45.虹の架け橋
そんな俺達を乗せた魔導車が急な斜面を登り始めると、海面から差し込むピンク色に染められた光が水面の揺らぎでキラキラと輝いて見える。その様子を若干眩しいと思いつつも眺めていると、やがて水面を静かに突き破り何時間かぶりの青空が飛び込んできた。
「桃色ジュース終わっちゃいましたねぇ。ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、試しに舐めて来ていいですか?」
好奇心が止まらない様子で魔導車が止まるとすぐに飛び出して行くエレナ。濡れるのも気にせずに膝まで入り込むと、ご丁寧に鞄からガラスのコップを取り出してピンク色の海水を汲むと、光にかざしてその色を楽しんでいる。
「んふ〜〜んっ!美味しそう!いっただっきまーすっ」
「おいおいおいっ!ちょっと待て!」
腰に手を当てガブ飲み体勢に入ったので慌てて声をかけたが時すでに遅し。ピンク色の海水が並々と入ったコップに口を付けると ゴクリ と一口、豪快に飲み込みやがった。
プブゥーーーーーーーッ!
口に入っていた残りの液体が勢い良く霧状に吹き出されると、光が上手く当たり虹の橋が架かって見える。
「エレナ姉様、汚い……」
「でも虹は綺麗ね〜」
「そ、そうね……」
もう一度言おう、これはピンク色した “海水” なのだ。そんな物を ゴクゴク 飲もうものならどうなるかくらい想像するまでもないだろう。 “舐める” と言うから止めなかったが、誰が ”飲んでも良い” と言ったよ……。
「うぇ〜〜、水下さいっ!お茶下さいっ!なんでもいいから飲み物下さいっ!いや〜〜ん、しょっぱいぃぃぃっ!口がぁぁっ喉がぁぁっ」
「最近は姿を現さなかったが、馬鹿ウサギは健在だったか……」
「そうね、馬鹿は隠せても治ることはないわね」
「ほら、エレナっ。飲み物ならコレを飲め」
涙を流しながら戻ってくると砂浜に崩れ落ちたエレナ。そんな彼女に手渡されたのはピンク色の液体の入ったコップ──おいアルっ、それはまさか……。
「あ、ありがとうございますぅ」
涙目のまま受け取ると中身を確認する事なく口を付けてしまったのが運の尽き、悲劇は繰り返されることとなった。
プブゥーーーーーーーッ!
「ちょっとぉっ!汚いわね!!」
「あははははっはははっははっははははははっ!あぁ腹痛てぇ〜」
「アル……それはやり過ぎじゃね?」
今度は飲み込むことなく口に入れた瞬間に吹き出すと再び虹が架かる。だがみんなの側でそんな事をしたので顰蹙を買ってしまったようだが、それはエレナが悪いのではなく、悪戯が過ぎたアルの所為。
いつも温厚なエレナだが流石に怒ったのか、コップを地面に叩きつけると ムッ とした顔をしてアルを睨んでいたが、それにも増して口の中がしょっぱいのが耐えきれなくなり ゴロゴロ と砂浜を転がり始めた。
「ほら、これで口をすすげば少しはマシになるだろ」
そんなエレナを抱き起こして水袋を口に当ててやると ゴキュゴキュ と凄い音を立てて中身が飲み干されていく。口直しに何かあったかと考えれば良い物があるのを思い出し、殆ど空になった水袋を引っこ抜くと チュポンッ と面白い音を立てた。
「んぐっ!んっ!?んんっっ!!甘くておいひぃ〜、もっとくだひゃいっ」
代わりに口に突っ込んだのは白くてフワフワの砂糖菓子、マシュマロだ。たぶん口の中がしょっぱいので余計に甘く感じるだろうが、甘すぎやしないだろうかとの心配を余所にもっと寄越せと催促が来たので、ほれほれほれっと三つほど口に突っ込んでやる。
大き目のマシュマロなのでリスのように頬が膨らんでしまっているが、もう既に海水を飲んだ事は忘れたように俺の腕の中で幸せそうにその甘さを堪能しているようだ。
みんなが痛い子を見る目でエレナを見ているが、そんなお間抜けな部分も含めて俺は彼女の事が好きなんだよなぁとなどと思いながら、膨らんだ頬に手を当てて美味しそうにマシュマロを食べる様子をしばらくの間眺めていた。
▲▼▲▼
次の階である第四十三層、転移した先は森の中にぽっかりと空いた広場だった。鬱蒼としているわけではないが手を回しても届かないほど太くて背の高い木が生え揃い、深い森のど真ん中に投げ出された感じだ。
其処彼処から獣の気配が漂い、なんだか監視されているような気がしてならない。だが転移魔法陣を中心に半径三十メートルの森の空白地帯には獣達が居た痕跡が一切無く、まるで檻の中に入れられたような印象さえ受ける。
現に広場から伸びる三本の道の一角では木の間から猿のような獣が何匹も顔を覗かせ、こちらを警戒しているようだった。
