28.いよいよはじまるオークション
その男はランドーアさんを見つけるとごく自然な動作で片手を挙げて取り巻いていた人達を置き去りにし、ゆったりとした足取りながらも獲物を見つけた狼のように真っ直ぐやって来る。
「カミーノ伯爵!今年は随分と遅い入りだな、まさかまさか来ないのかと思ったよ。それにしても久しぶりだね。伯爵夫人も相変わらずお綺麗でなによりだ、今度のパーティーには是非参加してもらいたいものだな」
んん?どうやら顔見知りのようだ。
そりゃそうか、貴族同士だもんな。仲が良いにしろ悪いにしろ、顔と名前くらいは全員知っていてもおかしくはない。
「ご無沙汰してすみません、陛下。近々王城へも足を運びますゆえ、ご容赦ください」
「おいおい、こんな所で他人行儀なのはやめにしてくれよ。羽を伸ばさせてくれ。今夜は大丈夫なんだろ?一杯どうだ?
ところで、君が他の者を連れているのは珍しいが、そちらの若者達はティティアナ嬢のご友人か何かかい?」
ラ、ランドーアさん!?陛下とか言ってましたが……まさか?そんな人が俺達に興味持つとか緊張なんてもんじゃないじゃん!出来ればスルーしてほしかった……。
「この者達はベルカイムの優秀な冒険者です。娘とは縁合って家族で親しくしているのですが、今回はたまたまタイミングが合ったので、せっかくだということで連れてきたのですよ。
陛下は〈ヴァルトファータ〉と言う冒険者パーティーの名をご存知ありませぬか?ベルカイムでは名を馳せており、最近では魔族の動向について重要な情報を持ち帰った者達です」
腕を組み、顎に手を当てると、暫し考え込む圧倒的な存在感を放つ男。
全ての町を馬車で回ろうとすれば五年はかかるだろうと言われるほどに広いこの世界。もちろんそこに俺達の故郷のような小さな村は含まれないが、そんな町々の中で存在する唯一の国がサルグレッド王国だ。
世界を支配しているという訳ではないが、実質的に今を生きる人間達の頂点に君臨する男こそが目の前にいるメルキオール・エストラーダなのだ。そんな人がたかだか一つの町で名前が知れてるだけの冒険者の事なんて知る訳ないと思うけど……なんでわざわざ聞いたんだろう?
「魔族の情報……それは例の魔石の話か?あれが事実なら由々しき事態だな。それにしてもあの情報源がこのような若い者達だったとは、正直驚いたよ。カミーノ伯爵のお墨付きとあらばさぞかし優秀なのであろう、これからもこの国の人々の安寧の為、よろしく頼むぞ」
自分達に視線を向けられると、より一層の威圧感を感じて後退りたい気持ちになる──が、嫌な感じではない。寧ろさばさばとした清涼感すら感じさせる良い人だとは思うのだが……それにしても半端ない圧迫感。
なんて返事したら正解なのかまるで分からないので内心ドギマギしなからも「ありがとうございます」とだけ返し一礼すると満足そうに頷きランドーアさんと話しを続けている……ふぅ、なんとかなったぞ。
バレないように一息吐けば国王陛下の陰に立つ背の低い華奢な女の子に気が付く。
緊張のあまりすぐ隣に居たのに目に入らなかった……もしかして娘さんかな?という事は、王女様?
見た感じ俺達と同じくらいの年頃で父親似の癖のない銀髪。照明を写し込み天使の輪の浮かぶ髪は、整った小顔に良く合うよう肩上で切り揃えられており、揉み上げ付近に結われた細い三つ編みがいい感じのアクセントとなり可愛らしい。
薄いピンクのプリンセスラインのドレスに同じ色のロンググローブ。
身に纏う穏やかな空気もさることながら、その見た目は絵画のモデルのように美しく、 “可憐” とは彼女の事を指すための言葉かもしれないと思わせるだけの雰囲気がそこにある。
「サラ王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます。ご無沙汰しておりましたが、お元気でしたか?」
面識があるらしいティナは貴族らしい淑女然とした態度でスカートの裾を軽く持ち上げ挨拶をした。
その姿に、柔らかな微笑みを浮かべながらも他所行きだろう澄ました顔に安堵の表情を浮かび上がらせる王女様。
「ティナも元気そうですね。しばらく顔を見かけませんが王都へは来られていないのですか?
