37.行動開始
頬をくすぐる柔らかな毛の感触で目が覚めると、重力に負けて力無く横倒しになっているキツネ耳が目に入る。
「んぁ……レイ様……もっとぉ……」
可愛い寝顔から漏れる魅惑的な寝言を聞いてしまったからにはご期待に添えないとまた意気地なしと言われてしまう。
それならばと丁度近くにある獣人の弱点とも言えるシンボルに極々弱く甘噛みをしてみると、甘美な声を上げて ビクッ と震えた。
「ぁはぁっ!…………レイ様!?何を……」
パチリと開いた金の瞳は驚きを見せていたが、その奥には何かを期待する気配が見え隠れしている。そらならばと、少しばかりトラウマになっていそうな意気地なし発言が飛び出す前に行動をと思い、ノアの身体に火を付けるために首筋に唇を這わすが予想に反して思っていたような反応が無く、なぜか背中を叩かれる。
「なに?昨日で満足したの?」
顔を上げると口元に手を当てて丸い目を更に丸くして後ろを指差すので『何ぞ?』と振り返れば俺まで目を丸くする羽目に。
「気持ち良かった?」
両手で頬杖を突き俺達を観察するのは銀色をした犬耳を ピクピク と忙しなく動かす水色の瞳の推定少女。だが、見た目に反して要所要所で見せる仕草に色気が漂い、少女とは違うことを如実に物語る銀狼の娘。
「なんでここにいるんだ!?」
つまらないといった感じでムクリと起き上がるとノアと同じフサフサの尻尾が俺の頬を撫でる。あれ?と思ったときには既に答えは出ており、俺を眠りから覚ましたのが腕を枕に寝ていたノアではなくミアの尻尾だったのだと理解させられた。
「ご飯、食べるでしょう?」
ぴょこんっと音が聞こえてきそうな仕草でベッドから飛び降りると、それ以上は何も言わずに背を向けたままおもむろに扉を開けて部屋から出て行ってしまった。
「どうしよう……バレてしまいました」
あれだけ強気に攻めて来た昨日とは打って変わってそんなセリフで青い顔をし始めたノアを抱きしめ口を塞いでやる。
「ほら、いっぱい運動したから腹減ったろ?ご飯行くぞ。俺がこの屋敷にいる間はお前は俺のモノなんだろ?だったら俺が守るのがスジってものだ。分かったら服を着ろよ」
服を着ようと身体を離した俺の背中に抱き付き「大好き」と呟く彼女の声に『帰ったらどうなるんだろ……』と少し心配になったが、そんなことを考えても今更なので素直に怒られようと心に決めた。
二人で食堂に行けば既に朝食を取っていた男爵からの “娘を取られた父親のような視線” を浴びせられたが『一晩貸そうか?』と聞いたのはお前だろと勝手に納得して華麗にスルーしてやった。
ごく普通の日常会話で食後のお茶まで楽しむと「屋敷の中を見せてもらう」と言い残しノアを連れて食堂を出る。
「あれ?お屋敷を見るのではなかったのですか?」
二人して外に出ると、昨日耕していた畑の前で庭師の人達が皆同じ動きで身体を伸ばしたり筋肉をほぐしたりと作業前の準備体操をしていた。毎日やっているようで男も女も、人間も獣人も、一糸乱れぬ、とは行かぬまでも大体そろった動きをするのでちょっとばかり関心しながらも、昨日昼寝していた木にもたれ掛かり、ノアも俺にもたれ掛からせて抱っこした形で腰を下ろした。
「レイ様、私幸せです。例え限られた時間だけとはいえ大好きな人とこうして過ごせるなんて、最高に贅沢です」
「俺が屋敷を出たらどうするつもりだ?」
「もぉっ!そんなこと今は言わないでくださいっ」
「ごめんごめん、悪かったよ」
「仕方ない人ですね、許してあげます」
「おいおい、それじゃあどっちがペットか分からないぞ?」
「ゴロニャーンッ」
「お前、猫、違うしっ」
「えへへっ、バレましたか」
断っておくと、そんなイチャラブをしながらも俺は俺でしっかり目的の行動はしている。決して、まだノアと離れたくないからと言って ダラダラ とした寄生生活をしている訳ではない。
もしもこのままここに居る時間が長引けば後で締め上げを喰らうのは目に見えている……と、いうか既に手遅れな気がしないでもない。
