46.魔物退治訓練

「モニカ、そっちから五匹来るぞ」

「はいは〜い、お任せあれ〜っ」


 言い終わった時には既にシュレーゼの先から雨粒のように小さな水玉が放たれた後だった。


 高い場所にある木の枝から枝へと飛び移ってやってくる魔法を扱えるサルの群れ。顔を覗かせた瞬間には頭を撃ち抜かれて地面へと落下して行くが、それが最善の対処だろう。

 下手に判断する時間を与えると遠距離から魔法が飛んで来るわ、すばしっこいわで厄介な上に、種族ごとなのか何なのか分からないが、現れる度に違う魔法を使いやがるので対処が面倒だ。


「ティナっ、正面デカイのが二匹待ち伏せしてる。先制攻撃であぶり出してから倒すんだ。魔法探知で上からの気配にも気を付けろよっ。アル、背後からも来てるぞ、そっちは任せたからな」


 第四十三層の森に突入して五分も経たずに昨日偵察に来ていたサル達に襲われる事になった。無難に撃退したものの、それを皮切りに森の侵入者を排除するかのように次々と魔物が襲いかかって来る事態となったのだ。


 木の上から遊撃するのは魔法を使うサルと強襲専門の鳥、地上にはゴリラやチンパンジーといった肉弾戦に長けた奴等に加えて素早さも兼ね備えたトラまで出て来た。更に、足元にはリスやイタチといった素早く動きながら魔法を放つこれまた厄介な奴等が休む暇も無く俺達を狙ってくる。



 サラの放った爆炎弾は素早く身を躱したトラを通り越えると、一匹の不運なゴリラに命中して消し飛ばしてしまう。狙いを外れた残りは周りの木にぶち当たると太い幹をヘシ折り、高い木が倒れ始めた。


「サラ、ああいう奴には馬鹿正直に撃っても当たらないぞ。火炎玉でフェイントをかけて逃げ道をコントロールしろ。エレナとリリィは足元のウザいのをどうにかしてくれ。

 おい!ミカエラっ、死にたくなかったら俺から離れるな!」


 モニカの操る二匹の水蛇が木々の間を軽快に駆け抜け、特攻を掛けてくる鳥に横から喰らい付くと姿を現したばかりの猿の群れに水弾が襲いかかる。


キキッ!!

ギギャャャャャャーーッ


 魔法を放つ為に動きの止まったイタチにエレナの風の刃が襲い掛かるが、当たる寸前、最後の悪足掻きとばかりに火の玉を放って来た。それごと風の刃に真っ二つにされるものの、火の玉は消え去る事なく半分になったままでエレナに向かって飛んで来る。


 そんなモノには当たらないと余裕で避けるが、その後ろに俺とミカエラが居る事には避ける動作に入ってから気が付き、振り向き『げっ!?』て顔を向けてきた。

 まだ周りを見て戦うことに慣れていないので仕方がないが、判断を誤ったエレナにしょうがない奴だなぁと思いつつ白結氣に手を掛けた途端に小さな水の壁が俺達の前に現れると、割れた火の玉を的確に鎮火させる。


 ちょっとばかり驚きモニカを見るが、当の本人はこちらに見向きもせず、次々と枝の上に湧いてくる猿達をまるで射的でも楽しむかのように軽快に撃ち落としていた。


「アル」


 手に掛けた白結氣を抜き放つと切っ先をアルに向けて威力を十分過ぎる程抑えた光弾を放つ。

 横目に振り返ったアルの脇の下を通し、木の陰から顔を出して火球を放った直後の小さなリスを魔法ごと射抜いてやった。


「魔法探知を常に使って周りの動きを見るんだ。特に今は魔力の動きに注意しろ。そこら中に魔物はいるぞ?それと手をかざさなくとも魔法が撃てるのなら魔法で牽制をかけつつ斬り込め、それだけで格段に楽になる。こんな奴らお前の敵じゃないってところ見せてくれよっ。

