36.心配り

 一晩かけてじっくりと水竜の魔力を貰った。


 青色の光を灯したブレスレットを腕に、少しばかりの罪悪感に苛まれながらもフラウを連れて宿に戻れば、前回もこんな事あったなと思い出しつつ食事部屋の扉を開いた。


「ただいま戻りまし……」


 アリシアとララを中心に賑やかだった食卓がピタリと静まり全員の視線が俺とフラウとに突き刺さる。


 来ては行けないよそ者が来たかのような物凄いアウェー感に固まる俺をすり抜け、そんな事など御構い無しのフラウは当然のように空いている席に着くと並んでいる料理へと早速手を伸ばして口に放り込み始める。


「おかえり」


 止まった時を動かし、それはそれは物凄く棘のある “おかえり” をくれたのは言わずがなティナ様だった。

 半目で睨むかのような冷たい視線に冷や汗が頬を伝うが、他の皆は頬をパンパンに膨らませて豪快に食べ始めたフラウへと視線が向けられるのでそんな俺とティナには気付かない。


 ティナの隣で苦笑いを浮かべて見ていたサラが手招きをしてくれるので、トゲトゲの視線攻撃に晒されながらもサラの陰に隠れるようにして席に着くと、サラとは反対側の肩を叩かれる。


「お兄ちゃん、おはよっ」


 あまりの剣幕にティナしか目に入らなかったが、昨日魔法で眠らされたモニカがいつもと同じ笑顔を俺に向けてくれていた。


「モニカ!身体は大丈夫なのか?どこか変な感じがあるとかはない?」

「なーんにもっ。朝までぐっすり眠れて逆にスッキリした感じかな。夜ご飯食べずに寝てたからいっぱい食べ過ぎちゃってお腹が苦しいくらいだよ」


「モニカにはかける言葉があるのに、私は無視なわけぇ〜?この扱いの差は何かしらねぇ?」

「ティナがそんな目をしてるからでしょ?いい加減レイって人間を受け入れなさいよ。 いつまでもそんな事してたら本当に嫌われちゃうわよ?」

「つーーんだっ……そんな事、わかってるわよ!」


 俺のせいとは言え、ここにもガス抜きが必要な奴がいる。

 当然のような顔をしてみんなのフォローをしてくれるサラにも甘えるだけじゃなく何かしらしてあげないと、ティナのように直接言ってこないので分わかりにくいだけで不満は溜まっていく一方だろう。


──あぁ、身体がもう一つ二つ欲しい……




 だいたい何処へ行っても俺達のような最上級の部屋に泊まる客の食事で好きに取って食べるスタイルだと、足りなくなって文句を言われては敵わないので半分近くは残る事を前提に出されている筈だ。

 その残り物なんかはスタッフの食事に回されたりしていると思うのだが、俺達十一人に加えてロンさん達四人にフラウを含めて十六人分の朝食が用意されていたはず。


 しかし食事が終わる頃にはテーブルの上に置かれた物はものの見事に無くなっており、ロンさん達宿側の人間がポカンとしていたのは仕方の無いことだろう。


「はぁ、食べた食べた。お腹いっぱ〜い」


 食後の紅茶を片手に水色のワンピースを押し上げるぽっこり膨らんだお腹をさする青い髪の美女。背もたれに身を預けてズルリとだらし無く座り顔を仰け反らせると、細かく波打つ綺麗な髪がカーテンのように垂れ下がり床に着きそうになっている。


 朝食だから少ないとはいえ、単純計算で十六人分 x 2 の三十二人分のご飯を平らげてもお腹がいっぱいにならなければ異常なのもいいところだ。


 異常と言えばフラウのお腹、食べた量に対して膨らみ具合が可愛い過ぎる。一体どういう身体の作りになっているのか疑問に思うが、属性竜という人間とは規格が違う存在だからと無理矢理納得しておくとしよう。


「落ち着いたところで聞きたいんだけど、モニカの検査はどうなったの?」


 膝に乗せた雪の頭を撫でつつ幸せそうな顔で眠りに就こうとしていたフラウに声をかけるが、既に聞こえていないのか返事が無い……食べたら寝る、生物としての正常な行動なのかもしれないが、それにしても早過ぎやしないだろうか。


「フラウっ!ちょっと!フラウったらっ!!」


「んぁ?何ぃ?私これからお昼寝……むにゃむにゃ……」


 呼びかけに返事はしたものの眠りの国へと走り去ろうとするのに イラッ としたのか、おもむろに席を立つララ。

 怒りでプルプルと震える手でハリセンを握りしめ、天井を仰ぐフラウへとゆくっりと近付く。


 おそらく今の気持ちの全てを込めたのだろう。皆の見守る中、高々とかかげられたソレは無防備を晒す顔面へと垂直ダイブする。



スパーーンッ!

