42.比例する幸と不幸
「!!!!!!」
男爵に対する憤りを覚えつつ奥の部屋への扉を開けた所で、本棚の奥に隠された階段から出てきた黒ずくめの男と鉢合わせるという三文芝居のような状況。考え事をしていて魔力探知を怠るとは間抜けもいい所、これでこいつを取り逃したりしたら目も当てられない!
顔の全部を黒い布ですっぽり覆い、鋭い眼光を放つ切れ長の目だけが見えているのだが……あれ?この目、何処かで見たような?
ジェルフォから聞いた文字通り全身黒ずくめの男は一瞬の躊躇の後にすぐに魔力が膨らむ。
「やべっ!!」
その速さたるや一級品で俺の実力を持ってしてもほんの僅かな差で攻守が決まり、出遅れた俺は防御に回らざるを得なかった。
咄嗟に作り出した風の壁、即席とはいえそう簡単に破られるほど俺も弱くはない。
「くっ!」
だが残念ながら相手の方が一枚上手だったらしく放たれたのは光魔法。俺を倒すつもりなど最初から有りはせず、目くらましの為に光魔法では一番初歩的な辺りを照らす為の光玉を作り出しただけだった。
簡単な魔法ほど発動は早い、その特性をキチンと理解し尚且つ咄嗟に使ってきたのは賞讃に値する。
風壁は空気を振動させて伝わる音や、通常の空気とは異なる匂いは遮断出来ても光となるとそうも行かない。膨大な光に包まれ視界がゼロになるほどの光撃に晒され、まんまと逃げられるという短い間隔での二度目の失態。
だが、窓が開いているとはいえ奇妙な事に奴の気配が一瞬にして消えた。
光撃による奴の魔力によって部屋にあった俺の魔力が吹き飛ばされた事もあるが、それにしてもすぐさま再開した魔力探知にも引っかからない程の逃げ足とは……
こうも鮮やかに逃げられては追う事は不可能、ならばと地下に何があるのか確かめておこうと思ったのだが……既に本棚は元の場所に戻ってしまっており、黒ずくめの手際の良さに「完敗だ……」と頭を抱えた。
悪い事は重なるモノで何処かにスィッチがあるはずと思いキョロキョロと探してみるもののそれらしき物は見当たらず「何やってんだ、俺」と自暴自棄になりかけたのだが、そのときだ。
隠し扉の仕掛けを探して扉となるであろう本棚の周りを隈無くチェックしていると、どこからともなく良い匂いが通り過ぎる。
──ん?どこかで嗅いだ匂い……
どこだったか思い出せずに残り香的に漂う匂いを求めて犬のように鼻を鳴らしながら隠し扉の周りを重点的に嗅いで行くと……あった!みつけた!
本棚と本棚の繋ぎ目の更に床スレスレの辺り、空気と混ざり合いすぐに消えて無くなってしまったが、ほんの少しでも記憶を掘り起こすには十分な匂い。これが何だったのか理解出来ると黒ずくめとも一本の線で繋がってくる。
それにしてもここから臭うということは、この匂いは地下から漏れ出している?だがそれ以上嗅いでも匂いがする事はなかったので出所の確信は持てなかった。
だがもしかして、この匂いを消す為に窓を開けていたのだとしたら……この匂いが重要な鍵となる筈だ。
──悪い事が重なれば良い事も重なるのが世の常。
俺は気付いてしまった。黒ずくめの最大の失敗に……奴は慌てるあまり扉は閉めたが鍵をかけ忘れている、つまり、結界が張られていないのだ。
このチャンスを逃すわけも無く、さっきまでの敗戦ムードから一転して勝ち誇ると ふっふ〜ん と鼻歌混じりに魔力を練り『行けっ!我が下僕!』とミアに語った人の皮を被った悪魔を演じて左手を掲げると魔力を解き放つ……いかん、調子に乗っている。
そんなふざけた事をしていてもやるべき事はやっている。空気に溶け込んだ俺の魔力は地下へと侵攻し、そこに隠されているモノを捉えると衝撃が俺を襲った。
「こんな獣人もいるのか」
囚われていたのは聞いたことも無いような超レアだろう獣人、これで男爵の密売は確定した……地下に居る彼女には申し訳ないが「明日助けるから」と心で呟き今日はそのままにしておく事にする。
黒ずくめの鋭い目、地下からの匂い、記憶の曖昧な娘、そして地下に居る珍しい獣人。俺の中でバラバラだったパズルのピースが嵌まり込み一つの絵を形成して行く。
最大の証拠となる地下の獣人を処分されては敵わないので、誰かにバレる前に窓から外へと飛び出すと左耳の通信具に魔力を送った。
「あ、リリィ、頼みがあるんだ……」
▲▼▲▼
昨日の晩の事を追求され思わず「何も無かった、大丈夫だ」と答えてしまった事に後悔しながら、どっと押し寄せた疲労感を引き摺り部屋へと戻ると灯りはついておらず真っ暗だ。まだ庭で唸ってるのかと思い魔力探知で庭の様子を探ろうとした時、ベッドが膨らんでいるのが目に入る。
