29.カナリッジのその後
「ティナさんや、ちょっとおいでなさい」
一番の心配どころだったテツの元へ向かう途中、そう広くない風の絨毯にみんなで乗り込んでいるので俺とサラの会話が聞こえていない筈はない。
何故呼ばれたのか分かっている様子で ビクッ としたティナは、膝を抱えて座ったままの姿勢で尺取り虫のようにズリズリと這い寄って来ると引き攣った笑顔をどうにか保とうとしている。
「俺がどうして三人一組にしたか理解してないわけじゃないよね?
別にみんなの実力を信じてない訳じゃないけど、万が一にでも危ない目に遭って欲しくなくてわざわざリリィとモニカに面倒見てやってと言っておいたのも聞いてたよね?
そりゃ〜ね、俺が不覚を取ったのも悪いよ。えぇ、それが一番の原因ですとも。でもね、リリィとサラが俺の所に来るとなればティナも一緒に来なきゃおかしいよね?
サラの話によるとティナの事が一切出てこなかったんだけど、一体全体何処で何をしていたのか説明して欲しいなぁ、なんて思ったんだけど?」
「え〜っとぉ……ほら、緊急事態だったじゃない?役に立ちそうもない私は置いて二人で行った方が早いかなぁなんて思ってね、もちろんレイが心配だったし後から一人で向かったのよ?
でも、ほら、気が付いたら港の方に出ちゃったみたいで……道、間違えたのかな?
そしたら偶然にも好き放題暴れてる魔族が居たもんだから、ついカッとなっちゃってさ、レイもよくあるでしょ?
そのまま流れで魔族と戦う事になっちゃってさ、ははははは……」
立てた人差し指の先から緑色のロープが飛んで行き両手と両足に絡みつくと、呆気にとられるティナを余所に風の絨毯へと大の字に固定した。
「ななななな、なにっ!?」
鞄から取り出した五本の羽をみんなに渡すと、意図を察して ニヤリ としたちょっと危ない笑みを浮かべてティナの周りを取り囲んだので準備万端だ。
「そうかそうか、そういう事もあるかもしれないね。それで単身、魔族二人と魔物を十体も倒す大手柄を立てたんだね?でもさぁ、それでも結果として約束を破ったことには変わりないわけだ。
意図的に約束を破ったのなら、お仕置きをされる覚悟はもちろん……あるよね?」
「嫌っ!嘘でしょ!?ちょっと止めて……ねぇ、みんな本気じゃないわよね?ね、ねぇってば」
パチンッ
俺の指の音が静かな空に響き渡ると、五枚の羽が一斉に動き始める。
ある物はティナの脇を、ある物は太腿の内側を、ある物は靴を脱がした足の裏を……
「あははははははははっ、止め、止めてっ!あははははははっ、あはぁんっ、きゃははははっ!お願いっ!あははははっ!もぉっ、お願……きゃはっあははははははははっ。んぁぁはぁん!?あははははっははっ、おかっ、おかしくなる!ぎゃはははははははっ」
身動きの取れない身体の敏感なポイントばかりを柔らかな羽で刺激されれば、お仕置きと言う名の拷問に耐えかねたティナの喘ぎ声混じりの笑い声が青空に響き渡り、それは目的地である魔物討伐隊の宿舎に着くまで続く事となった。
△▽
腹の傷もすっかり癒えたテツは他の隊員達に混ざり壊された船の修理を手伝っていた。声を掛けるとテツを先頭に強面の隊員達が一斉に頭を下げるので、他の船や、近くで建物の修理に当たっていた町の人達から痛い視線を向けられる事となり慌てて止めさせる。
あの後すぐに駆けつけたサラの魔法で傷を塞いでもらうと、一緒に居た二人と共に一度町を出たのだと言う。五十名の隊員の内二人が逃げる町の人を身を呈して守り還らぬ人となったが、他は皆大した怪我もなく無事だったようでミレイユを無事に帰した事に改めて感謝された。
町の女性達に混ざり港の復興に従事する人達の為の炊き出しを手伝っているというミレイユにも挨拶をと思ったのだが、清々しいほどの姉御肌は天性のようで変わりはしないくせに、出会った時のトゲはすっかり無くなり普通の町娘のように柔らかくなっており、一緒に居る人達ともすっかり馴染んで楽しげに料理していたので声は掛けずにその場を後にした。
襲撃から二日経ったカナリッジの町は意気消沈するどころか逆に活気に溢れており、壊された建物の瓦礫を運び出したり、半壊した建物の修復に取り掛かったりと町の人達が一丸となって元の生活を取り戻そうと努力している。
そんな町の中心部は特に被害が大きく、殆ど瓦礫の山と化して見るも無残な有様だったのだが、たった一日でメインストリートに散らばる瓦礫は撤去されており、馬車すら通れるようになっていたのには驚かされてしまう。
白さの目立つ瓦礫の山の前に見知った姿を見つけて近寄ると肩を叩いてみる。
振り返ったミツ爺は難しい顔をしていたが、俺の顔を見た途端に微笑みを浮かべたにも関わらず次の瞬間には申し訳なさそうな顔となる。
「不覚にも魔族の魔法に負け、レイシュア様に刃を向けた私をお許しください」
四元帥といえば魔族の最高幹部、その一人であるジャレットの魔法に屈したとて誰がそれを責められると言うのか。
それなのに深々と頭を下げられてしまったので慌てて止めさせると、あの時傷付いて倒れていた二人組がやって来て三人して頭を下げ始めるので収集がつかなくなる。
しかも再三の説得の末にミツ爺が頭を上げたのは十分ぐらい経ってからの事だった。
「それで、何を悩んでいたの?」
「いえ、実はですね、折角の機会なので店舗の改装をと思ったのですが突然の事で何も考えておりませんでしたので、どうしたものかと悩んでおりまして」
「ふぅ〜ん、今までの間取りはどんな感じだったの?」
書くものも全ては瓦礫の下に埋もれている現在、一本の棒切れを拾ってきたミツ爺は薔薇の交響曲であった瓦礫の山の前の地面にガリガリと間取り図を描き始めたのをみんなで頭を突き合わせて眺める。
「大まかですがこのような感じが以前の建物でした。ですが、一階部分は良かったのですが二階より上では厨房からの動線があまり良くなく、従業員達から不満が上がっていたのです」
何を思ったかミツ爺の手から棒を奪い取った偽リリィは、地面に描かれた見取り図のすぐ横にガリガリと似た様なものを描き上げると真面目な顔で自分の意見を話し始める。
「これまでの間取りだと客の足取りを優先してコレがこうなってると思うんだけど、そうじゃなくてココをコッチにやると……」
「ふむふむ、ですがそれだとお客様が……」
「多少でしょ?そんなことよりココをこうすると……ってメリットが……」
「と、言うことは……」
はっきり言って聞いてても何がどう良いのかよく分からなかったのだが、偽リリィの意見を食い入るように聞くミツ爺はアレやコレやと質問を繰り返し、いつしか二人だけの世界に入り込んでしまっている。
暇になったので顔を上げると否応無しに瓦礫の山が目に入る。間取りはどうであれ立て直すにはまずは瓦礫をなんとかしないと始まらない。
「トトさま、何をするのですか?」
瓦礫へと歩き出した俺に雪が寄って来たので抱き上げると、ニッ と意味深に笑みを浮かべて分かりやすい外壁の欠片を一つ拾い上げる。
「実験だよ」
当たり前のことだがピンと来ない様子で首を傾げる雪に頬を擦り寄せると、拾った欠片を握り意識を集中させ始めた。
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