「いったーーーいっ!何するのよぉっ」



「何するも何も無いわ、さっさと話を進めなさいっ!!」


 赤くなったオデコに手を当て自分に注目が集まっているのを認識すると怠そうな顔で「めんどくさ……」とのたまうので再びハリセンが振り下ろされることとなる。


「もぉっ、眠いんだから寝かせてよぉ」

「ヤリ過ぎの睡眠不足なんて知った事かぁっ!さっさと説明しろっ、タダ飯喰らいの淫乱水蛇がぁっ!!!」


 口を尖らせて不満を訴えるフラウだがハリセンの跡が顔全体にくっきり付いているので、みんなして笑いを堪えるのに必死になっている。


「む?」


 ララとのやり取りで笑われていたと思っていたフラウも当のララまで吹き出したのには流石に違和感を感じて首を傾げたので、鏡を取り出して自分の顔がどうなっているのか見せてやれば、跡の付いていなかったはずの部分まで赤く染めて怒りをあらわにする。


「乙女の顔に何してくれてるのさっ!この行き遅れ!!」


「プククッ、別に行き遅れてなんてないわ。私が結婚して子供を産んだから今こうしてココにリリィが居るのよ?」


「リリィ?」


「貴女のように何千年も生きられるような化け物の身体なんて持ち合わせてないわ。お兄様達がこの世を去ったように私の本来の身体はとうの昔に土に還ったわ。

 今の私は自分の子孫であるリリィの身体を間借りしてるだけ、おわかり?」


 こめかみに人差し指を当てて再び首を傾げるが、納得が行ったようで手のひらを ポン と叩くとニヤリと笑う。


「やっぱり逝き・・遅れじゃない」


 このままじゃ話が進まないと判断したのか カチン と来た様子を見せるララだったが、青筋がピクピク動くのを無視し、顔を引き攣らせながらも笑顔を浮かべようやく話を元に戻した。


「それで、モニカの適正はどうなの?あの様子を見る限り私の見込み通りって事よね?」


「その話か」とようやく理解を示すと無いはずのポケットを漁る。

 取り出されたのは手のひらサイズの革袋。その紐を解いて五ミリ程の真っ青な玉を一つ取り出して皆に見せるフラウ。


「寝る前で良いわ、一日一粒、欠かさず毎日飲みなさい。

 これは私の魔力を凝縮した、言わば特別製の魔石みたいなものよ。貴女に吸収出来るようにしてあるけど、その魔石が身体の中で溶けるまでの三十分間は昨日のような苦痛が伴うと覚悟しなさい。

 ただし、他の人には食べさせちゃ駄目よ。貴女以外の人が食べれば命を落とす事になる、だからキチンと管理しなさい。

 ここにある全てを食べ切った時、貴女の魔力は劇的な変化を遂げている事でしょう。 まぁ、頑張ってみてね」


 全てのエネルギーを使い果たしたのか、言い終わるとほぼ同時、カクッ と机に突っ伏したことによりオデコがぶつかり派手な音を立てたのだが、どうやら念願の眠りに就いたらしい。


 流石と言うかなんと言うのか、机に置かれた両手はそのまま残っており、モニカに渡すべき魔石が床に散らばらなかったのは一応の配慮が有ったからだろうか。


「燃費が悪いのは相変わらずか。夜には起きるでしょうけど、このままここに捨てて行くと邪魔よね。仕方がないから部屋に持って行くわ」


「っ!! ララちゃん……」


 立ち上がったララは革袋を縛ってモニカに手渡すと、おもむろにフラウの首根っこを掴んだ。

 されるがままで起きる気配もない荷物フラウを引きずり扉から出て行こうとするものだから、あまりにも雑な扱いにみんなが唖然とするのも無理もない。



「もう帰るんですか!?」と驚くリンと「レイさんと遊んで無い」と不満を漏らすランには悪いけど、カナリッジでだいぶ時間を使ったのでジェルフォ達をあまり待たせるのも忍びない。


 ここを出るのは明日の朝と決めて今日ものんびり過ごすことにしたのだが、俺はのんびりとは行かず、午前中はエレナと、午後からはティナとのデートで彼女達の心を癒すのに勤しんだ。



▲▼▲▼



 淡い緑のシルク生地で作られたネグリジェ姿でベッドに座り、フラウに渡された魔石をまじまじと見つめたまま動きを止めている。

 余程変わった人でない限り好き好んで苦痛を求める者はいないだろう。当然モニカも “苦痛が伴う” と言われれば躊躇するのが当たり前で、受け入れようと決めた力を前に決心が揺らいでいるようだ。


「俺はモニカ達に強くなれなんて一言も言ってない。今の俺にはモニカ達を守ってやれるくらいの強さはあるつもりだし、どれだけ強くなろうとも本当に危険な場所へは連れて行きたいとは思わない。危ない時は何処かで待っていてくれれば良いんだから、そんなモノを受け入れる必要なんて無いんだよ」


