35.適性検査

「会って数秒で逃げて行くって酷くない?感動の再会を返してよぉ」

「フラウが変なことするからでしょ?」

「変なこと仕掛けたのはララじゃないっ。だいたいなんでここにいるのよ、さっさと地獄に堕ちればいいのにっ」

「その時はフラウも連れて行くから覚悟なさい!」

「私は天国に行くから地獄へはララ一人でどぅぞぉ?」

「なにぉぅっ!?」

「なーによっ!」


 町の外れにある喫茶店は空いており、入り口で十種類のケーキからチョコレートを選ぶとモニカは食べたいと言っていたラズベリーのケーキを選んでいた。

 残りの八種類の半分をララが、その更に残りをフラウが食べると言うので、結局お店にあった十種類のケーキを全て頼む事となった。


「深めのワイングラスも貸してもらえる?」


「そんなに食べるのかい?」と呆れるお店のオバちゃんに二倍の茶葉を入れた紅茶を四人分とグラスも頼むと不思議そうな顔をしていたが「お代を貰えるのなら」と快く了承してくれた。


 紅茶は冷たくすると風味が感じ辛くなるらしい。なので、冷やす際には濃いめに淹れろとコレットさんに言われた通りに注文した物を火魔法の応用により冷やし、火魔法を付与した水魔法により作られる小さな氷をいくつもグラスに入れたところに注ぎ込む。


 冷え冷えのアイスティーの完成だな。


「あら、冷たくて美味しいわね」


 みんなの分を作りながら試しにどうぞと渡した俺のグラスを自分の物のようにして持って行ってしまう店員のオバちゃん。


「それ……俺の」

「あっ!ごめんごめん、代わりの物をすぐ用意するから待ってて」


 結局、俺の一杯目のアイスティーはオバちゃんに没収され、二杯目を作る羽目になったのだが……まぁいいか。



「フラウ、俺達がここに来たのは……」

「ん〜、わはっふぇる」


 まともに返事も返せないくらい口にケーキを詰め込んだフラウは「分かってる」と答えたんだろうと思う。

 分かってるのなら話は早いが、サッと貰ってサッと帰る、などと言うわけにはいかないのだろうな。


「もうちょっと上品に食べれないわけ?別に良いけどさ……それよりレイの事は後で二人でよろしくしてもらうとして、先にモニカよ」


「私?」と自分を指差して頭にハテナを浮かべるが、何の用なのかは知らないがフラウに会うためにモニカも連れて来られたはずなのだ。


「モニカが水魔法を得意としてるのは知ってるわよね?人間の中ではトップクラスの水魔法の使い手、だけど私の見た感じそろそろ成長の限界に達するわ。 でもこれからもレイの傍に居る以上、魔族との戦いは避けられない。だから更なる高みに辿り着く必要があるのよ。

 そこで、フラウの力をモニカにも分けてあげて欲しいの」


 口を塞いでいた物を一息で飲み込むと、いつも ニコニコ していたフラウの顔が表情を失い、初めて見る冷たいものになった。


「属性竜の魔力は人間には大き過ぎる。もし適正が低ければ入り込んだ魔力に身体が付いて行けずに押し潰されて死を迎える。

 それを分かってない貴女じゃないわよね?」


 そんな危険な事を聞かされないままに三度も属性竜の力を受け入れて来た事に『おいっ!!』となるが、無事で良かったと胸をなでおろす。

 だが説明も無しに連れて来られたモニカもそんな事を聞かされれば気が気でないのは仕方のない事だろう。


「だから今日の所は適正を調べるだけにしておいて頂戴。一晩経てば結果も分かるでしょ?

