27.貴族の社交場
衣装部屋と化した宿の一室、今朝届けられたタキシードを着させられ女性陣の登場を待つ。
香り高いお茶を飲みつつゆったりとした時間が流れて行くが……たぶんこの服のせいだろう、落ち着かない。
「何か狙いの品はあるんですか?」
待たされているのは俺とアルとランドーアさん。俺自身の気を紛らわせる為、オークションについて話題を振ってみる。
「そうだなぁ、部屋や廊下に飾る為の絵画で良い物が有れば欲しいくらいかな。あとは特に決めていないから物を見て決める、毎年そんな感じだよ。
それより折角の機会だ、例の獣人のお嬢さんを買い取る以外に何か欲しい物は無いのかね?あれば落札は私がやるし、もしお金が足りなければ君達に貸すくらいいくらでも構わないぞ?」
アルと顔を見合わせるが首を横に振る。何だろう、今でも満ち足りているのか俺達は欲が無さすぎ?単に世間を知らなさ過ぎるだけなのかもしれないな。
「まぁ見ていて欲しいものがあったら遠慮なく言うといい」
女性陣の支度が終わったらしくクロエさん入ってきたがその服装はいつものメイド服──あれ?着替えてないの?首を傾げてると「私達はこれが正装なのです」と教えてくれた。
年一回開かれる今回のオークションは上流階級向けのもので、会場に入るだけでも招待状が必要になる。そういう場にはもちろんドレスコードというものがあって、正装をしていない者はたとえ王族であっても入ることが出来ないルールらしい。そのためにランドーアさんはわざわざ俺達の衣装を作ってくれたんだな。
「では、お一人づつお披露目させていただくのです。まずはリリィ様、お入りくださいなのです」
扉の脇に控えていたメイドさんが扉を開けば、真っ赤なドレスに身を包んだリリィがお腹の所で手を合わせ、澄ました顔で立っていた。
形の良い胸を強調する蝶柄のレースで作られたビスチェ型の上半身に、足首まであるフレアスカートは二重になっているようで外側部分は細かなレースのように下の色が透ける生地で出来ている。
長いプラチナブロンドの髪はアップで纏め、白いモコモコのファーマフラーで首元を飾っている。白いショートグローブの手首に付いたファーもお揃いで、赤と白と金の配色が見事に決まり、とてもエレガント。普段からは想像も出来ないような変身ぶりに思わず息を飲むが元は良いのだ、可愛くない筈がない。
「どお?」
少し照れたように頬を染める姿はどこかのお姫様のようだ。そういえば亡国のお姫様だったな、忘れてたわ。
「超可愛い!」
「見違えたよ」
「……当たり前よっ」
アルと二人して褒めればいつものリリィ節……それでも嬉しかったのが滲み出ており、少しだけ上がった顎でそっぽを向いた顔は綻んでいたのだが、ボロがでるから喋らない方が良いカモなんて思ったりもした。
クロエさんの指示で続いて入ってきたのは、スタイルの良さを際立たせる黒いドレスに身を包んだユリ姉。
一枚の布地で作られたマーメイドラインと呼ばれる形のドレスは、少し光沢のある肌触りの良さそうな布地が吸い付くように密着し抜群な身体のラインが丸わかり。
ユリ姉のように豊かな胸があってこそできる離れ業だろうが、深く切り込んだV字の胸元は大きくて形の良い双丘をギリギリまで見せる際どいデザイン。各所に散りばめられたスパンコールは キラキラ と光を反射させ、黒地に白の輝きが夜空を連想させる。
服に合わせた黒いレースのロンググローブと白い粗めのレースで出来たショール。更に小さな帽子型の髪飾りを身に付けており、胸元に光る金色の鍵型ネックレスと、いつもの三日月のイヤリングとがよく似合う。
「ユリ姉、綺麗だよっ!」
「いやぁ……それほどでもぉ……」
赤らむ頬に手を当て照れるユリ姉は普段の何倍にも増して綺麗に見える──ほら、服作ってもらって良かったろ?
最後に登場したのはティナ。クリーム色のプリンセスドレスは肩を出す色っぽいデザインで、胸の部分で留められた幅の狭いレースがショールのように巻かれ、腕を包む形がとても可愛い。
形を矯正され普段より大きく見える胸、それとは対象的に細く見えるくびれ。その下に拡がる傘のようなスカートは淡い色のレース生地を斜めに巻きつけたような装飾がされている。
耳元で揺れる真珠のイヤリングと、それ自体が輝いているかのような細かな宝石の散りばめられた小さなティアラもとてもよく似合い、貴族の御令嬢と言うに相応しく可憐な装いだ。
「ティナお嬢様、とても素敵ですよ」
胸に手を当て腰を深く曲げる、俺の想像する紳士的振る舞いに口元に手を当てて嬉しそうに微笑む。その姿は普段のティナのままだが、服装が違うだけで印象がガラリと変わるものだな。
姫様方のお披露目が終わった所で馬車に乗り込み会場へと向かう。
町の中心からは少し離れた場所、如何にも高級そうな黒い馬車達の向かう先は演劇場だと思われる大きな建物。既に多くの人々が訪れており馬車の乗降場所が混雑していたので、執事のような身なりの良い黒服が忙しそうに誘導している。
「ようこそおいでくださいましたカミーノ伯爵夫妻、今年も良い品と巡り会える事を願っております。開始まであと一時間程です、今年もどうぞ最後まで有意義な時間をお過ごしください」
品の良さそうなおじさまが扉を開け、手際よく俺達を降ろしながら挨拶をして行く。
まさかとは思うけど、ここに来る主要人物全員の顔と名前を記憶しているのだろうか?そんな事を考えて目で追っていたら既に次の馬車を誘導している、凄い働き者だなぁ。
会場に入るとそこは貴族達の社交場だった。数人単位で固まり談笑に耽っている。
ランドーアさんは慣れた感じでクレマニーさんの腕を取りエスコートする。ゆったり歩く人混みの中、時折挨拶を交わしながら楽しそうに奥へ奥へと進んで行くのだ。
初めて味わう空気に自ずと高まる緊張。右も左も分からない俺は挙動不審がバレないよう注意しつつ周りを観察しながら黙ってカミーノ夫妻の後を追うのだが、道中、ティナの腕を取りエスコートしているフリをしているもののエスコートされているのは完全に俺の方だった。
そんな中でも目に付くのが一際大勢の集まる一角、中心にいたのは銀の髪を カチッ とオールバックに固めた体格の良い壮年の男性。幾人もの人を相手に堂々たる立ち振る舞いで話す姿からは、威厳とでもいうのだろう、笑顔ながらも圧迫感のようなモノを感じる。
この場にいるということは貴族、もしくは大商人のようなお金持ち。当然そんな人に知り合いなどはなく、見た事、会った事などないはずなのに何故か気になるその男性。見た目だけなら似たような人など何人もいるのに何故かその人からは目が離せなくなった。
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