15.旅の準備

 リリィは前のナイフよりもう少しだけ長い短剣を二本もらい、お礼を言うと手を振り店を後にした。

 さて、これからどうしよう?


「嬢ちゃん送っていくなら準備しねーとなっ。レピエーネまでは乗合馬車で四日だから、水と非常用に少しの食料があればいい」


 ミカ兄に言われて雑貨屋に入ると、何に使うかわからないものだらけで見てるだけでも楽しいかもしれない。

 干し肉と乾燥野菜、水と少しのお菓子を買った。そんなに沢山は鞄に入らないから持っていけないけど、暇な馬車旅には気分転換のお菓子が必要らしい。


「コレって魔石ですか?」


 カウンターの上に置いてあった青色の綺麗な玉を指で摘み、光に当てて眺めるティナ。横から覗き込むと向こう側が透けており、反転した景色がぼんやり見える。宝石のように綺麗な石だな。


「綺麗だけど、何に使うんだ?」


 素直に疑問を口にすると、呆れた声が後ろから聞こえてくる。


「アンタねぇ、そんなことも知らないの?魔導具を動かすに決まってるじゃないっ……何よその顔、まさか魔導具まで知らないとか言わないわよね?」


 そんな事知って……ません。ジト目も可愛いよ、リリィ。ニヘッて笑ってやったら、大きな溜息と共に頭を抱えてしまった。

 声を大にして言おう、知らないものは知らないっ!


「魔導具というのはですね、魔法の効果を出せる道具のことです。わりと一般的なもので言うと暗闇を照らす光魔法、ありますよね?光魔法は非常に便利なのですが扱える者が少ないのです。それの代わりになるのが『ライト』と呼ばれる魔導具で、この魔石に蓄えられている魔力を使って光魔法と同等の効果が得られる物のことです。一般的とは言いましたが結構なお値段のする品だそうで、上級商人さんの家や私達貴族の屋敷で使われるくらいですね」


 つまり高級便利アイテムってことだな。ほむほむ、覚えておこう。


「でもなんでわざわざそんな高い物使うんだ?ランタンや松明じゃ駄目なのか?」


「光量調節が簡単で便利という利点があるのです。それに松明というのは、酸素を消費して明かりを灯しています。屋外や部屋の中、迷宮の浅い階層などでは問題ありません。しかし洞窟の奥深くや、地下の部屋、密閉された場所などで松明を灯した場合、酸素不足となり窒息死する危険性があります。

 そこで出番となるのが光魔法なのですが、先ほども説明しました通り術者が少ないのです。その代替として魔導具『ライト』が必要となってくるのです」


 へぇ、いつかは俺達もお世話になる時が来るのかねぇ?与えられた情報を脳に叩き込んでると、ティナが支払いの終わった食料や水を自分のポシェットに入れている。

 んん?ちょっと待て!ポシェットだよね?ポシェット!?なんでそんなに入るの??


「ほぉ、嬢ちゃん、それは魔導具だったんだな。流石は貴族の娘ってところだな」


 まじでっ!そんな所に噂の魔導具がっ!!まじまじと見ていたら小首を傾げ『見る?』と両手でポーチを持ち上げて見せてくる。


「ああ、いや。大丈夫、初めて見た魔導具だから気になっただけだよ。ありがと」


「そう」と、ちょっと残念そうな顔をして店を出て行くティナ。もうすっかり忘れていたが、そういえばミカ兄の鞄も魔導具だったと思い出しながらティナの後を追った。




 リリィの提案でティナの服を買うことになり、俺達男三人は服屋の前で黄昏ていた。

 しばぁ〜らく待ち、痺れが切れてきた頃、ようやく二人は店から出て来る。


「ど、どうかな?」


 ゆっくりと一回転して全身を披露した後、スカートの裾をチョンと摘んでポーズを取る。


 お腹の見える白いTシャツは絶妙な丈で、ちょっとした動きでおへそが見え隠れして妙に色っぽい。黒のパーカーを羽織り、リリィとよく似た感じのプリーツスカートをはいているが、どうやらそのスカートに難がある様子。落ち着かないといった感じで足をすり合わせて モジモジ しているのがちょっと笑えた。

 丈が短いスカートから伸びる長い足、余分な肉のない健康的な太ももは眩しく、それを推したリリィには拍手を贈りたい。だが本人的には、大胆に足を晒すのが恥ずかしいようだ


「可愛いっ!よく似合ってるよ」


 あ、ボフって音が聞こえるくらいの勢いで真っ赤になった。俺、何か悪いこと言ったか?