 クロエさん、足元の奴等を中心にフォローしてやってくれ」


「おぅっ!わかったっ」

「貴方に言われるまでもないのです」


 クロエさんは相変わらず俺には冷たい、なんでそんなに嫌われる事になったのやら……。



 体長三メートル近いゴリラから繰り出される鞭のような素早いフックを躱して懐に飛び込むと、下から顔に向けて火の玉を打ち出したティナ。それと同時に振り上げられた剣が黒い体毛を斬り裂き、赤い液体が噴水のように勢いよく噴き出した。


 顔を押さえながら仰け反るゴリラ、致命傷とも思える深い傷を負いながらも戦意を失わなかったのは素晴らしいと言えよう。一回転して遠心力を得た腕が、一撃与えて油断したティナに襲いかかる。


「あぐっ!」

「ティナっ!!」


 何とか剣を盾にして直撃は防いだが威力までは殺せず、吹き飛ばされて背中から木に打つかると地面に倒れ込む。

 慌てて駆け寄るサラへと狙い澄ましたように風魔法が飛んで来るが、それを防いだのはリリィの結界魔法メジナキア


「何してるのよティナ、相手が倒れるまで攻め続けなさいっ!油断するから今のアンタみたいになるのよ」


 サラの放つ癒しの光に包まれるティナを横目に叱りつけると、自分が飛び出し大ゴリラの相手を買って出た。

 リリィの持つダガーと呼ぶには長い二本の剣と、宙を舞う二本の透明な剣が乱舞し、大ゴリラの長い手の一本が斬り刻まれて肉片と化す。



ウォォォォォンッ!



 堪らず身を退き悲鳴にも聞こえる咆哮が上がるが、そんな事で手を休めるほどリリィは優しくない。追撃に出ようとしたところにサラの仕留め損なった体長五メートルはありそうな大きなトラがその巨体に似合わない素早い動きで走り寄って行く。


「じゃまっ」


 小さく呟くと、大きなトラを閉じ込めるように一瞬で展開される半球状の結界。突然目の前に現れた透明な壁に走っていた勢いのまま飛び掛かるが跳ね返され、自分の周りが囲まれていることに気が付くと警戒してゆっくりとグルグル回り始めた。


「エレナ、ヤっちゃいなさい」


 リリィの声に魔法を放った直後のエレナが振り返ると、自分が何を求められているのか直ぐに理解してフォランツェを掲げて緑色に光らせる。

 リリィが作った結界の中を風が渦を巻き始めると直ぐに暴風と化した。身を低くしてそれに耐える大きなトラだったが、小さな無数の風の刃がそこに混じると身体の至る所から血を吹き出し始める。


「ぐるぐるカッター!」


 得意げな顔してセンスを疑う魔法名を叫びつつ、一旦引いたフォランツェを結界に向けて再び突き出した。

 更に勢いを増し竜巻と化した緑色の風。内包した魔物をズタズタに引き裂くとその姿を赤く染め、次の瞬間には役目を果たしたとばかりに ピタリ と動きを止める。するとそこは黄色に光る魔石が一つ転がるだけの誰も居ない場所となっていた。



「ありがと、サラっ!」

「あ、ちょっとぉ……」


 サラの魔法で復活したティナは猛然と走り出す。何をするのか悟りこれ見よがしに呆れるリリィの横をすり抜け、仕返しとばかりに片腕になった大ゴリラへと剣を振り上げた。


「リリィっ、これは私の獲物よ!てぁぁぁっ!」


 だが大ゴリラも『そんな物には負けない』と、迫るティナの剣に拳で応える。元来の硬度にインパクトの数瞬前から捻りが加えられた拳は斬られることなくティナ諸共弾き飛ばした。

 だが、先程のようには行かず、態勢を変えるとその力を上手く利用して近くにあった木の幹に足を着け、勢いを殺す為に膝を深く曲げた。垂直にしゃがみ込む格好になったティナ。脚にかけられた身体強化の魔法に集中して威力を最大限まで強めると、思い切り膝を伸ばし弾丸のように飛び出す。


