12.ドワーフ族の家
「あれあれあれぇ〜、まさかレイさんっ、まさかまさかまさかぁ?」
明らかに小馬鹿にされたのを拳を握りしめて堪えるものの、調子に乗った馬鹿ウサギは追い討ちをかけるように俺の前へと回り込み、楽しそうに歪んだ目を向けながら人差し指で胸を ツンツン してくる。
「エレナ、時間はあまりないんだぞ?何か知ってるなら……」
「どうやらこの中で判るのは私だけのようですねぇ〜?つまり私だけが頼りという事ですっ! じゃ〜あ〜、どっちに行けば良いのか分からないレイさんはどうしたら良いんですかね〜ぇ〜?」
ちょっと自分だけが分かったからといって調子に乗りやがって!!……なんて事は思うだけで口には出さなかった。
「神様、仏様、エレナ様ぁ〜。どぉか迷えるこのわたくしめに進むべき道をお教えください〜ぃ〜」
「くださいぃぃ」
俺の真似をして雪まで頭を下げれば、面を上げよと ペチペチ 頭を叩かれる。
顔を上げればキノピオのように伸びたかと思える高い高い鼻を得意げに見せつけふんぞりかえるエレナが胸を張る。
「ふふ〜んっ、仕方がないですねぇ。レイさんは私がいないと何にも出来ないんですからぁっ、ふふふっ。良いでしょう、良いでしょう、この私が貴方の進むべき道標となってさしあげます。
我が前に道を示せっ!エレナ式エクストリィィムシュトラァァセ!」
掴んだフォランツェを振りかざせば数個の風の刃が草を刈り始めた。
ものの数秒でエレナの指し示す進むべき道が出来上がり、森の奥へとどんどん延びていく。
「さぁ、こっちですよ〜」
俺に腕を絡めたエレナは早く早くと言わんばかりに、今刈られたばかりの青臭い臭い漂う草の絨毯をぐいぐい進んで行く。
彼女曰く、元々あった道が使われなくなって草が覆いかぶさっていただけらしい。
踏み固められた土は小動物にとっても歩きやすい場所なので今では獣道として使われるのみで パッ と見では分からない程しか残されていなかったようだが、人間である俺には分からずとも獣人であるエレナには一目で分かったのだと言う。
長い耳をご機嫌に揺らすエレナを横に、草の道を進む事およそ十五分。一軒のこじんまりとした家が見えて来たかと思ったら草むらは終わりを告げ、代わりに小さめの家がポツポツと建っているのが見えてくる。
特徴的なのは家の形で、二階建ての家に後から増設したようにくっつく平屋。
ここから見える四建が四建とも同じ造りをしており、平家の方には太い煙突が、そして二階建ての方にはその半分くらいの太さの煙突があり白い煙を吐き出している。
「耳が、無い!?」
気が付けば、尻餅を突きながら後退る少年がいた。その顔は失礼な事に悪魔でも見つけたかのように青ざめ、小さな唇はプルプルと震えている。
「と、と、と、と、と……」
「ととと?」
何が言いたいのか分からず蹲み込んで雪と一緒に顔を覗き込んでみれば、目を丸くし、座った姿勢から海老のように背後にジャンプするという凄技を披露して立ち上がると、一目散に近くの家へと駆け込んで行く少年A。
「とぉぢゃーーーんっ!!!!」
「小さい子を虐めて楽しむのはあまり趣味が良いとは言えないわよ?」
口元に手を当てたアリサが クスクス と上品に笑えば、その隣では眉間に皺を寄せるサクラが俺を睨んでいる。
「イジメはんたーーいっ!」
『お前等のソレこそがイジメであろう』などとは言えず、舌を出して俺を小馬鹿にするサクラを尻目に、行き場をなくした言葉を溜息に込めて吐き出すしかなかった。
アリシアの言葉からすればこんな所に家がある以上、さっきの少年も含めてこの家に住んでいるのがドワーフ族なのだろう。
拒絶される事を視野に入れながらも転移魔法陣のあった洞窟と似たような大きさの、少しばかり小さめな扉を恐る恐るノックしてみる。
すると呆気なく扉が開いて中から少年の父親だと思しき中年の男が姿を現した。
「んん〜?おいっ、ジジルっ!おんめぇ、まぁだ嘘づいただな?ちゃんと立派なウサ耳が付いどるやねが! そねすぐバレる嘘やのぉて、もぉぢぃと頭捻るくらいはしぇんかっ!」
──聞いていた通り背は低い
ジジルと呼ばれた先程の少年が親父さんを盾に恐る恐る顔を覗かせれば、二人とも背格好は殆ど変わらないように見える。
目測で俺の胸位までしかない身長であれば、さっき通って来た転移魔法陣までの狭い洞窟も丁度良い大きさなのではないかと思えるな。
二人の圧倒的な違いといえば、細身のジジルに対して空気でも入れて膨らませたかのような丸々とした体型。あの身軽な少年も歳を取るとこうなるのか?
