47.風壁無双

「疲れたぁ〜、お兄ちゃん抱っこしてぇ」


 言うほど疲れた様子は見当たらないが胡座をかく俺の首に手を回すと横から滑り込み、器用に自分からお姫様抱っこになるモニカ。一体いつのまにそんな技を!?と感心するくらい綺麗に決まって驚いていると エヘヘッ と得意げに笑い、ご機嫌で膝から先を パタパタ とさせている。


 森に入って一時間、疲労が見え始めた所で観ていただけの俺が風の結界を張り安全地帯を作り出したので一旦休憩となったのだ。

 次から次へと湧いて来る魔物に対処する為、ずっと戦い続けたみんなはだいぶお疲れの様子で各々座り込んでしまった所に、俺とミカエラの側で傍観に徹していたコレットさんがお茶を配り始めた。


「こりゃキツイな、終わりが全く見えないぞ。先にも進んでないし、どうするんだ?レイ」


「キリがない感じはするわね。先に進まないと次の階には行けないんでしょ?結界張って無視して突っ切る?それもちょっと休憩してからにしてよね……」


 疲れた様子は見せるもののアルからは達成感のようなモノを感じるが、リリィはただうんざりといった感じだ。

 ティナは疲れ切っているようでエレナと背中合わせで座り込みぐったりとしてしまっている。余裕の持てないティナにはまだキツイ戦いだったようだな。

 エレナはというと足を投げ出して ボーッ と斜め上を見上げている。疲れたような顔はしているがティナ程ではなく、何か考え事でもしているようだった。


 一時間という長丁場、魔法主体なので魔力を使うのは当然だが、それと一緒に気力も体力も使うことになる。師匠の所での修行が効いているのか、動けないくらいまで消耗しているのはティナだけというのはとても優秀だと言えよう。


 体力面で心配だったサラは意外と丈夫なようで、普段と変わらぬ顔でリリィの隣に座り受け取ったお茶を飲んで一息ついている。

 実力的に心配だったクロエさんは、上手いことアルのサポートに回ったようで、今は安住の地……つまり、アルのすぐ隣に寄り添い至福の時を満喫中だ。


「何か感じた事はあったか?」


 一人だけ余裕の寛ぎモードに入ったモニカに問いかけると、俺のほっぺが キュッ と摘まれた。


「お兄ちゃんはまた私を試す気なの?」


 大して怒ってもいないのに プクッ と頬を膨らませると ムニムニ と俺の頬を弄ってくる。俺が顔を近付けるとモニカも手を放しそれに応えて首を伸ばしてキスを交わした。


──後は誰が分かったかな……


「コレットさんは、何か気がついた事ない?」

「私などに聞かれるのですか?」

「そうだね、俺はコレットさんに聞きたいんだ」


 顔には出さなかったが迷った様子で僅かな時間だけ目を伏せたが、答える気になったらしく視線が俺に戻ってくる。


「先程現れた魔物は全て、ある一点より湧き出ている事くらいでしょうか?」


 流石コレットさんだ。まともに戦った所を未だに見たことがないが、それだけ魔法探知を使いこなしていればそれなりの実力があるのがよく分かる。碌に実践訓練もしていないのに強くなっていく、この人は恐ろしく器用な人だな。


「それって巣穴でもあるってこと?」

「でも現れた魔物達は種類が異なります。魔物が組織立っているってことですか?」

「実はみんな家族でした〜、とかじゃないですか?」

「エレナあんた……」


「まぁ、いくら考えても推測にしかならないよ。こいつらは皆ダンジョンが産み出した魔物だ、そこに魔物が湧く装置か何かあるのかもしれないし、魔物を操るボスみたいな何かがいるのかもしれない。アテも無い事だし取り敢えずそこに行こうか」


 リリィの結界魔法メジナキアほどの強度はないので二重に張った風壁の外に群がる魔物達を無視し、みんなの足元にも風の壁を作って持ち上げると第四十層までのように楽して移動する事にした。



▲▼▲▼



 第四十三層に降り立った転移魔法陣からおよそ一キロの地点にそれはあった。一本だけ生える他とは違う馬鹿みたいな太さのある大きな木、最初の広場から空でも飛べればもしかしたら見えたのかもしれないとも思うが、第四十二層に続き物凄く分かり難いヒントだと思う。

 このダンジョンの性質を考えると、だだっ広いだけの第四十一層の砂漠にも、もしかしたらこういったヒントが何処かにあったのかもしれないな。


 木の根元には地下へと続く穴がぽっかりと口を開けており、そこから次々と魔物が湧いて出てくる。あんなペースで出てこれば倒しても倒してもキリがないわなと頷ける状況だった。


「ね、ねぇ……もしかしてあの中に入るの?」


『嘘だと言って!』と、言いたげに頬を引き攣らせたティナへ意地の悪い笑顔を向ける座ったままに身体が反応して後退ろうとする。


「まずは様子見でティナが行ってくるか?」


 冗談でも無理と ブンブン 首を振り、激しく拒否する姿に笑うと隣に座るエレナに視線を向けてみた。


「私ですか?」


 いつもの笑顔は無いが特に嫌そうな顔をするでもなく、スクッ と立ち上がると小さかったフォランツェを元の大きさに戻した。


「みんなはここで休んでいてくれ。リリィ、結界くらいは張れるよな?俺の代わりに頼むわ。それじゃあエレナ、一緒に行こうか」


 一人で行けと言われたのではない事が分かり ぱぁっ と笑顔の花が咲くと、立ち上がった俺に飛び付いてくる。でもその途端、ハタ と動きが止まるので「何だ?」と覗き込もうとするれば俺の胸に人差し指が突き付けられる。


「これは約束のデートじゃありませんからね?」


「当たり前だろ?それはこんな味気ない場所じゃなく、ちゃんと何処かの賑やかな街でしような。ほら、行くぞ」


 不貞腐れたような顔で俺を見るので思わず吹き出してしまったが、心配事が解消され笑顔になったところで腰に手を回し歩き始めれば今度は驚く顔に早変わりする。


「あれれ?」


 風壁と打つかる寸前で目を瞑ったエレナを少々強引に引き連れ突撃をかます。しかし風壁は俺が作ってコントロールしている魔法だ、シャボン玉を二つに分けるように俺達二人だけを包み込むものと分離させて外に出れば、すかさず襲いかかってくる待ち構えていた魔物達。

 すぐ間近で大きなクマが腕を振り上げたりするので咄嗟に反応してフォランツェを握る手が動きかけるので、腰に回した手に力を込めて引き止めると、またしても驚いた顔で見られた。


「こんなに近いとなんだか怖いです」


 さっきコイツ等からみんなを守ってここまで来たのだ、今更破られるなんて事がある筈がない。音も無く熊の手を跳ね返すと怒った顔して何度も繰り返し挑みかかって来るものだから不安そうな顔でしがみ付いてくる。


「じゃあ、倒しちゃえばいいさ」


 エレナの頭を撫でると俺達を包む風壁の外側の地面すれすれに三メートルある風の刃を三枚生やした。それが風壁の周りを勢いよく回転しながら上昇を始めると、群がっていた魔物達は音も無く切り刻まれて地面に落ち、そのまま吸い込まれては消えて行く。


 だがここは魔物達の巣穴の目前、文字通り掃いて捨てるほどいるので多少数を減らそうとも次から次へとやって来る。

 リリィが結界を張ってくれたのを感じたのでみんなを守っていた風の結界を解くと『行ってくるよ』と手を上げて暗い洞窟へと足を踏み入れた。



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