37.スパルタ教育
いつのまにか姿を消したフラウには別れを言いそびれたが、ロンさん以下、宿の従業員に見送られてリーディネの町を後にすると、目的地はいよいよ大森林となった。
連続で立ち寄った海の町ともしばらくはお別れで、進路を北東へと向けたサラの運転する魔導車はいつもより早い速度で平原を爆走して行く。
何故サラが運転をしているのかと問われれば、俺が運転出来ない状態にあり、尚且つそれをいい事にタイミング良く運転手の名乗りを上げやがったからだ。
じゃあ、俺は何故運転が出来ないのかと言うと、狭い魔導車内でララを背後から抱きしめて甘〜いひと時を……と言うわけではなく、彼女を膝の上に乗せているのは魔力を共有するのに接触が必要だからというだけで、昨晩の失態を責められ闇魔法の特訓を強いられているのだ。
「ちっがーーうっ!何度言ったら分かるの!?このすかぽんたん!イメージを持ちなさいっ、イメージをっ!相手の魂の支配権を奪い、身体も支配下に置くのが闇魔法。闇の魔力に飲み込まれた相手の意識を奪い眠りに就かせる、たったそれだけでしょ?」
出来るララは言うだけなので簡単だろうが、意識を奪えと言われても火や水のように目に見える物を創り出すのとは根本的に違うのでイメージも沸かない。
だが実際に俺の魔力を操りアリシア、ライナーツさんを眠りに就かせたのだから出来ない筈はないのだ。
「次の被験者はジェルフォよ、ヤリなさいっ!」
「ララ殿……」
被験者とか言われて頬が引き攣ったのは人として仕方の無い事だろう。可愛そうな生贄に向かい不出来な闇魔法を飛ばしてみるが、残念ながら三人目の被験者であるジェルフォにも変化は無い……。
「あーーーーっ!もぉっ、やる気あるわけ!?今夜もモニカを苦しませたいの?サディストなの?アンタ、虐めて楽しむタイプの人間なの!?貴方ケダモノね。ゴミよっ、クズよっ、最低よ!ヤル気あるのならいい加減に覚えなさい。こうよ、こうっ!」
熱心に教えてくれるのは良いが、ララが教えてくれている事と言えば魔力をどう扱うのか。
それは自分の魔力を他人に使われるという奇妙な体験をすれば感覚的に分かるのでそこを真似るだけなら可能なのだが、肝心の魔力に載せるイメージというものがサッパリ分からない。
アリシアに寄りかかりスヤスヤと眠った三人目の被害者には可哀想だが、ただのヤラれ損だ。
「イメージつっても何をどうイメージするんだ?相手の寝顔とかじゃないんだろ?そこがサッパリ分かんないから上手くいかないんじゃないのか?」
「……なぬ?」
訝しげな顔をするララの援護をしたのは俺達の暴挙を黙って見つめていたエレナだった。
「闇魔法は心も体も操れるんですよね?だったら心なんてイメージし難いものより体を操る所から始めてみたらどうでしょう?」
「はい、採用。よし、木偶の坊、被験者その四の身体を奪いなさいっ」
ビシッ と指差した先は他ならぬ解決策を出してくれたエレナ自身。
よもや自身に矛先が向くなどと考えもしなかっただろうに、向けられた人差し指に頬を痙攣らせると「うそ……」と両手を広げて止めてとアピールするが、その程度で止まるララ様ではない。
「わわわわわわっ、手がっ、勝手に!?」
身体という目に見える物をイメージしろと言われれば簡単なもので、エレナへと闇の魔力を飛ばすと、突き出されていた手を動かして襟首でツインテールに結ばれている金の髪の先を掴むと、隣に居たティナの鼻の下へと持って行った。
「お髭」
背もたれに両肘を突き、後ろを振り返って事の成り行きを見守っていた雪が思わず吹き出すとコロコロとした笑い声が魔導車内に響く。
エレナとはティナを挟んで反対側に座っていたコレットさんも口に手を当ててクスクスと笑う様子に、やられたティナは面白くないと言った顔でエレナの手を払い除けた。
「やめなさいよ、馬鹿っ」
「私じゃないですよぉ、レイさんに言ってくださいっ」
あまりやると怒られそうなので、今度は雪の頭に両手に分けて持った髪をくっ付けた。
「はい、鬼の角〜っ」
自分では見えていない筈なのに、ツボにはまったのか大きな声で笑う雪は珍しい。
「そういえば昔そんな事してたわね。でも、それじゃあ角じゃなくてウサギの耳でしょ?」
雪の頭に生えた角は長過ぎて ペロン とお辞儀してしまっている。確かにこれでは角と言うよりエレナの耳のようだ。
ティナに初めて会った時、ギルドの応接室で暇つぶしにこんな事をして遊んでいたな。あの時は確かリリィの髪でやってたんだが、流石はお嬢様、ティナの記憶力もなかなかのものだ。
「じゃあ最後に噴水」
「レイさん……」
片手に纏めた髪の束をティナの頭のてっぺんに付けて軽く揺すると、柔らかな髪が揺れて噴水のようになる。
呆れるエレナと「もう良い」と無関心になったティナを余所に振り返ったモニカと雪は笑ってくれている。
「あの時とレパートリーが同じじゃない。成長してないわね、レイ」
言われて違和感を感じ、言葉を噛み締めるとおかしな事がわかる。
「ララ……だよな?なんでそんな事知ってるの?」
俺の膝に乗っているのはリリィの身体を操るララの筈。ララでは知り得ない事をさも知っているかのような口振りに驚いてしまった。
「リリィの記憶は全て把握してるわ。リリィの秘密にしておきたい事も、もちろん貴方への想いも。
だからってペラペラ喋ったら彼女の気分を害するだけだし、人のプライバシーを明かして楽しむ趣味もないから言わないけどね」
今ララがしているリリィの身体の乗っ取りも魂を支配するという闇魔法の応用なのだと言う。記憶まで暴かれてしまう闇魔法とは使い方次第ではタチの悪い魔法なのだと少しばかり怖くなった。
▲▼▲▼
リーディネから大森林までは魔導車でも三日はかかるだろうと言われた旅路。
一日目は大きくはない町が見つかったので宿に泊まる事が出来た。
「お邪魔虫は引っ込むわ」
目下練習中の俺では無理だとララにお願いしてフラウ特製魔石を口にしたモニカを眠らせると、気を遣ったララがリリィに身体を返してくれた。
また激怒するのかと思いきやララが身体を使っている時の記憶はリリィにもあるらしいのだが、夢でも見てるような感じで何も考えられずに時が過ぎて行き、気が付いたら俺の隣に居たのだと言う。
不機嫌でなければいいやと久しぶりに会えたリリィと語らい、ここぞとばかりにリリィを求めて愛を深め合った。
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