48.用意された罠
入ってすぐの所でも灯り一つ無い真っ暗な洞窟内、光玉を二つ飛ばして見えてきたのは三メートルに切り取られた真っ直ぐに伸びる横穴。二人を包む風壁に生える風の刃で群がる魔物達を切り刻みながら歩いて行くと、奥の方に灯りが見えてくる。
「アレはなんでしょうね?外?」
エレナの予想通り五百メートル程で洞窟は終わり外へと抜けた。そこは隙間無く生え揃った木が形作る壁に囲まれた直径二十メートルの円形の広場で、洞窟を越えなければ入り込めないようになっている。
そして不思議な事に、先程まで洞窟を塞ぐようにいた沢山の魔物達の姿は一切無く、また、俺達を追って洞窟から出てくる奴も居ない。
「えっ?人!?」
覆いかぶさるように枝葉が伸びて広場に蓋をしているので何故ここが明るいのかは謎だが、そんな広場の真ん中に白い光を放つ魔法陣があり、その傍らに一人の女性が佇んでいた。
「ようこそおいで下さいました。私はこのダンジョンの管理を命じられておりますベルモンテと申します。当ダンジョンの発足以来、あなた方が初めての来訪者ですわ」
腰近くまで伸びる真っ直ぐな黒髪を床まで垂らし、深々と丁寧にお辞儀をした《ベルモンテ》と名乗った若い女性。敵意は感じられないが念のため風壁を張ったまま少しだけ近寄ると気品に満ちたゆったりとした動作で顔を上げる。
自慢じゃないが俺の婚約者達も凄く整った顔付きの美人ばかりだが、この人はまるで造られた人形のように端整な顔をしており歪みというものが微塵も感じられない。それはどこか違和感を感じさせ、魔物ではないかと疑いを持つほどだ。
身体つきも見事なもので、細身の体に対してバランスの悪くない程度に膨よかな胸とくびれた腰、そしてプリッと持ち上がったお尻が魅力的で、世の大半の男性が理想とするプロポーションであると言えよう。
そんな魅力的な体型にワンピース状の白い一枚布を纏っただけの格好は、普通の男性にとっては目の毒だろうな。まぁしかし、彼女に負けないくらいの女性に囲まれている俺には効かない色気攻撃ではあるが目を惹かれるくらいは致し方ない。
「管理人と言ったが君一人でこのダンジョンを管理しているのか?」
「はい、その通りです。と、言っても殆どやる事が無いのですが……」
「ここから湧き出していた魔物は君が作り出していたのか?」
一番疑問に思っていた事をストレートに聞いてみたが、彼女は表情一つ変えずに首を横に振り「ノー」と答えた。
「私にはそのような能力は与えられておりません。この階層の魔物達はこちらの白い魔法陣から呼び出していたのですが、あなた方がここに辿り着いたので現在は停止させておりますのでご安心ください。
逆に質問させて頂きますが、あなた方はお二人でここまで来られたのですか?」
身振りや手振り、表情の変化は有るもののベルモンテからは感情というものが感じられない。それはメイドとして振る舞うときのクロエさんや、コレットさんも似たようなものなのかも知れないが、彼女達はここまで感情を殺すことはない。
まるで感情そのものが無いような、そんな違和感さえ感じさせる程で、何かしらの方法により遠隔で操作されているような感じさえする。
「いいや、仲間達はこの洞窟の外で待ってるよ。それより、なんで魔物を呼び出すのを止めたんだ?俺達を排除するのが君の目的じゃないのか?」
「いいえ、私の仕事はこのダンジョンに入った者に試練を与えることです。ある一定の基準を満たした実力を示して頂ければ、無闇矢鱈と魔物をけしかける事はございません」
「試練、ですか?私たちはその試練に合格したから、この階層では魔物に襲われないと言う事ですか?」
「はい、おっしゃる通りです。今、外にみえるお仲間達への攻撃も解除致しました。次の階層へはこの魔法陣を通れば向かう事が出来ますので、どうぞ皆様をお呼びください」
ベルモンテが手をかざすと、白い光を放っていた魔法陣が黄色へと変化した。このダンジョンで黄色の魔法陣は次の階層への扉だ、管理人というのはどうやら本当の事らしい。
「リリィ、魔物が湧くのは止まったらしい。みんなで洞窟の奥まで来てくれるか?」
⦅こっちの結界を取り囲んで奴等が急にいなくなったわ。そっちに行けばいいのね?ちょっと待ってて⦆
危険は無いと判断した俺は風壁を解くと、左耳に着いている通信具の魔石に触れてリリィと連絡を取った。その様子に驚いた顔をしたベルモンテだったが、一瞬の感情の揺らぎが見えはしたものの、やはり内面の感情の動きが感じられないのは何故だろう?
