俺の頭を胸に抱き「そうじゃないよ」と優しく撫でてくれたのだが モヤモヤ とした気持ちが収まる事はなかった。



△▽



「ははぁ〜ん、それで元気無いのね」


 朝食が終って解散し、さぁ出かける準備をとなった時に、有無を言わさずララに連れ去られた。

 誰も居ない二人きりの廊下、壁に押しやられ、抱き付く勢いで身を寄せてきたのでなんだかドキドキしてしまう。



──こ、これが壁ドン!? しかも俺がやられる方って……



 だが俺の想像した展開とは違い、食事の席では普段通りのつもりでいた俺の耳元に「何かあった?」と囁きかけて来たのだ。


「昨日の夜、解散した後で私の所に来て『時間があれば魔法の稽古を見てほしい』と言ってたから、この間の戦いで調子こいて失敗したのを悔いてるだけよ」


 詳細を聞けば納得も行く話だったが、それならそうと話してくれればいいのにと溜息が出る。


「人はそれぞれ何かしらの基準で決めた境界線を持ってる。例え人生の伴侶と認めた相手だとしても適度な距離感というものは必要だし、不用意にそれを飛び越え侵入すれば何処かで必ず歪みが生じるわ。

 ただ、女って、気付いて欲しくてわざと黙ってるってケースも多いから、そこら辺はちゃんと見極めて付き合ってあげないと自分に興味が無いと判断されて捨てられちゃうから気を付けなさい。

 人生の先輩からのアドバイス、ちゃんと覚えておくのよ?」


 意外と深かったララ先輩の物言いに考え込んでしまった俺のオデコを細い人差し指が ツンッ と突つく。

 それで我に返り視線を向けてみれば、何かを言いたげな複雑そうな横顔。赤くなりかけた目はいつもより潤んでいるようにも見えた。


「……覚えておいてよ、ね」


 言葉以外の別の意味が含まれていそうな気がしてならなかったが、いくら考えても思い当たる節がない。


 今し方受けたアドバイスがブレーキをかけ理由を聞こうか聞くまいか悩んでいるうちにララの顔は俺の胸に埋れ、彼女らしくない感じに『知らないうちに俺が何かしたのか!?』と困惑していれば、アリサとサクラに見つかり二人だけの時間は終わりを告げる。


「お邪魔だったかしら?」

「……大丈夫、話は終わったわ。見送りはしないから、またサラに怒られないように怪我には気を付けていってらっしゃい」


「ぉ、おい……ララ?」


 軽く手を挙げいつもの微笑みを浮かべると返事も聞かずにさっさと行ってしまう。


「あの娘はレイのお嫁さんとは違うのよね?」

「そうだけど、どう思う?外に出て直接会って改めて思ったんだけど……臭うよね」


 腕を組みララの背中に訝しげな視線を送るサクラは、俺が尋ねてみても何の事を言っているのかの答えは返さなかった。



▲▼▲▼



「なぁ……確か出てすぐ道があるって言ってたよな?」

「うん、そう言ってたね」


 アリシア達、見送り組と分かれて転移魔法陣を起動させれば、モニカと雪にエレナ、コレットさんとアリサとサクラに俺を加えた七人が遠く離れたドワーフの集落近郊へと瞬時に移動が完了する。


 だが、魔法陣の描かれた部屋を出ようとこれまた狭い通路を肩を萎めて抜けてみたのだが、そこにあるのは道ではなく、腰の高さまで背を伸ばした鬱蒼とした草むら。

 埋もれてしまいそうな雪を抱き上げどうしたもんかと周りを見渡すものの、ラブリヴァ近郊よりは疎に生えた木の間は背の高い草で埋め尽くされており、どっちに進むにしても歩き辛そうだ。


「行かないんですか?」

「行くも何も……どっちに行きたい?」


 何を言ってるか分からないと言いたげな顔で キョトン とするエレナはやがて俺達の言いたい事に合点がいったようで、悪巧みを思い付いた時のような嫌らしい目をしつつ口に拳を当て、笑いを堪えるような仕草をしやがった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る