「嫌な感じのする森ね」
みんなの心を代表してティナが言葉を発すると、うんうんと同意を示す者が何人もいた。ギスギスした縄張り争いの中に更に余所者か紛れ込んできた、そんな感じのする敵意に溢れた森だ。
「お兄ちゃん、今日は森には入らないのよね?だったら戻って海でキャンプしない?」
こんな嫌な感じのする場所でキャンプするよりはモニカの提案通りにピンク色の海でも眺めながら癒されていた方が良いだろう。
「そうだな、一旦戻ろうか。エレナ、もうピンク色のジュースは飲むなよ?」
「うぇ〜、絶対飲みませ〜ん〜っ。アルさんが意地悪しても飲みませんよーだっ」
んべーっ!っと舌を出し精一杯の敬遠アピールをするエレナの変顔に一頻り笑った後、今来たばかりの第四十三層を後にした。
▲▼▲▼
「ひゃっほーーいっ!きっもち良いねぇ〜!」
「ひゃっほーーいっ!早いはや〜〜いっ」
ご機嫌で俺にしがみ付き片手を振り上げたモニカの真似をして、俺に背を預けて両手を振り上げてはっちゃける雪。その顔は本当に楽しそうで、いつもお澄ましで六歳児とは思えない様子なのだが、こうしているとやっと歳相応に見える。
オデコでぱっつんと切り揃えられた水色の髪が風に煽られ全部後ろに流れて前髪がなくなってしまってるが、今の方が堅い感じが無くて良いのになぁと思いつつも滅多にお目にかかれない輝くような笑顔に見惚れていた。
「お兄ちゃん、またアイツ来たみたいだね」
「お?早いな、もう分かったのか?」
「私だって成長してるのよ?こう何度もやられに来ればすぐに分かるわ」
「そうだな、ゴメンゴメン。ほんと、懲りずに何度も向かって来るのはいい迷惑だよな。学習能力無いのかよ」
「毎回違う子って事だよね、仕方ないよ。雪ちゃん、ちょっと本気出しちゃう?」
「了解ですっ、カカさま!」
ピンク色の海の上で楽しんでいたエアロライダーを迎撃の為に止めると、ニコニコ顔で振り返ってモニカに向き直り、肘から指先までを ピシッ と伸ばしたままの小さな手をオデコに当てた雪。それは船乗りさん達がやっていた “敬礼” と言う了解の合図だな?そんなのよく覚えてたな。
そのまま手を伸ばしてモニカの掲げたシュレーゼに触れると、ファ〜ッ と青い光の粒となり吸い込まれて行く。
現在俺達は第四十二層に戻りキャンプの準備を終えた所だ。海底を通り抜けた為か以外と早く攻略が終わったのでまだ明るい時間帯、ということでウェーバーの代わりに改造された水陸両用のエアロライダーに乗って遊んでいたのはいいのだが、ピンク色の海域はボス部屋の印。ダンジョンが生み出したモンスターは時間が経てば復活するという設定なので既に何度も大海蛇を撃退しては遊んでの繰り返しをしている。
水を割る大きな音と共に細長い体を海上に現した白と黒の縞模様の巨大な蛇。初回の登場からしてコイツは幸が薄いらしく現れる度に何度も何度も瞬殺されてきた。
そして例によって今回もそうなるのだろう。
ポポポポポポポポッ
顔全部が口になったかと思うほど大きく口を開けて威嚇を始めた途端にシュレーゼから柔らかな音が軽快に聞こえたかと思えば、一つ一つが密接する程のかなり短い間隔で打ち出される水弾達。目にも止まらぬ速さで大海蛇の頭に到達すると、顔の至るところから一斉に血が噴き出し始める。
瞬く間に頭が肉片と化した哀れな海蛇は、一瞬動きを止めた後でゆっくりと後ろに倒れて行くと、大きな音を立てて沈むかと思いきや、意外にも静かに海面に吸い込まれるようにして姿を消した。
「う〜ん、まだ全然駄目みたいだね。雪ちゃん、ありがと、もういいよ」
十分凄い威力の魔法だったと思うが、モニカにとっては納得の行くものではなかったようだ。どれだけ強くなるつもりだよと苦笑いしているとシュレーゼの青い剣身を指で コンコン と突つく。その呼びかけに青い光が柔らかに漏れ出し、俺の座る前に雪が姿を現した。
「トトさま、ただいま戻りました」
「ああ、お帰り。お疲れ様」
先程着ていたままの水着姿で笑顔を見せた雪は俺にもたれ掛かって来るので『服装は自分でコントロール出来るんだな』と思いつつ頭を撫でてやると目を細めて嬉しそうにしている。
「モ〜ニカ〜っ!もういいでしょ〜?そろそろ交代して〜っ!!」
浜で大きく手を振り叫んでいるティナの声が聞こえて来る、どうやら三人の時間は終わりのようだ。
俺達は顔を見合わせ微笑み合うと、首を長くして待つティナの元へとエアロライダーを走らせた。
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