もう一つは顔の彫りの深さだろう。
弛んでいるわけではないので老人とは呼べないが、人生の歴史を刻んできた顔は人間の少年と変わらずつるっとしたジジルとはかけ離れており、一見すると本当に親子なのかと疑いたくなるほどだ。
「とおぢゃん、何言ってんだよ、もっと良ぐ見ろよ!ウサ耳があるのはあのめんごい姉ぇぢゃんだけで、あの兄ぃぢゃんや他の綺麗な姉ぇぢゃん、には……あれ?……ものっそぉ美人ばかりだな、おい」
「ぐははははっ、ジジル!客人さ対すて惚れ込むなよ?おんめぇ、顔、赤ぐなってんぞ?」
「ばばばばば、馬鹿いうなって!んなわげねぇだろっ!このクソ親父! おんめぇ、昼間っから飲み過ぎて目もおがすぐなったんじゃねぇんかっ!!」
──いや、親父さんの言う通りキミ、顔赤いぞ?
指摘されたのが図星だったのか、茹でダコのように顔を真っ赤にしたジジルは親父さんの腹を殴り始める。
だが少年の細腕では分厚い皮下脂肪に守られた土手っ腹にはダメージが通らず、照れ隠しする息子の姿に親父さんは豪快に笑っているのみ。
それでもジゼルの指摘も当たっているようで、親父さんの陽気さと顔の赤らみは酒が入っているからなのだろう。
昼間……というより、まだ朝に分類される時間帯なのだけど、な。
「何を朝から騒いでる……ってお客さんでねがい!? まぁまぁ、立ぢ話もなんだす中でケーキでも食っとぐれ」
「かぁぢゃん、さっき朝飯食ったばっかだべ?また太……ぐぇっ!」
「その言葉は禁句だど教えねかったっけ!? 要らんごと言うでねべさ!……あら、失礼っおほほほほっ。
まぁおめらには少す狭えかも知んねぇげんども遠慮なぐあがっとぐれっ、ほらほら遠慮なぐっ」
中から現れたのは、体型を親父さんと同じくする丸々とした女将さん。
その大らかそうな性格は好感の持てるものだったが、それよりも気になったのは何処となく知り合いに似ている気がした事だ。
小柄で色黒で綺麗な緑色の瞳……不釣り合いに大きなメガネが可愛らしい王都の鍛冶師シャーロットにストローを刺して空気を入れたらこんな感じじゃないかと思う。
特に気にしたことはなかったが、土魔法が得意でルミアの知り合いとくれば彼女が人間ではなかったとしてもさして驚くまい。
「ほらっ!遠慮なんて要らねべ、入った入った」
「おわっ! ちょっ!?」
親父さんを押し除け、広くない扉から身を乗り出すと俺の手を掴んでくる。
今しがたの臆測など吹き飛ばす勢いで引っ張られれば、壁に頭を打つけそうになりながらも家の中へと引き摺り込まれたのだった。
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