38.事前準備
仕事がひと段落したところなのか厨房では五人の人間に混ざりセクシーコックコート姿のネコの獣人ワズラがお茶を飲んで談笑していたのだが、俺が現れると和やかな雰囲気は一転してシンと静まり返る。
「ここはお客様が来るような場所ではありません。このような場所に何の御用でしたでしょうか?」
だいぶ歳の行った料理長のお爺ちゃんが立ち上がると迷惑そうな感じで困った表情をして俺の侵入を拒むので、そこで立ち止り、肩越しに中の様子を伺うだけにした。
「すまない、厨房がどんな感じか見たかっただけなんだ。お邪魔そうなので退散するよ。でも一つだけ教えてくれないか?」
「何でございましょう?」
「この屋敷には何人の人間、獣人が生活してるんだ?」
何故そんな事を聞くと言いたげな顔で「百人程です」と返事をもらうと、お礼を言って早々に立ち去ることにした。
「レイ様?」
厨房から出ると不思議そうな顔で見上げるノアに笑顔で応え、次の目的地へと向かう為に再び外に出た。
「この辺りで一番近い森はどっちにある?」
「へ?森……ですか?えーっと……私、屋敷から出た事ないので分かりませんっ!えへっ」
男爵が大切にしている獣人という事もあり、危険の伴う町へは出た事がないのだろう。この町に連れて来られてからこの屋敷の中だけという狭い世界で生きる彼女達を少しばかり不憫に思い、笑顔で誤魔化すノアの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「しょうがない奴だな、じゃあ俺に掴まれよ。違う世界を見せてやる」
「昨晩は天国を見せてくださいましたよ?」
頬を赤く染めつつ、両手を頬に当ててイヤンイヤンと恥じらいながらもそんな事を言うエロキツネのオデコを指で突つくと、抱き上げてキスをした。
「行くぞ」
大切なノアと一緒だし、二回目だという事もありまだ不慣れなので風の魔力を念入りに練り上げると、二人の身体に纏わせイメージを具現化させる。
「えぇっ!?レイ様!!浮いてますよ!?」
足が地面を離れ屋敷の窓が徐々に下へと動いて行けば、ゆっくり浮き上がり始めた事に気付いてびっくりしているノア。キョロキョロと辺りを見渡す姿に笑みがこぼれ、じゃあもっと驚けよと一気に空へと舞い上がった。
「ひゃ〜〜〜っ!!!レイ様レイ様レイ様っ!?」
加速した事に目を丸くして驚く様子を見て満足すると、身体を少しだけ傾けて眼下に広がるパーニョンの町並みを視界に入れた。ベルカイムより小さなパーニョンの町は男爵邸を端に構えた楕円形に拡がり、町の中心部に店が集中しているのが建物の大きさからよく分かる。
「うわぁ〜っ、すご〜い!お屋敷が丸見えですっ。町もこんなに広いのですね。あっ!お店屋さんですっ!レイ様お店屋さんがありますよぉっ」
町なんだから店くらいあるだろうが、それすら知らないノアは今まで本当に狭い世界のみで生きてきたのだろう。せめてこの町の中なら自由に遊びに行ける環境で生活させてやりたいな。
「わかったわかった、後で行くからそれまで我慢しろ。それより先に森に行くぞ」
「えぇえぇ!!お店に行けるんですか!?」
「ああ、後でな」
「やったーーーっ!!!!」
町の北側に小さく森が見えていたので、店に行けると聞いて大はしゃぎのノアを見ながら移動を始めると心地よい風が頬を叩く。
今の今まで町にある店の事で頭がいっぱいだったノアだが、風と共に店の事など吹き飛んで行ったかのように目を輝かせて目標である森を見つめ始めたことに『現金な奴だな』と微笑ましく思えた。
森の中の木の薄い広場のような所に降り立つと、クルリと辺りを見回したノアは目を瞑り大きく息を吸い込み深呼吸を始めた。何処となく楽しげな表情で森の空気を感じる彼女は故郷である大森林でも思い出しているのだろうか?
「森なんて久しぶりに来ました。なんだか懐かしい感じがしますね」
「故郷に帰りたいのか?」
「いいえ。でも森にいると落ち着くので、たまにでいいので来れたら嬉しいのですが無理な話ですよね。だから今のうちに満喫しておきます」
木漏れ日を浴びながら目を瞑って両手を拡げる姿を美しいと感じ、それが今は俺のモノである事に口元が緩んだ。ノアに近寄り抱きしめると、彼女もそっと抱き返してくれる。
「すぐに戻るからお前はここにいろ。次に森に来れるのはいつになるか分からないぞ?」
この辺りには何も居ない事はここに着いた時に確認済みだ。嬉しそうにコクコク頷く彼女にそっとキスをすると身体強化を施し、気配探知で場所の割れていた獲物に向かい移動を開始した。
近くにいたのは全部で七頭の獣。シビルボアが三頭にモルタヒルシュが三頭、あとチョルティーと言う体長二メートルのキジだ。どれも体が大きく狩りの収穫としてはなかなかのもの、これだけあれば百人の胃袋を満たしてもまだ何日か分は残るだろう。
ついでに大きめの木を手頃な長さに輪切りにすると更に細かく斬り刻み丸っと一本全てを薪にして拾い集めると、水魔法で纏めて水分を抜いてすぐ使えるようにしてから鞄に放り込んだ。
血抜きをする為に獲物の首すじに傷を付けて手頃な木に吊り下げるとノアの待つ場所へと戻って来たのだが……滅多に来れない森を堪能しているかと思いきや、たった十五分くらいしか経っていないのに木にもたれて寝ている様子の彼女に「お前は昼寝が趣味か?」と聞きたくなったが、いい事を思いついたので音を立てないように忍び寄るとキスでノアの口を塞いだ。
「んんっ!?」
びっくりして目を覚まし必死になって逃れようとするものの、相手が誰だか分かると安心したのか俺の背中に手を回して来た。舌を絡めると共にノアの柔らかな胸に手を這わすと次第に甘い吐息が漏れだす。
「ノア、目的だった今夜の晩飯は獲れた。だが血抜きするのに時間がかかるから、その間の時間が空いてるんだよね〜」
「あはぁ……んっ、はい。ノアはレイ様のモノです。お好きになさってください……ぁあんっ」
「そうかそうか、それは良かった。でも残念、俺が欲しいのはその言葉じゃないんだな。ほら、ノアの好きな森の中だよ?ここには誰もいないから何も恥ずかしくなんてないぞ」
「んんっ、意地悪……レイ様ぁしてください、ノアを抱いてくださぁい……」
よく出来ましたと、ご褒美のキスをすると再び舌を絡め、昼前の明るい森の中、昨日彼女に教えられた通りに欲望を我慢することなく思うがままに彼女の身体を貪った。
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