「アイスクリームを食べてみたいです」


 リリィに話を聞いたらしく、両手を前に組み、祈るような格好で瞳を キラキラ させるティナ。女の子は甘い物が大好きなんだなぁ。


 屋台が居るかどうか分からなかったが、せっかくなので見に行ってみると……いたいた!ガラスケースが綺麗なアイスクリームの屋台。どうやらお姉さんは覚えていてくれたようで、俺達が近付くと気楽に声をかけてくれる。


「やぁ、また来てくれたんだね、ありがと。今日はちょっと暑いからね、アイスクリームも一段と美味しく感じるよ!さぁ、今日はどれにする?」


 ガラスケースの中は淡い綺麗な色のアイスクリームで詰まっていた。白、白、白、黄、桃、橙、茶、緑の違う味が八種類もあるらしい。


「白いのが三つもあるっ、これなに?」


「ミルクと蜂蜜、それに桃だよ。私としては緑色の抹茶がおすすめだ、新作だよ。お茶の葉っぱをすり潰して混ぜてあるから香りが凄く良いんだ。だいぶ甘みを付けてあるんだけど少し苦味があってね、それがまた癖になる味なんだよ。ちょっと大人向けかなぁ」


 悩んだ末に、俺はバニラ、アルはりんご、リリィは蜂蜜、ティナは苺、ミカ兄は抹茶を注文した。

 全員で近くのベンチに座ると、ティナの様子を窺う。桃色の塊を小さな木のヘラで掬って口に入れると、ティナの目が大きく見開かれた。


「美味いっしょ?」

「お〜いしぃですっ!甘くてまったりしていて、苺の味が一杯しますっ!ソルベのサッパリとした美味しさとはまた違い、ほっこりと和む味わいですね。これは癖になりそうですっ!」


 よほど気に入ったのか次々と口に放り込んでいる。あっという間に無くなり、名残惜しそうにアイスクリームの入っていたカップに付いている残りをヘラでかき集めている。

「食べる?」と俺のバニラ味をヘラで掬って口の前に持って行くと一瞬だけ戸惑いを見せたが、それ以上に食べたい願望が大きかったようで パクッ と齧りつく。ティナが釣れたっ!


「んんーっ!バニラも美味しいですねっ!ミルクの濃厚な感じと甘さが良い感じですっ!」


 それを見たリリィもヘラを口の前に持って行き、ティナが食い付くのを待っている。「いいんですか?」って顔しながらも遠慮なくパクッ……

「蜂蜜も美味しいですね!」


 口元に笑みを浮かべたアルも俺達の真似をしてヘラを ズイッ と口の前に出す。

「リンゴも美味しいーっ!」

 両手を頬に当て至福の笑顔、喜んでもらえて良かった良かった。


 ミカ兄を見るティナ……いや、ミカ兄の持っているアイスをガン見している。どうやら最後の一つも味見したいようだ。

「ミカ兄、抹茶も食べさせてあげたら?」

「あ?なんでだよ、これは俺んだっ」


 ご機嫌な様子を現し パタパタ と振られていた犬の尻尾、ミカ兄の一言で ピタリ と動きを止めると生気を奪われたかのように元気なく垂れ下がってしまった。それでも諦めきれないのか、視線は抹茶に釘付けだ。

 っか、なんで俺はそんな幻覚が見えるんだ?


「んだよっ、ちょっとだけだぞ?ほれ」


 差し出された抹茶にすかさずかぶりつく、無事抹茶も貰えて良かったね。再びこれでもかっ!ってくらいの満面の笑みが咲き誇る。


「これは……甘い中にほろ苦いお抹茶の風味が混ざり合っていて、独特の世界がありますね。んーっ、大人の味って感じですっ」


 全部とても気に入ったようで何よりです。

「ごちそうさま」と、カップを返すとお姉さんに手を振り屋台を後にする。

 また食べに来ようなっ。




 それから、レピエーネへと向かうための移動手段である乗り合い馬車の予約をしに来た。ベルカイムからは北、西、南の三本の街道がそれぞれ隣の町へと伸びている。定期的に行き来する馬車に乗れば町から町へと移動する事ができるんだ。

 ベルカイムの西南西に位置するレピエーネへは馬車で四日間の日程らしい。町の外は何が起こるかわからない為、馬車の管理側が護衛を雇い一緒に行くのが一般的だ。


 ミカ兄は管理所を出ると俺達に向き直り貰ったばかりの木札を渡してくる。


「俺はベルカイムに残るからレピエーネへはお前達で行ってこい。明日の朝この場所に来れば馬車が待ってるから、御者にこの木札を渡せば乗せてもらえる」


 え?ミカ兄、行かないの??

俺達は顔を見合わせた。


「ばぁか、いつでも俺がいないと駄目なのか?守ってもらわなきゃ生きていけないほどお前達は弱いのか?

 これはお前達が受けた指名依頼だ、お前達だけでキチンと仕事こなせよっ。いいな?」



「「「まかせとけ!」」」



 そういうことならばと、三人揃って親指を立てて了解のサインをする。


「おうおう、頑張れ頑張れ。寝坊するなよ?」

「しねーよっ!ミカ兄こそ遊び過ぎるなよ?」

「てめぇ、言うようになったじゃねーかっ」


 俺達は笑い合い、明日からの旅に胸を膨らませて宿に戻った。


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