39.鳴り響く鐘の音

 二人で乳繰り合っている間に血抜きなどとうに終わっており、獲物を回収してから再び空を飛んで町へと舞い戻った。

 二人で軽く昼食を済ますと、買い物をしてから屋敷へ帰り着いた時刻は午後四時近くになっていた。やはり森でいらん事をしていたのが響いたようで、厨房の扉を開けた時にはコック達が夕食の準備を始めようとしている所だった。


「今度は何の用ですか?これから夕食の……」

「悪い、厨房を借りる。一泊したお礼に今夜の夕食は俺がご馳走する。悪いけど時間もない事だし手伝ってくれないか?」


 何を言い出したのか理解出来ず唖然とする料理長を始めとするコック六人。真面目に時間が足りないので説明など作業しながらでいいやと立ちはだかる料理長を躱して厨房に入り込む。

 中央に置かれた大きな作業台の上に獲ってきた獲物の中で一番大きな物を ドンッ と置くと皆が目を丸くする。その様子を横目に確認しながらも大きめのナイフを鞄から取り出して皮を剥ぎ始めた。


 俺の作業を黙って見守るコック七人と顔を歪めたノア、ものの何分かで皮と内臓を処理し終わると後は解体するだけの肉の塊だ。更にいくつかの部位毎に切り分けると立派な食肉。最後に食べやすい大きさにカットして終わりなので誰かに任せても問題無いだろう。


「こいつを全て一口大のブロックにしてくれ、それくらいは余裕だろ?ほらっ、時間が無いから頼むよ。後、野菜もあるからそれも同じくらいの大きさに切ってくれ」


 買ってきた野菜が大量に入った麻の袋を三つ取り出すと、一つは予備だから手を付けるなと指示し、鉄串もありったけ取り出して壁際の作業台に置いて一口大に切った肉と野菜を刺して行く。


肉、野菜、肉、野菜、肉の串と、

肉、肉、肉、肉、肉!の串の二種類だ。


「切り終わったらこんな感じで串に刺してくれ。分かったら作業に取りかかれ、夕食が遅れて叱られるのはお前達だぞ?」


 厨房を占拠されてしまっては夕食の支度など出来ない筈なのに、それでも顔を見合わせてどうする?と目で相談し合うコック達に余程俺は嫌われてるらしいなと半分諦めが混じった時、まさに完璧なタイミングで助け船が颯爽と乗り付けて来た。


「包丁はどこ?」


 いる筈のない人物の声に振り向くと、トコトコと野菜の入った麻袋へと向かい手を突っ込む銀の髪の少女。人参を掴んで取り上げると『包丁早く』と言いたげに俺に視線を送ってくるが、俺が包丁のありかなど知る訳が無い。


「わっ、私もお肉は無理だけど野菜なら手伝えます!」


 何故か対抗心を燃やしてミアの隣で人参を二本掴み取って意気込むノアに笑顔を送ると、せっかく手伝ってくれると言うのだから気が変わらない内にと思い、さっき買ってきた鉄の塊を鞄から取り出すと急いで魔力を通した。

 すぐに茶色の光に包まれた鉄を手早く成形し、魔力と共にイメージを流し込むと包丁くらい簡単に出来上がる。仕上げに薪を一本取り出して持ち手を付けてやれば立派な包丁の出来上がりだ。ちょっとばかり茶目っ気を出して腹の部分に簡単な薔薇の模様なんか入れてみたりしたけどそれくらいちょろいもんだ。


 どうやら鍛冶など初めて見るようで、その様子に目を奪われている二人に近付き台の上に二本の包丁を置くと、流しにあったタライの中に水を溜めてやる。


「野菜は洗ってから切ってくれよ?」


「え、えぇ……分かったわ」


 いつもお澄ましのイメージが強いミアが明らかに動揺した様子を見せた事にクスリと笑うと、それが気に入らなかったようで ムッ とした表情を見せ、持っていた野菜をタライの中に勢い良く突っ込んだので水が飛び跳ねた。

 多分、というか間違いなく仕返しにと狙ってやったのだろう。すぐ側で立つ俺へと飛んで来たが仕方ない奴だなぁと避けることもなく喰らってやった。


「冷てっ!食べ物だぞ?優しく扱えよな。二人共慣れてないだろうからゆっくり手を切らないように頼むな」


 金と銀の髪を両手で同時に撫でると、俺は二つ目の獲物を取り出して中央の作業台の上のせ皮を剥ぎ始める。他にもやる事がある上に七頭もの肉を一人で捌くのは骨が折れるが、時間が無いのは森で “おいた” をしていた自分が悪いので頑張るしかないだろうと思っていたら再び女の子の声が上がった。


「一口大ってこんなんでいいの?全部この大きさ?」


 顔を上げれば細い金の尻尾を揺らして切られた肉を指で摘んで見せて来る赤金の髪の女の子。大きさなど適当で構わないので手伝ってくれる事に感謝しながら笑顔で頷くと、彼女も笑顔を返してくれた。