「くらぇぇぇっ!!」

「グヮゥッ!」


 振り切った腕を戻し再度迎撃しようとする大ゴリラ。しかし間に合わないと判断したのか、今度はヘッドバッドで対抗しようと胸を張り、軽く身を反らす。

 そこへティナの到着よりも僅か前に二つの火球が胸へと迫っていた。ティナに気を取られて気が付くのが遅れたようだが、直撃を避ける為に腕を振り遠心力で身をよじる大ゴリラ。

 二つ同時に消えて無くなる火球だが、そんなことをしていては渾身のティナの一撃に対抗出来る筈もなく、視線を戻した時には眼前に迫る剣があり、それがヤツの見た最後の景色となった。



「サラ、リリィ、ナイスフォロー。ティナ、まだ一匹殺っただけだぞ、戦闘中だっ、一息入れるのはまだ早い」


 サラとリリィが次の標的に向けて行動を始める中、地面へと消え去った大ゴリラに突き入れた剣を重そうに持ち上げたティナは肩で息をしながら俺を見る──ああ、これはちょっと休ませないとダメだな。


 心配になりアルを見るが流石に経験が段違い。ティナとは違いクロエさんの上手いフォローに助けられながらも無理なく戦いを進めている。


「ティナ、ちょっと」


 手招きしたと同時にそれとは別の誰かが俺にしがみ付いた。

 何か言いたげなティナの顔が見えたが、俺も驚き視線を向けると濃い茶色の頭がそこにある。


「お前何してるんだ?無闇にくっ付かない約束だろ?」

「なっ、何言うてんの?兄さんが死にたくなかったら離れるな言うたんやん。ウチ、まだ死にとぉないよ?」


 確かにそんな事を言った気がするなと思い出していると、さっきまでの疲れた顔は何処へやら、怒りの形相で ドスドス と肩を怒らせる淑女らしからぬ歩みでやって来るとティナのオデコとミカエラのオデコの距離が僅か三センチまで縮まる。


「ちょっとあんた!何してんの!?」


 泣きそうな顔してプルプル震え、イヤイヤと首を横に振りながら俺から離れようとしないミカエラ。 “離れるな” とは言ったけど “くっ付いて離れるな” とは言ってない筈だけどなぁと思いつつも、今にも食い付く勢いのティナの頭にそっと手を置いた。


「ティナ、そんなことしてないで少し休め……おい、聞いてるか?ティナ?」


 散歩の途中で他の子に喧嘩を売る仔犬のようにミカエラを威嚇することで忙しい様子。仕方ないなと肩に手を回し引き離すと正気に戻す為に唇を重ねた。


「そんなことしてないでいいからみんなの戦う姿を見て勉強しろよ、強くなりたいんだろ?特にモニカを見ておけ。アレはこの戦場の全てを把握しているぞ」


「全部?」


「そう、全部だ。いいから見てろ」


 視線をモニカへ移せば、先程ティナが援護をもらいやっとで倒した大ゴリラに水蛇の一匹が喰らい付くところだった。頭部を失い倒れる足元に小さな水玉が撃ち込まれると、魔法を撃ち込もうと顔を出したリスへと命中し大ゴリラと一緒に地面へと消えて行く。

 当のモニカは既に反対側の木の上にシュレーゼを向け水玉を飛ばしており視線は更にその右の木へと向けられていた。


 シュレーゼの青い光が跡を引き、ダンスでも踊っているような軽やかな身のこなしから鮮やかに繰り出される水玉が方々に散る小さな魔物達を的確に撃ち倒して行く中、其処彼処を飛び回る小さな水壁がエレナやサラに向けられた魔法をことごとく防ぎ、歩いてやって来る大きめの魔物は縦横無尽に飛び回る水蛇が喰い荒らす。


 魔力量は心配だがモニカ一人居れば、この魔物の巣窟のような森を踏破する事も可能、そう思わされるほどに次々と現れる魔物を尽くなぎ倒して行く。


「あの姉さん綺麗やなぁ」

「ほんと、そうね……」


 君達、初めて意見が合った……と言うか、初めてまともな会話をしたんじゃないかい?と問いたくなるような珍しい光景を両手に、華麗に舞うモニカを心ゆくまで眺めていた。

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