 肩を抱いてキスをすると小さく首を横に振る。怖いのなら止めれば良いのに何故そうまでして強さを求めるのか知らないが、意を決すると魔石を口へと放り込んでしまった。


「お兄ちゃんが強いのは知ってる。けど、守られるだけなんて嫌。私はお兄ちゃんの妻としてお兄ちゃんを支える為にいつでも隣に立っていたいの。だから今までも努力してきたし、これからもそうするつもり。

 ララさんは私がもっと強くなる為には必要な事だと言った。だったら私は私の願いを現実にする為にコレを受け入れるしか道はない。愛するお兄ちゃんの為なら、少しくらい辛いのだって我慢してみせるわ」


 たぶんティナやエレナ、リリィやサラに聞いても同じ答えが返って来るのだろう。愛されてると嬉しく思う一方で、平穏な生活をさせてあげられない自分に少しばかりの憤りを覚えるがこればかりはなんともならない。


 早く俺の役目とやらを終わらせてみんなでのんびり過ごせるようになればいいなと思っていれば、腕に抱いたモニカに変化が訪れる。


「あぐっ……お兄ちゃん、ギュッてしてて。何かが、入り込んで来る感じがするっ!はぁぁっ……身体の中を羽根で撫でられているような、くすぐったい?訳わかんない! 気持ち、悪い、ゾクゾクするっ!ぁはあぁぁっ!熱い……身体が熱いのっ」


 全身に力を入れて縮こまりビクビクと身体を震わせる様子に、見ているこっちまで身体に力が入ってしまう。


「もう、嫌っ!あぁんっ、耐えられないよぉ……お兄ちゃん!お願い、抱いて!もぅ無理っ……おかしくなりそう、お願い、早く!お兄ちゃんっ」


 こんな状態でモニカを抱いて大丈夫なのかと心配になるが、ただ苦痛に耐えるだけよりは他の事で気を紛らわせたいと思うのも仕方の無い事だろう。


「くはぁぁっ!そんなの、いいから早く頂戴!お兄ちゃんを頂戴っ!早く!お願いっ!!」


 衣服を脱がそうとした手を力強く握りしめると、涙の浮かんだ目で懇願してくる姿は見るも耐え難く居た堪れない。見ているだけの俺以上に辛いモニカの切望を受け入れ身体を重ねると、更なる強い刺激を要求してくるので心配になりながらもそれに応えた。



▲▼▲▼



 まだ太陽も顔を出していない薄暗い部屋の中、落ち着いた寝息を立てるモニカの髪を撫でながら安らかな寝顔を見ている。

 フラウの説明通り三十分程で落ち着きを取り戻したモニカは力尽きたようにぐったりしてしまい、そのまま眠りに就いた。あんな事が何日も続くのだと考えるだけで ゾッ とするのに、当事者のモニカの恐怖はそれの比ではないだろう。


「ん……おはよう」

「おはよう。ごめん、起こしちゃった?気分はどう?おかしなところはない?」

「うふふっ、お兄ちゃん質問責め。心配しなくても大丈夫だよ」


 にっこり微笑む顔に無理や嘘は見当たらず、フラウの魔石の効果が終われば大丈夫なのだと知る。


「でも……ね、我儘言うとね、昨日してもらった気がしないから、もう一回して欲しいなぁ〜なんて……だめ?」


 布団を引き上げ、恥ずかしげに目だけを覗かせるモニカを ギュッ と抱き寄せると、そんな事ならいつでもオッケーとキスをして精一杯の優しさと共にたっぷりと愛を注いだ。




 モニカと二人、指を絡めて手を繋ぎ食事部屋へと降りて行くと、朝の挨拶を交わして席に着いたところでジト目のララの冷たい視線に気が付く。


「レイ……まさかとは思うけど、魔法、使ったよね?」

「魔法?なんの?」


 何の事を言い出したのかサッパリ検討が付かず首を傾げていると、盛大に溜息を漏らしたララが持っていたグラスを静かに机へと置いた。


「フラウの説明で魔石を食べると苦痛を味わう事になるって聞いたよね?実際に喫茶店でもそれを目の当たりにしなかった?それ見ててなんとも思わなかったの?何の為にわざわざ魔法のレクチャーしてあげたと思ってるの?そんなに自分のお嫁さん苦しめたいの?


 ねぇ、人のはなし聞いてる?


 闇魔法を使えば強制的に寝かされている間に終わるから副作用なんて有って無いようなものなのに、酷すぎるわ。

 魔法に慣れれば目覚める時間も調整出来るのだから副作用が終わった後からやりたい事をすればいいのに、自分の欲求だけ押し付けるなんて最低よっ」


 そこまて言われてようやく自分の失態に気が付き何故気が付いてやれなかったのだと自己嫌悪に苛まれる。

 モニカもララが怒っている理由を理解すると昨晩の我慢は何だったのかと カクッ と頭を垂れた。



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