今日はお父様に連れられて初めて此の様な所に来てみましたが、わたくし達の年頃の方は殆どお見かけしません。ティナが居てくださって良かったです。
それはそうと、其方の方はティナのその……恋人なのですか?」
ボフッ と音を立てるかの様に赤くなるティナの顔……おいおい、社交辞令か何かだろ?そんなに恥ずかしがることなのか?
「ちちちち、違いますわ……今は」
「今は?」
小首を傾げて キョトン とし、至極当たり前な疑問を口にする王女様──ごもっともだ。『今は』って何だよ、俺は貴族じゃないからそういう関係にはなれないって未だに納得してないのか?
自分で撒いた地雷を踏み抜いてせっかくの淑女の仮面を吹き飛ばし、両手を ワタワタ と振り回して自らの動揺をアピールするいつも以上に忙しないティナお嬢様。
「いえ、あの、その、えっとぉ……違いますわ」
サラ王女と同じく顔一つ分近く低い頭に ポンッ と手を置けば、真っ赤な顔をこちらに向けて「え?」って言いたげな表情をする。
「俺は冒険者です。ティナ嬢とは身分が違うのでそのような関係ではございません。良い友人としてお付き合いさせていただいています」
国王様とはビビってまともに喋れなかったけど、王女様なら歳も一緒位だし普通に言葉が出た、良かった良かった。
「そうですか」
俺に向かい微笑むサラ王女はやはり一国の姫君、メチャメチャかわいい。
それとは対照的にお通夜みたいな顔になり撃沈したティナは……なんだ?大丈夫なのか?
「どうせご友人ですよ……はぁ」
やっぱりまだ好きとか思ってくれてるのか?それはもちろん嬉しい事だが、どっちにしろ実らない恋など悲しいだけじゃないかな。
好きになってしまったものは仕方がない、それには賛同出来るけど、貴族の娘を攫って駆け落ちなんてこんなに良くしてくれているカミーノ家に対して出来るはずがない。田舎者の俺なんかじゃなく、身分相応の良い人が早く見つかると良いな。
美しき姫君に別れを告げると、メイドさんに先導されて観覧席へと向かう。
階段を登り二階へ上がると誰もいない一本の通路。上部に掲げられている部屋番号が書かれた金色のプレートを確認しながら歩いていたメイドさん、分厚い上等な布が扉の代わりとなっている部屋の入り口をいくつも通り過ぎたが、目的の部屋を見つけてその高そうな布を押し開く。
入り口をくぐれば貴族の屋敷の一室かと思うくらいの広い部屋、俺達十一人が入っても全く狭さなど感じさせず広々としている。
普通であれば窓があるだろう奥の方はベランダ風になっていて外に向かって椅子が並べられており、オークションが行われるステージがバッチリと見える。言うなれば、部屋とバルコニーが一体となった感じだろう。
会場全体は若干暗めに魔法の照明が灯され、明るいステージ上の商品がよく見えるように工夫されている。
そこには中央寄りに司会席が用意され、既に金色の派手な服を着た司会者とスタッフらしき執事風の黒服が会場に入った人達が落ち着くのを見計らっている。
勧められた椅子に座りステージを見下ろしながら『いよいよ馬鹿兎を取り返す為の戦いが始まる』などと思い緊張していたら、後ろから肩を叩かれたので振り返る。
驚くべきことにそこには、お茶を差し出すランドーアさんがにこやかな笑顔を浮かべて立っていた。
「君の目的のモノは一番最後だ。今から力んでいては疲れてしまうぞ?
なぁに、大丈夫だよ。こう見えても財力には自信のある家なんでね、安心して私に任せておけばいい。君達の友人は必ず助け出せるさ。先ずはオークションを楽しみなさい」
そうだよな、ランドーアさんがいれば大丈夫だ。
貴族のオークションに参加出来る機会などもう二度と無いだろうから、今出来る事を今しよう。
助言通りに頭を切り替えランドーアさんに頷くと、ありがたくお茶を受け取りゆっくりと味わう事にした。
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