 レイ、貴方は神の子孫なのよ?適正が無いなんて事有り得ないわ。許容量の問題はあるだろうけど、貴方はそれすら凌駕出来る人間だから安心しなさい。

 ついでに言えばそのブレスレットがあるのなら確実に大丈夫よ」


 アリサのくれたブレスレットを指差すと俺を安心させる為かニコリと微笑む。

 若干の不安は残るものの大丈夫なのだろうと納得するが、顔を引きつらせたモニカはそうはいかない。


「わ、私……要らないよ?まだ死にたくないもんっ」


 椅子からズリ落ちるほどに精一杯身を退いて手をパタパタと振り拒否をアピールするが、そんな様子が悪戯っ子のフラウに火を付けたようだ。

 先程の真剣な表情はなんだったと言いたくなるほどに机に身を乗り出し、嫌がるモニカに満面の笑みを近付けると人差し指を立てる。


「だ〜いじょぉぶだって!ララも言ったように適正の検査をするだけだからぁ。

 一晩、痛みで身悶えするだけよ?」


「一晩!?むりむりむりむりむりっ!嫌っ、要らない!!」


 力強く首を振るモニカを余所にフラウの指先から飛び出した米粒ほどの小さな水玉。

 空中を進むそれは恐怖を煽るかのようにゆっくり、ゆっくりモニカとの距離を詰める。


 フラウの思惑通りこれから起こる事への恐怖から目を見開き、近付いてくる厄災を凝視したまま身動きすら出来なくなっていたモニカ。

 そのオデコへと着地した水玉は、何の障害もないかのようにスゥッと消えて行く。


「あふっ…………身体が、熱い」


「モニカ!?」


 すぐに変化は現れ、自分を抱きしめながら震え出したモニカに近寄ろうと席を立ちかけた俺の手をララが掴み首を振る。

 文句を言いかけたところで逆にララが立ち上がり背後から抱き付いて来るので「そんな場合じゃないだろ!」と言おうとすると唇に指が当てられ再び言葉を遮られた。


「大丈夫だから心を落ち着けなさい。ちょっと貴方の魔力を借りるわ」


 言ったそばから身体の内側をくすぐられているような、むず痒い感覚がし始める。

 するとどうだろう、俺の意思とは無関係に闇の魔力が練られていく。


「んぁぁぁっ!気持ち悪いっ……何かが私の中にいる!?ぃゃぁぁっ……」


 自分でするのとは違う丁寧に練られた魔力に見惚れてモニカの事が一瞬頭から離れるが、身体の違和感から発するくぐもった声が聞こえるとすぐに心が騒めき立つ。


「ララ!」

「黙って。闇の魔法には慣れてないわよね?しっかり感じなさい」


 解き放たれた黒い魔力がモニカへと吸い込まれる。

 すると、聞こえていた苦しげな声が突然収まると同時、力なく椅子へと持たれかかった身体が傾き始めるので慌てて支える。


「……眠らせた、のか?」

「そうよ、あのままじゃ辛いだけでしょ?明日の朝には元気に目を覚ますわ。

 闇魔法は心も身体も操れる、悪いイメージの強い魔法だけど、本来はそうでもないのよ。要は使い方次第」


「俺の魔力をララが使って魔法を行使したのか?」

「伊達に “神の子” なんて言葉を発してないつもりよ?元々の身体であればレイと同じように六属性全て使いこなしていたわ。今は無理だから貴方の魔力を使わせてもらったって訳。私が魔力をどう使ったかは分かったよね?ちゃんと練習しなさいよ?

 それじゃ、私はモニカを連れて帰るわ。精々頑張って来るのね」


 よいしょっとオバサン臭い掛け声と共にモニカを抱き上げると、意味深なウインクをしながら浮かび上がるので目を疑ったのだが、よくよく見れば彼女のサンダルの下には小さな透明な板が存在していた。


 リリィが空を移動するより遥かにコンパクトに作られた結界を操り、まるでエレナのように宙に浮く姿にララの魔法の扱いの凄さに改めて感心していると、次の瞬間にはテラスを飛び越え姿が見えなくなってしまった。


「じゃあ、私達も行こっか。んふふっ、時間はいっぱいあるよ!楽しみだね〜っ」


 いつの間にかララが残したケーキまで綺麗に平らげたフラウが立ち上がると楽しげに手を伸ばして来るので、やはりそうなるのかと思いつつ嫌がっていない自分に苦笑いをすると『みんな、ごめん』と心の中で謝りつつ俺を待つフラウの手を取り席を立った。



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