「ノアっちが手伝うなら私もやらないとねぇ、ましてやミアっちに怪我でもされたらご主人になんて言われるかわっかんないし!あははっ」


「ちょっとちょっとぉ?その言い方だとまるで私は怪我をしてもいいみたいじゃない?」


 ジト目のノアが視線をぶつけるものの何も無い天井を仰ぎコリコリと頬を掻くワズラ、その態度だけで答えは見えたようで包丁を持ったまま泣きそうな顔でワズラに詰め寄っていく。


「そんなぁ、ねぇ嘘でしょ?嘘だと言って!ねぇワズラちゃんっ」

「ノアは怪我の常習者、少しくらい大丈夫」

「えぇっ!?ミアちゃんまで……酷いっ、酷すぎるぅぅっ」

「ノアっち、明日はきっとくるよ!」


 さすがはコック、そんな事を言いつつもノアをほっぽり出すと細かい骨だらけの難しい部位を躊躇無く手に取り手際よく捌いて行く姿は頼もしいとしか言いようがない。

 じゃあ、やりますかと気合いを入れ直そうとした時、またしても女性の声が上がった。


「ワズラがやるなら、私も手伝うとするかね。どのみちこの状態じゃあ夕食なんて作れないしねぇ、単純な料理だけどお客様の提案だ、ご主人様も許可してくださるだろうさ。ほらっ、みんな!ボヤボヤしてないで手伝いなさいっ!夕食遅れたらそれこそ大目玉だよっ!」


 おばちゃんの一言でただ見てるだけだったコック達が我に返ったように動き始め、壁際の作業台でそれぞれ肉を切り始めてくれる。


「若いのにお上手ですな、皮と内臓だけ処理して頂ければ後は私がやりますよ」


 切り分けるのには力が要るところもあれば刃を入れるコツの必要な部分もある。だがそこは流石の料理長、諦めがついたのか、決心が付いたのかは知らないが手伝う気になってくれたらしく、俺の隣に来て微笑みながら台の下に仕舞ってあった包丁を取り出した。


「田舎育ちの冒険者ですからね、こういうのには慣れてるんです。それより、勝手言ってすみません、手伝ってくださってありがとうございます」


「なぁに、こんなにたくさんの食材まで提供されては断ろうにも断れませんからな。それに私共の料理より今夜の食事の方が美味しかったなどと言われてはコックを首にされ兼ねません。私が手伝うのはそんな私的な理由なので貴方が気にする必要はありませんよ、ほっほっほっ」


「では遠慮なくやらせてもらいますんで、解体の方はお願いします」


 二頭目の処理を終えて三頭目を取り出すと、『まだあるんかい!』と驚いた目で見られたが『七頭あるんだけど……』と少しだけ申し訳なく思いもしたが、何せ余ることを見越した百人分なのだ、量が多いのは仕方ない。


 手早く三頭目も処理し終えると切り分けるのに専念している料理長はすでに解体が終わって俺の手捌きを眺めていた。

 『負けてなるものか!』と意気込み四頭目を取り出して丁寧に、だが手早く処理を終わらせると料理長が解体をするのとほぼ同時に作業終了となった。



──料理長と目が合うと カーンッ と試合開始のゴングが鳴った気がする。



 五頭目を取り出し目先の獲物に全神経を集中、丁寧さに気を配りながらも手早く、最速で処理を終えれば僅かながらに俺の方が早く終わっている。

 ニヤリと笑みを浮かべたところで料理長が解体を終わらせて俺へと視線を向けた。


 平然を装いながらも悔しそうな表情の見え隠れする料理長を尻目に六頭目を取り出せば、彼を挑発するべく手に持つナイフで作業台をコンコンっと叩いてやると『小僧がっ!』と聞こえてきそうなオーラを放ちつつ左右に首を振って ゴキゴキ と挑発的な音を鳴らしてくる。

 間違いない、こいつは俺に喧嘩を売っている……ならば負けるわけにはいかない!



「あっ……」



 ノアの切った人参の端が手元から逃げ宙を舞った。それが何故かゆっくり落ちて行くのをしっかりと見届ける二人の男。

 人参の端が床に落ちたのを合図に、二人の手が同時に動き始める。



シャーーッ シャーーッ シャーーッ

ゴリゴリッ ゴキッ!



 二人の作業する音だけが響く厨房はいつしか俺達の様子を固唾を飲んで見守る戦場となっていた。


「ョシャーーッ!終わりっ」

「むぅ、同時か。やりますなぁ」


 残念ながら決着が着かずに勝負は次に持ち越しとなったのだが、最後の一頭は処理し難いので勘弁して欲しい。


 苦笑いで取り出したチョルティーを見てそれを察した料理長は残念そうな顔をしたが、血と肉の脂で ドロドロ になった手を差し出した後に自分の手が汚れている事に気が付いたようだ。

 だが、その時の感情のままに行動するという事をノアから教えられた俺は気にせずに差し出された手を握り返して笑顔を向けると、料理長も同じように笑顔を返してくれた。


 その時、何故か拍手が起こり俺達二人の健闘を称えられたので照れ臭くなったのだが、彼等の作業台には山のように積まれた五頭分の未処理の肉があったので今更ながらに自分の事しか考えずに調子に乗りすぎたと反省する。


 チョルティーの処理を丁寧にやり終えると「余りそうな肉は適当に取って置いて」と伝えて、今度は足りない分の串を作る事にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る