13.まぁ、キュッと行け!

 彼等の身長に合わせたこの家のテーブルは人間である俺達には少々小さかった。少々と言っても『ちょっと小さいね』という程度で気にしなければ問題ない程度。

 だがそれに対して首を傾げるほどに大きかったのは女将さんが用意してくれた紅茶のシフォンケーキだ。


 部屋中に拡がるとても美味しそうな匂いで食欲を誘われたのは文句ないのだが、三十センチ近くあるだろうドーナツ形のシフォンケーキは高さが十五センチを超えており、中心の穴には生クリームがこれでもかと入れられ角のように立っている。


「ごめんなぁ、オラのオヤツ用さ焼いだ物だけん人数分は無えんよ。悪いげんども仲良ぐ分げで食ってぐれるがすら?」


 そんな大きさのを三つも出されて「ごめん」と謝られても、逆に『食べきれなくてごめん』と謝らなくてはいけなくなりそうだ。

 一人で一つ食べろと言われなくて良かったのだが、俺達が一口戴いたときには半分近く無くなっていた女将さんには度肝を抜かれる。


「んんっ!?おいひぃっ!紅茶の香りが凄いですねっ。甘さ控えめのケーキにあまぁ〜い生クリームが、んふーっ!ちょっと酸味のある果物を載せても美味しそうですね!」


 若干興奮気味なのは我等の料理番であり、オヤツ研究家たるエレナだ。

 確かに美味しい……美味しいのたが、俺的には八分の一カットで生クリーム無しが理想……。


 一緒に出された苦目の紅茶にとてつもない幸福感を感じていると、親父さんの前にある皿は既に空になっているのに気が付き驚いてみれば、琥珀色の液体が入った透明な瓶を、手にしたグラスへと傾けている。


──あれはまさか……


「何だ、おめさんも飲みだぇんか?」


 断りを入れる前に目の前にグラスが置かれ、新しいグラスに自分の分を注ぎ始めた親父さん。

 どう見てもウィスキーだろうそれは手のひらサイズのグラスとはいえ八分目まで注がれ、溢れんばかりに揺れている。


「オラの酒だがな、遠慮なぞいらんぞ?ほれ、ぐぃっと行げ、ぐぃっと」


 これで要らないと突き返せば折角の好意的な態度も損ねてしまうかもしれないという恐怖にも似た思考に葛藤が過ぎる。


『大丈夫なの?』と言いたげなモニカに『助けて』と目で訴えながらも、まだやることはいっぱいあるのにと思いつつも覚悟を決めてグラスを持ち上げ口に運ぶ。

 甘いような、それでいて強いアルコールのせいか辛味のような刺激が拡がり、そのまま飲み込めば喉が灼けるような熱を感じる。


「くっはぁっっ!」


「おおっ!兄ちゃん行げる口だな? 遠慮は要らねぇぞ?どんどん行ったれっ」


 何がそんなに嬉しいのか分からないが飲め飲めと煽る親父さんに急かされ一口、また一口と呑めば、ようやく半分程減ったところで継ぎ足されて元の量に戻ってしまう。


「お父さん、飲み友達が嬉すいがらってあんま調子乗っちゃ駄目だべよ?

 それはそうど、おめだづは何しに来だんだい?」



──もっと言って……



 願い虚しく社交辞令的に言っただけでそんなに止める気がない女将さん。

 だが、話のきっかけを作ってくれたことに感謝して話し始めたのだが、気分の波が大きく上を向いてしまった親父さんは止まることを知らなかった。


「それなんですけど、ここはドワーフ族の集落であってますよね?」


「おお、その通りだべ。ほら、口が寂すがってんぞ? 飲め飲めっ!」



ゴクリッ



「えっと、俺達は獣人の国ラブリヴァからの遣いで来たんですが、族長さんに会わせてもらいたいのですけど……」


「族長?そりゃ構わねぇが、あのジジィさ何の用だ? まぁ飲めよ」



ゴクリッ



「えぇっとですね、実は俺達が連れ帰ったアリシアってラブリヴァのお姫様がドワーフの族長さん宛に手紙を書いてまして、渡して来るように言われてるんですよ」


「アリシアっで白ウサギの嬢ちゃんだべ?すばらぐ来ねぇど思ったら出がげでだのか。

 それで? その手紙には何が書いであんだ? ほら、遠慮すんなっで」



ゴクリッ



「えぇ〜っと、なんでも大事な話しがあるとかで、族長さんをラブリヴァまで連れてきて欲しいらしいんですよねぇ」


「話だら手紙さ書ぎゃいいじゃねぇべが?なんでわざわざジジィがラブリヴァさ行がんななんねぇんだ? ほら手がお留守だぞ?」



ゴクリッ



「はほぉぅ……ごめんなさい、そこまで詳しくは聞いてないんでわかりましぇん」


「ん、まぁパシリの兄ちゃん達が知らねぇのは仕方ねぇべが。ジジィの所さ案内するぐれぇはなにむぎ構わねぇぞ」



ゴクリッ



「本当れすか?ありがとうございますぅ」



ゴクリッ



「ついでと言っちゃアレれすけど、俺からも聞いていいれすかね?」



ゴクリッ



「何だ? 遠慮するなって言ってっだべ?」



ゴクリッ



「女将さんが俺の知り合いにすごぉ〜くよく似てるんれすけど、もしかして家族だったりぃなぁんて有り得ない偶然想像してみたりなんかして」



ゴクリッ



「へぇ、ほだえ似でんのがい?ただでさえ外出すねドワーフなのに獣人でねおめ達に知り合いねぇ……村出て行った奴居ねわげじゃねぇがらなぁ、もすがしたらって事もあるかもすんねぇがら試すに名前言ってみなよ」


 ウィスキーのアルコールは強烈で、半ば強制ともいえる煽りで呑み進めた結果、フワフワと心地良くなり舌が思うように動かなくなって来た。

 腹を割って話すなら酒の席と言われるほどアルコールとは心のタガを外す効果があるようで、今はまだ聞こうとは思っていなかった疑問まで口にしてしまう。


「シャーロット……シャロって呼んでるけどぉ彼女の名前はシャーロットですた。王都で鍛冶師をやってて、小柄で、色黒で、緑の瞳も女将しゃんそっくりなんれすよねぇ〜って……女将しゃん?」


 酔は回れど、目を見開いて固まった女将さんを見れば流石にそれが異常だとは気が付く。


 コンッ という音に視線を向ければ、さっきまでの陽気さは何処へやら、別人に変わったかと思うほどに表情を無くした親父さんが手にしたグラスを置いて俺をマジマジと見つめていた。



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