だがしかし、ノアと一緒の時間を過ごしたいと願う俺の矛盾した思いが『早く帰らねば』『いやもう少し』とせめぎ合いを起こしていた。
──そんな俺がしている行動とは、所謂 “盗聴” だ
俺の風魔法で作った結界は触れた物を魔力で繋がる俺へと教えてくれるようになっている。これは直接触れた物だけでなく空気を振動させて伝わる音をも拾うので、ある程度近くで会話をしていれば丸聞こえなのだ。
これを利用し屋敷全体でされている会話を聞いてやろうと、誰にも気付かれないように薄く伸ばした風結界を屋敷の壁に張り巡らせたのだ。壁に這わせる形で作っておいたので、部屋への出入りが出来ないとか間抜けな事はなく完璧な盗聴が可能となっている。
本来であればプライバシーを重んじてこんな事はしないのだが、屋敷の事を聞いて回っても余所者の俺なんぞにまともに話してもらえるとは到底思えないので苦肉の策というわけだ。
(あの人、今日も帰らないつもりかしら)
(そう邪険にするんじゃない、そのうち飽きて帰ると言い出すさ)
(でも、大事にとってあったワインもあんなにガバガバと飲まれては……)
(そうですよ!フラース様の誕生日祝い用のワインなのにっ!)
(これこれ、ワインなどまた買えばいいんだ。あまり人の事を悪くいうものではないよ)
(買えばって……フラース様、そんなお金は無いから皆節約しているのではないですか)
(その為に花壇を潰して畑を作っているのでしょう?)
(そうだな、皆には苦労をかける……)
フラースってどうやらエルコジモ男爵のファーストネームのようだな。それにしてもジェルフォの予想よりも遥かに金に困っているようだ。この様子ならばこれ以上密売に手を染めることもないんじゃないのだろうか?
それでも、密売人との繋がりがある限りいつ行動に移すかは分からない。それがバレて奴が捕まったらココの獣人達はどうなるか、とか考えないのだろうか……分かっていても止まらないという事もあるし、他に理由があるのかもしれない。取り敢えずの目標として俺は深夜に訪れるという男を待つとしよう。
──でも、その前に……
「ノア……あれ?ノア?」
返事が無い事を不思議に思いまさかと覗き込むと、盗聴に集中していたのでかまってもらえなくて暇になったのか、いつのまにか可愛い寝息を立ててすぴーすぴーと寝ていやがる。
──昨日に引き続き仕事中に寝るとはいい度胸だ
時折 ピクピクッ と動く目の前にある三角のモノにカプリと喰らい付くと、余程驚いたのか ビクッ と大きく身体を跳ねさせて飛び起きたので爆笑していたのだが、振り返ったノアは頬を膨らませてにじり寄ってきた。
「もぉっ!いきなり何するんですか?いくらレイ様でもやって良い事と悪い事がありますよっ!」
「ほぉ、お世話する対象をほっぽり出して勤務中にお昼寝するのはやって良い事なんだ、へ〜、知らなかった知らなかった」
「うぐっ……申し訳ありませんでしたっ!」
俺が本気で言っていないのを分かって不貞腐れたように吐き捨てるので、膨れっ面を胸に抱き寄せ頭を撫でてやると幸せそうな顔にコロッと早変わり。
あ〜あ、俺の心はすっかりノアに捕らわれたなと苦笑いを浮かべつつ、みんなにどう説明するかと本気で考え出したとき、今やろうと思い立った事とは違う事に気が付いた。
「っじゃなくてさ、調理場は分かるよな?案内してくれよ」
「調理場……厨房ですか?もちろん分かりますけど何しに行くのですか?」
「そんなの見学に決まってるだろ?」
「はぁ……見学ですか。それよりここでこうして……あいたっ!」
イチャラブも捨て難いが少々やりたい事が見えた。公然とサボりたいと言い始めたダメなメイドのキツネ耳の間に手刀を叩き込むと、たいして痛くない筈なのに両手で頭を押さえて大袈裟に痛がる。
しょうがない奴だなと微笑ましく思いながらも立たせてキスをすると、それで満足したのか俺の腕に飛びついて来る。メイドとしてその格好でいいのかと疑問にも思ったが、俺も密着度が高い方が嬉しいので文句など言うことなく歩き始めた。
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