もしかしたら明日でお別れしなければいけないかも知れないと言うのに “今日はおあずけ” かなと少し……いや、かなり残念に思いつつも寝ているノアを起こさないように静かに風呂へと向かった。
「レイしゃま〜……」
風呂から出るとそんな寝言が聞こえて来たので『まだ酔っぱらってるのか?』と呆れて笑みが溢れる。昨日に引き続き酔潰れるとはこれがノアらしさなのかなと考えながらも隣に潜り込む。
背後から首の下に手を入れて抱き付くと、驚いた事に衣服を着ていない。更に石鹸の匂いがする事からお風呂に入った事が分かった。酔っ払ってる癖に準備万端かよとちょっと嬉しくなったが寝てしまっていては仕方がない。
そんなドジっ子加減にもノアらしさを感じ、愛おしくなって抱き締めると目が覚めてしまったようで、もぞもぞと身体を回転させてこっちに向き直ると手を首に回してキスをしてきた。
「レイしゃま、やっと帰ってきました。ノアは待ちくたびれて寝てしまうところでしたよ?レイしゃまぁ、今日も天国へと連れて行ってくだしゃいますかぁ?」
寝てた癖にと微笑みつつ「ノアが望むなら」と返事してキスをした。
仄かに石鹸の香る スベスベ の肌を頬で堪能しつつ胸に顔を埋めた時、二人しか居ない筈のベッドなのに背後から柔らかな感触が抱き付いて来て心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「ぅえ!?」
慌てて振り返れば月明かりに照らされた白い肌を晒す銀髪の少女の姿。
驚きのあまり言葉が出ないでいると、片手で頬杖を突き、淫靡な目付きで舌舐めずりをする姿に思わず叫んでしまった。
「おっ、お前!何してるんだ!?」
「声、大きい」
誰のせいだよ!と叫びたくなったが、誰かに来られても気まずいので仕方なく声のトーンを落とす。
「何でミアがここに居るんだよ」
「あら、いけない?」
「しかも何で裸なんだよ」
「……野暮な男」
「いいから部屋に帰れよ」
頑として居座るつもりなのか変わらない態度に焦りを感じ始めた時、俺の着ているガウンを脱がそうとノアの小さな手が動き始める。
「レイしゃまぁ〜、はやくぅ」
ニヤリと笑いを浮かべたミアも一緒になりガウンに手をかけるので一瞬戸惑ったがミアの手を捕まえると、変わらない表情で視線が俺に向く。
「女の初めては特別なモノ、愛する男と二人きりで幸せを感じられたら最高よ」
「そうだな、でもそれがどうした?」
「昨日は遠慮してあげた。でも、今日、遠慮は要らない」
「意味が分からない、遠慮しろよ」
「ノアは良くて私がダメなのは、何故?」
「そ、それは……お互い好き合ってるから……」
脱がし終えたガウンを ポイッ とベッドの外に放り投げると背を向けたままが気に入らなかったようで俺の上に覆いかぶさってきたノア。
「あれれぇ?ミアちゃん居たのぉ?レイしゃま、知ってました?ミアちゃんもレイしゃまの事が好きなのれすよぉ?うふふっ。私と同じれすね〜。今日はミアちゃんも一緒に天国に行くれすかぁ?」
「ノア、おしゃべり」
「えへへっ、良いではないか、良いではないかっ」
「……ばか」
ミアを容認するかの発言に驚いていれば、顔を隠すようにして小さく丸くなったミアが俺の胸に頭を押し付けてくる。
同時にノアが俺の背中に抱き付くので柔らかな感触が背中に押し付けられる。その上、首筋に唇を這わせて来るので俺の男はヤル気満々でそろそろ我慢出来なくなりそうなので勘弁して欲しい。
「ノアは好き、でも私は嫌い?」
「それは……」
「私の身体じゃ抱く価値はない?」
「……」
感情の読み取り辛いミアの声、見上げてきた水色の瞳はほんのり赤く潤んでおり涙が溢れた後だと一目で分かってしまった。
ミアの事は嫌いじゃない、寧ろ好感は持っている。かといって好きかと言われたらノアとは違う。口数も感情の揺らぎも少ないが、顔も身体も性格も含めて魅力的な美しい娘で、彼女が聞いたように抱く価値が無いわけがない。ただ一つ引っかかるとすれば、全ての雰囲気がルミアに似ているという些細な事くらいか。
「後悔しても……」
「後悔した。昨日こうするべきだった」
「レイしゃまぁ〜、三人で天国に行こぅ?」
この状況でミアだけ断る事が出来るのは神か、若しくは悪魔くらいのものだろう。
ノアの一言で俺の心にかかっていたブレーキが外れるとミアの頬へと手を伸ばした。
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