「ベルモンテ、君は一人でここに居るのか?」
「はい、その通りです」
「ずっと?」
「そうですね、ダンジョンが作り出されて以来、ずっとです」
──その言葉に驚愕した
ダンジョンの入り口には、ここに入る事を目的とした人達目当ての町が存在している。そういった町というのは何年かで出来る物ではなく、長い年月をかけて徐々に形が出来ていくものなのだ。更に言えばこの場所が遠く離れた他の町でも常識のように認知されるには相当な時間がかかるだろう。
ベルモンテはこの地下深くにたった一人、一体何年居ると言うのだろうか?
「君は……人間じゃないのか?」
「はい、その通りです」
あっさりと返って来た返事を聞いて納得したが、その後に彼女の吐き出した言葉に再び驚愕する事となる。
「私はゴーレムと言われる魔導人形です。作製者はこのダンジョンをお造りになられた土竜様です。マスターのお力によりダンジョンと共に産み出されて以来ここの管理をしております」
「ゴーレムぅ!?」
「え?お人形さんなのですか?」
ゴーレムと言うのは木や、土、はたまた石などの素材に魔法陣を刻み、魔力で動くようにした人形のこと。作製者の技量により命令した時だけ動くモノや、一定の命令を遂行し続けるモノと様々だが、こんな風に自我があるように会話が出来るゴーレムはどの書物にも載っていなかった。
それに外見も異常なまでに精巧だ。俺も書物で読んだだけなのだが、人の形はしてはいるが切り出した素材を繋ぎ合わせただけのモノが一般的なゴーレムの形のはず。
それなのにベルモンテは人間の女性と区別が付かない程に美しく、もし彼女が本当にゴーレムなのだとしたら最高峰の美術館にいてもおかしくない出来だろう。
内面的な感情が感じられないのは残念だが、感情そのものが無いわけではないようで端々でキチンと体現してみせるという芸の細かさ。世界を支えると言われる土竜が造ったと言うだけのことはある。
「あの……出来ればでいいんだけど、触らせてもらってもいいかな?」
「私の容姿はここに来るであろう方達にウケが良いように作られているそうです。ですが、そういった方達が求められるような要求には応えられないとマスターに伺っております。
そしてその時にはこう答えなさいとも教え込まれております。『助平ですね』と」
言葉の終わりと共に静寂が辺りを支配し、隣から突き刺すような鋭い視線が飛んでくるが……違うっ!俺がしたいのはそういうことではないっ!
