40.バーベキュー大会

「おお、上手に切れているじゃないか。手を切らないように頑張ってくれよ」


 二人で黙々と野菜を切っていたノアとミアに近付くとその一つを摘み眺めてみる。

 食べごろサイズに切られたズッキーニを見て、見上げてくる二人に笑顔を返すとそれを口に入れた。噛むと水分が湧き出しシャリシャリした食感と共に青臭さが口に拡がる……うーんズッキーニ!加熱すると青臭さが抜けて少し甘みを増すので調理後には癖の無くなる美味しい野菜だ。


 不慣れながらも頑張る二人の横に椅子を置き、雑貨屋で買ってきた鉄の塊を取り出すと大量に必要となる鉄串の作製に取り掛かる。なにせ百人、多目に考えて一人十本……え?全部で千本も要るの!?


 一人、悲鳴を上げそうになったが、この作業は誰かに変わってくれと言っても無理な話し。泣きそうになりながらも鉄串程度ならあっという間に出来上がるので、無心で『串、串、串、串、串』と心の中で呪文のように呟きながらひたすら作っていれば目の前には鉄串の山が出来上がっていた。



 視界に赤い物が映るとにこやかに微笑みながら小さなトマトを差し出すノアの手があったので、トマトなんて買ったっけ?と思いつつもパクリと口にする。


「あんっ、ちょっとレイ様?」


 指まで口に入ったので、ついでに悪戯をと思い舐め回して遊ぶと、聞きたかった艶っぽい声が聞こえて満足したところで何故かもう一つトマトが差し出される。


 見上げれば今度はミアの感情の乗らない顔。しかも無言のまま食べろと言わんばかりにトマトを近付けて来るので、ノアと同じように指を舐め舐めしてやると、嫌がるかと思いきや目を瞑り「んっ……」と色っぽい声を出すではないか。


 何の遊びだよ!と一人で突っ込みながらもある程度の野菜と肉とが串に刺された事を確認すると、野菜を切り終わって串刺し作業に入ったノアとミアに別の仕事を頼む。


「ノアは屋敷の全ての人に、今夜の夕食は庭でみんな一緒に食べるから集まってくれって伝えて来てくれるか?ミアは男爵にその事を伝えたらもう一度ここに戻って、串に刺し終わった肉を庭にいる俺のところに持って来てくれるか?」


「了解しましたっ!」

「分かった」


 目を細めて嬉しがる二人の頭をヨシヨシと撫で、厨房に残るコック達に「後お願いします」と言い残して俺は一人庭に出た。




 陽が傾き始めた茜色の空の下、ここらで良いだろうと整えられた芝生の上にいつものバーベキュー台を置くと、残りの鉄を取り出し魔力を通す。

 今日は人数が多い、と言うか、俺自身の生活が変わり貴族の館でやる事の多くなったバーべキューは基本的に人数が半端なく多い。それならばいっそ、と思いバーベキューコンロの大きい物をイメージしてみる。どうせ俺達の鞄は入る量に限りがなく、ほぼどんな物でも入ることだろう。ならば大きい物の方が一度にたくさん焼けて効率が良い。


 出来上がったバーベキューコンロは長さが五メートルはある長〜い物でちょっとやり過ぎた感もあったが、まぁ大丈夫だろう。

 早速薪を並べて火魔法を放つと共に風魔法で火が燃える為の酸素を送り付ける。あっという間に薪に火が付き、魔法を止めても自然に燃え続ける状態となった。


 星が瞬き始めた頃に「準備完了〜」っと、なんとか間に合った事に一人で両手を上げると、ミアが大きな皿に山盛り乗った串肉をトコトコと覚束無い足取りで持って来てくれたので急いで机を出して置いてもらう。


「サンキュー」

「お腹すいた」

「よし、頑張ったご褒美に一番肉をあげよう」


 まだ誰もいない火だけが燃えるバーベキューコンロに二本の串を置くと、でっかい筒に入った塩と胡椒を取り出し適当に振りかけた。すぐに肉の焼ける良い匂いが漂い始め、ミアもその匂いを堪能しようと大きく鼻から息を吸い込んでいる。


 すっかり陽が落ちた庭はだいぶ暗くなっており、肉の焼ける様子を楽しげに見つめるミアの顔が炎に照らされ、なんだかとても魅力的に感じてしまう。


 いかんいかんと首を振る俺を不思議そうに見つめるミアに誤魔化すつもりで笑いかけると、分かりやすいよう左手を空へと伸ばした。

 魔力を纏い光り始める腕、それが手の先へと集まり離れれば、手のひら程の光玉が生まれシャボン玉のように プカプカ と浮かび上がる。


「綺麗……」


 そのまま夜空へと昇って行く光景をポカンと口を開けて見ているミアの横顔が妙に可愛く見えて ドキリ としたところにノアの声がやってきた。


「わぉ〜!レイ様はなんでも出来るんですね!凄い凄いっ!」


 ノアの持って来てくれた準備の終わった串肉の山を見てハッとすると、焼いていた串を慌ててひっくり返す。端の方で焼いていたのでなんとか無事だった肉にホッとすると、今度はいっぺんに七つの光玉を作り出し空へと浮かべた。


 素直に感嘆の声をあげるノアの横で、言葉無くも感激している表情を静かに浮かべているミア。

庭の隅々まで届く程の光に照らされ、ちょっとやり過ぎたなと思い光量を調節すると、焼かれていた串を手に取り味見がてら肉を頬張ってみる。


「ハフハフッ、おっ、ハフッ、焼けてるぞ。ほれっ、食ってみろ」


 食べかけの串をノアに渡し、もう一本はミアに手渡すと、二人とも早速といった感じで可愛らしくフーフーと冷ましながら恐る恐る口へと運んで行く。


「ん〜!美味しいっ!美味しいよ、レイ様!」

「うん、うまっ!」


 本当に美味しそうに食べる二人を見ながら次の串を火にかけた時、屋敷の方から何人もの人の気配がして来たので、適当に串を追加しておいた。




「ハーキース卿、今夜は夕食をご馳走していただけると聞きました。本当によろしかったのですか?」


 いきなり主役の登場にちょっと驚いたが、さっさと来てくれてありがたい。グラスがない事に気が付いたが、ツマミはないけど肉を焼いている間の時間稼ぎにと鞄から机と自前のグラスを八個取り出し、買ってきた中で一番上等のワインを取り出すとグラスに注いでそれぞれに配った。


「エルコジモ男爵、正直に言うと俺はこの館のイメージが良くなかった。ついでに言うと貴方のイメージも同じだ。何処かの金持ちの中年貴族が自分の趣味だけの為に屋敷に獣人のハーレムを作り引きこもってウハウハしてる、そう思ってた。だがこの二日、屋敷を見せてもらって考えを改めなければならなくなった。


 第一に男爵、貴方の事だ。貴方は、その……言い方は悪いが見た目がどうしても悪人にしか見えない。だがその実、この屋敷に迎え入れた獣人を含める奴隷達の良き主人であり、貴族という身分にも関わらず自分の身を削ってまで屋敷に住む人々の生活を守り続けている。獣人など生活が苦しくなれば手放して仕舞えば良いのに、それをせずに、だ。


 第二にこの屋敷に住む人々についてだ。この屋敷では獣人、人間、奴隷、身分を感じさせる事なく皆が仲良く平和な時を過ごしている。俺は正直感動した。世界中がこの屋敷の人間のように獣人のことを差別する事なく暮らす事が出来たら、そんな夢みたいな事を想像させてくれた。

 でもその夢が、夢で終わらなくても良いように、俺はこの屋敷の存続に力を貸したいと思う。だからこの屋敷に住む者には、世界の手本となれるように今まで以上に種族、身分を超えた人間関係を築いて欲しいと願う。


 俺のささやかな助力の手始めとして、冒険者じみていて申し訳ないが、今夜の夕食を用意させてもらったので存分に心ゆくまで食べてもらいたい」


「きゃぅ〜っ!レイ様、素敵っ!!」


 ノアの冷やかしとも取れそうな言葉に、喋ってる間に集まった屋敷に住む人達からパラパラと拍手が漏れ出すと、それに釣られて拍手の波が大きくなって行くのでなんだか恥ずかしくなり火にかけていた肉をひっくり返すと、もう一つ机を取り出して大量のワインを取り出し次々と栓を抜いた。


 メイドさんが手伝ってくれて人数分の大量のワイングラスにそれぞれワインが注がれ全ての人に配られると、今度はエルコジモ男爵が喋り始める。


「皆、聞いたか?ここにいるハーキース卿はサルグレッド王国第二王女であらせられるサラ王女殿下の婚約者である。そのハーキース卿が我々の考えに共感し援助を申し出て下さった。これは天が我等に与えてくださった救いに違いない。


 残念ながらこの館にいる獣人はほぼ全て私の好みで選んだ娘達だ。私の力が足りなく選ばざるを得なかったとはいえ、この屋敷に来て共に力を合わせて生活して来た仲間だ。

 この先の世界がこの屋敷のように皆平等に生きられる世の中になれば良いと私も願うばかりだが、いくらハーキース卿のお力といえどもなかなかに難しいだろう。


 だが、我々は我々でこの屋敷で生活する事に全力を尽くす義務がある。それは先程ハーキース卿も仰られたように、世界の先駆けとなって手本を見せる為だ。その為にもこれからも共に仲良く皆で協力して暮らしてくれと私の方からお願いしよう、よろしく頼む」


 男爵の掲げたグラスに合わせて屋敷中の人間が持つ総勢百のグラスが掲げられ、彼の「乾杯」の言葉に続き狂気にも似た大きなの乾杯の声が静かな屋敷の庭に響き渡った。



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