41.襲来

 バーベキューも終わりに近付き、コック達がこれでもか!と用意してくれた串肉の殆どが皆の胃袋に収まった頃、俺の膝を枕にして唸り声をあげる一人の酔っ払いがいた。


「レイしゃま……お腹、お腹がくるひぃのぉ……お願い、たしゅけてぇ」


 ブレスレットの着けられた左手をオデコに当ててウンウンと唸る金髪の少女。そのブレスレットは丸い形の透明な宝石を紐で通しただけのシンプルな物で、買い物に行った際に何か欲しいものがあるかと聞いたところ、即答で俺のと同じのが良いと言い出したので似たような感じのを探して買ってプレゼントしたのだ。


「自業自得」


 その様子を横目にワイングラスを傾けていた銀狼の少女がおもむろに空を見上げるので釣られて見てみるが最初よりもっと光量を落とした光玉が浮かんでいるだけだった。


「魔法、凄いのね」


 何を指してそう言ったのか理解出来ず、ミアの美しい横顔を見つめていると、視線が戻って来て目が合った。


「闇魔法も使える?」


 使えるには使えるのだか、俺の使う闇魔法は特別なモノ。返答に困るので内緒にしておこうと首を振るとつまらなさそうに「そう」と返事が返ってくる。


「何故、旅してるの?」


 旅をしているなどと言った覚えは無い、というよりミアとはあまり話しもしていなかったな。


「大魔王を倒しに行くんだ」

「ぷっ、あはははははっ!」


 女神を殺すとか言っても説明面倒だし、冗談混じりのナイス返答だと自分でも満点を付けた。だが、そんなふざけた答えを本気にしたのか、単に会話のネタに良いと思ったのか、笑いが収まったミアは普段より若干笑顔になり、その話に乗ってくる。


「大魔王は強いの?」

「あぁ、とても強いらしい。なんでも普通の武器では倒せないらしいんだ。それに人間の力だけでは到底太刀打ち出来ないらしい」

「らしい……か。誰が言ったの?」

「悪魔だよ」

「ぷっ!くくくくくくっ!あははははっ」


 そう、俺にそれを教えたのは七百年も八百年も生きている伝説の悪魔……じゃなかった魔族。まぁ似たようなもんだろ?神に敵対するのは悪魔の所業……ってな。


「その悪魔とは友達なの?」

「ああ、俺はその悪魔に育てられたんだ」

「ってことは、レイしゃまも悪魔なのれしゅか?」


 不思議そうな顔をして文字通りぽっこり膨らんだお腹をさすりながら下から見上げてくるノアの髪を撫でてやる──ミアは違うだろうがお前は本気にしていそうだな。


「うーん、どうだろう。でも俺の中には悪魔の欠片があるから、どうかと聞かれたら……今は人間だと答えるのが正解なのかな」


 なんだかだんだん本当の事を話している気になって来たが、真相を知らない彼女達にとっては俺の勝手な作り話に思えることだろう。その証拠にミアは大して驚いた様子も見せていない。


「人間の皮を被った悪魔さん、貴方は大切なモノを奪われたとしたら……どうする?」

「そうだな……正体を晒してでも力ずくで奪い返すぞ」

「例えその人に嫌われても?」

「ああ」


 あれ?その人?大切なモノって人間限定だったのか。まぁ、何にしても奪い返す事には変わりないだろうな。


「じゃあ、それが貴方の大切な人の友達でも?」

「なんだよ、それ。でも答えは変わらないぞ。大切な人の悲しむ顔が見たい奴なんていないだろう?」

「ふふっ、そうね」


「レイしゃまはノアが攫われたら助けに来てくだしゃいましゅか?ノアは、レイしゃまの大切なモノでしゅか?」

「もちろんだよ」

「レイしゃま〜っ、大好き!」


 手を伸ばしてキスをせがむので顔を近付けるが届くはずもない。我慢できずにノアが身体を持ち上げようと動くと「ウプッ!」とヤバイ声を出したので慌てて止めた。


「ラブラブね」

「何だよ、羨ましいのか?」

「……えぇ、嫉妬で可笑しくなるほどに」


 予想してた答えと違うので「お?」と思った時、待っていた客が訪れた事に気が付き俺の心に深く住み着いたノアとの別れが頭を過ぎった。



──俺はノアと離れたくない



「少し用事が出来た、ノアを頼んでも構わないか?」

「わかった、気を付けて」


 まるで俺が何をしに行くのか分かってるかのような感じですぐ隣へと移動してきたミアが心配そうに手を伸ばして来る。それにどう対応しようかと迷ったが、手を握り返してオデコにキスをするとノアの頭をそっと地面に降ろした。


「じゃあ頼んだ」


 屋敷へ行きかけたがミアからの返事がない事に気が付き「あれ?」と振り返ると手を胸に抱き ボーッ としている。


「ミア?」

「……なに?」

「何って……ノアをよろしくな」

「わかった」


 さっきまで普通に会話してたというのに突然どうしたんだろうとミアの事まで心配になるが、屋敷の敷地内ならまず危険は無いだろうと勝手に納得し目的地まで急いだ。



▲▼▲▼



 久しぶりに飲むと言うワインが入ったせいか、そんなに遅い時間ではないというのに屋敷の中は静かなもので、足音を立てないようにと風の結界の上に乗り目指す食堂へと到着する。


 食堂など夕食が終われば後片付けのメイドさんが掃除をするくらいで誰も入り込む者など居はしない。だが、今夜は早い時間帯に訪れた深夜の来客は人気の無い食堂を通り越し、昨日ジェルフォが守っていた扉の奥へと歩みを進めたようだ。


 魔力探知で食堂の中から隣の部屋へと魔力を通して様子を伺うものの奴はそこには居ない。んぉ?と疑問に思うのも束の間、奥の部屋から降りるであろう地下室に張られていた結界が解かれているのに気が付く。

 昼間盗聴をした時に地下室の存在は気付いていた。結界が張られていてあからさまに怪しかったのだが中の様子が分からないので一先ず放置していたのだ。


 結界などという超高価な魔道具を使ってまで隠したい、もしくは守りたい物がある。そこに入り込んだであろう密売人。そこまでくれば考えるまでも無く、地下室に居るのが獣人である事が否応無しに想像出来てしまう。



 今も尚、密売という犯罪に手を染めている男爵に溜息が出る。いや、溜息しか出ない。

 さっきはカッコいい事を言っていたのでちょっと見直したのだが、その裏ではコレである。自分の立場というものを弁える事は出来ないのだろうか?屋敷の人間の未来はどうなる?


 どうせ地下室に居るのは男爵の目に止まるような珍しい獣人なのだろう。何故他の者と同じように屋敷に迎え入れずに地下室に閉じ込めておくのかは謎だが、コレクションしたいという自分の欲求を抑えられないものだろうか…………沢山の妻と婚約者が居ながら会ったその日にノアを抱いた俺に言えた事では無いのかもしれないのだが……はははっ……はぁ、反省。



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