「いや……そういった行為が目的ではなくてですね、単純に手を握らせてもらえないでしょうか?」
それでもまだ疑いの眼差しで横から視線が飛んで来ているが、それはもう無視だ。
俺の好奇心は初めて目にしたゴーレムというものが、おそらく世界最高峰のものではないだろうかというところにある。何で出来ているかは不明だが、これだけ精巧に造られたベルモンテは一体どれほど人間に近いのかと興味を唆られただけなのだ。
決してエロに走ろうとかそういうのではない……決して……。
「そうなのですか?そういう誘い文句と言うものもあると教育されておりますが、造られて以来初めての人間との邂逅なので私も何をされるのか興味があります。いいでしょう、どうぞこちらへ」
「レ〜イさ〜ん?」
視線は無視していたが我慢しきれなくなったのか、俺がベルモンテの所に行こうとするとジト目のエレナが俺の腕を ギュッ と握ってくる。
「あのなぁ、そんな訳ないだろ?エレナも興味沸かないか?人間みたいに見えるけど、彼女は人形なんだぜ?こんな出会いは今を逃すと二度と無いような気がするんだよ、ちょっと触らせてもらいに行こうぜ」
「そういう事ですか」
やっと納得したエレナと二人してベルモンテの所に行くと片方ずつ手を取り触らせてもらったのだが、想像通りで人間の肌と同じく柔らかい。そしてツルスベのお肌は触っていて気持ちが良く、気が付いたら触りまくっていた。
「あ、あの……」
困惑した顔で俺を見るベルモンテからは今初めて感情と言えるモノを感じ取ることが出来た。嫌がっている訳ではないがどうしていいか分からない、まさに困惑という言葉が当てはまる、そんな感情だった。
だが近付いてみて分かったこともある、彼女の目だ。黒い瞳しか無いその目は明らかに人間のソレとは違うことが見て取れる。
そして決定的に違うのは体温だった。
彼女は造られた人形、血が通っていないので体温が無いのは当たり前なのだか、そんなことなど忘れさせるほどに人間と同じ容姿、同じ立ち振る舞いをしていたので触って初めて彼女が本当に人間ではないのだという認識が生まれた。
「あ、あの……そこを触られるとヘンな感じがします」
肌触りの良い手を にぎにぎ としながら黒い瞳を覗き込んでいた所にそんな事を言われて『何故!?』と焦る。
どこがダメなのだと疑問に思い視線を下げれば、すぐのところで蠢く俺のではない手が視界に入る。その手はもちろんエレナの手であり、事もあろうに形の良い胸の上で閉じたり開いたりと動いているので『何してんだ!』と我が目を疑う。
「え?あ、ダメですか?あんまりにもお人形さんらしくないのでちょっと気になってしまって、つい……」
言いながらも止めるつもりはないのか、怪しげに モミモミ と動き続けていれば徐々にベルモンテの表情に変化が訪れた。それは人間の女性と遜色無い
こんな機能が付いているのならそりゃお触り禁止と言わせるよなと納得したが、更なる爆弾が投下される。
「とても造られたとは思えないほど柔らかくて、それでいて弾力が有りますねぇ。レイさんも触ってみたらどうですか?」
勿論興味が無いわけがない。だが、これ程までに人間に近いベルモンテの胸を触るというのは些か抵抗があり、どうしようかと迷って彼女の顔を見ると「少しなら……」と恥ずかしげに視線を逸らして言われてしまったので、遠慮よりも興味が上回ってしまう。
──だが、それが罠だと気付くのは事が起こってからだ
それでも遠慮がちに、ゆっくりと手を伸ばしてそっと触れたベルモンテの胸。エレナの言う通り張りも弾力も人間の女性そのもので、もう片方の手を伸ばして本物と照らし合わせながら両方の触感を楽しんでみるがやはり違いが分からない。
「ちょっ、レイさん!?やんっ……」
エレナの方が若干小さい分弾力があるのか?などと思っていると、その時は訪れた。
「あーーっ!レイがエロいことしてるぅっ!!」
静かな広場に非難の声が叫びが響き渡り、やっと自分が何をしているのか気が付いた俺は ハッ として手を引っ込めるがそんなのは後の祭りだ。
ゆっくり振り返ると手を腰に当てて胸を張り、片方の手で ビシッ と指差すティナを先頭に、白い目で俺を見るみんなの姿がそこにあった。
自分のしていた事に愕然とし、どう繕おうか頭を巡らせるものの焦る頭では良い案も浮かばずただたじろぐばかり。
──だが俺は見た。みんなの方に振り向く際にエレナの顔が “してやったり” と微笑んだのを……
俺が調子に乗ったのがいけないのだが、耳の良い彼女の事だ。みんなが近くに来ているのを知っていて『触れ』と言ったのだろう。
それは、自分が傍にいながら他の女性に興味を持った俺へのささやかな仕返しだったのかもしれない。
──だがしかし……それは誤解である
他の女性に興味を持ったのではなく、初めて見るゴーレムと言う不思議な存在に興味を持っただけなのである……エレナ、分かってくれ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます