34.水竜との再会

 分かったような顔をしたララに連れられて行った先は何故か宝飾店。フラウと宝石、絶対に繋がらないだろうと思ったら思い違いではなく、単に光り物に誘われて入っただけだった。


「私にも買って!」


 腕が丸出しのモニカの手首には青く光る宝石が綺麗なブレスレットが着けられており、白い肌に良く映える。

 食事の時からチラチラ見ていたララは自分の腕には無い事を知っており、この店に入り込んだのは計画的であったと言えよう。



──騙された!



 とは思ったが、それくらいで気が済むのならさっさと買ってフラウの所に行こうと渋々ながらに「選べ」と言えばモニカを引き連れ店内を物色し始める。


 静かな店内で二人してキャッキャ言いながら女の店員さんと共に見て回るのを微笑ましく眺めながらも、俺は俺でデザインの勉強にとガラスケースを覗いて回り時間を潰していた。


「これが良いっ!似合う?」


 左手に着けていたのは薔薇色の瞳と良く似た色の宝石が連なる金のブレスレット。

 嬉しそうに見せてくるので少し離れてもらい遠目にも確認。うん、リリィらしい。


「いいじゃんっ、可愛いよ」

「えぇ〜、そおぉ? まぁ、可愛いよね、私」



──可愛いのはブレスレットが似合うリリィの身体なんだけどな……



 店員さんによると、トルマリンという名前の多色性宝石の中でも特別に赤くて美しい物を《ルベライト》と呼ぶのだそうだ。


 石言葉は貞節、思慮深さ、広い心。


 最後のはもう少しだけあったら良いなとは思ったがリリィにピッタリの石だと思い納得した。


「これは、私にくれたの?それともリリィへのプレゼント?」


 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように嬉しげに光に当てて輝きを楽しみながら、横目で俺を見たララが返事に困る事を聞いてくる。


「もちろん……リリィにだよ」

「カッチーーンッ!聞ぃたぁ?モニカ、聞いたよね?この人さいってーっ!あーもぉ気分悪るぅ〜、やる気無くした、行く気も無くした。一人で勝手に浮気してこればぁ〜?」


 頬を膨らませたララはモニカの後ろに隠れてこれ見よがしに舌を出し不機嫌さをアピールしてくる。半分は冗談だと分かっていながら俺を出汁にモニカとのコミュニケーションを図るララのオデコに『流石は年の功』と太鼓判を押してやりたい気分だ。


「そう言うなよ、半分は冗談だ」

「は〜ん〜ぶ〜んん〜?」


「当たり前だろ?ララの希望で買った物だが身に付けるのはリリィだ。だからララとリリィで半分こ、二人の共有財産だな。おわかり?

 思ったんだけどさ、ララは身体が無いからリリィの中に入ってるんだろ?だったらミカエラに頼んでゴーレムの身体なんか作ってもらったりしたらいいんじゃないのか?」


 モニカの肩越しに眉間に皺を寄せて半目で睨むララは大きな溜息を吐いてから隣に並ぶと、小さく首を横に振った。


「そこは嘘でも『君の為だよ』とか何とか言う所でしょう?もぉ……気が利かないなぁ。

 ゴーレムの身体なんて面白そうだけど、残念ながら思い違いをしているわ。私は身体が無かったからリリィの中に入り込んだ訳じゃなくて、リリィに会う為・・・・・・・に長い時を超えて来たの。リリィの中に眠るの私の力を呼び覚ました後、私は在るべき場所に帰るのが定め。気にかけてくれてありがとね」


「なんだよ、帰るべき場所って」


 微笑むララが空を指差すので思わず見上げてしまったがそうではない。

 人間に転生した神の娘と言っても二千年前に生まれたただの人間。自分の肉体はとうの昔に滅びており、彼女にはこの世界に居るべき場所は無いと言いたいのだろう。



──用が済めば天国へと向かう



 既に旅立ったであろうミアの事が思い起こされ、せっかく知り合えたララまで居なくなる予定であると理解すると チクチク と胸を刺す何かがあるのが感じられる。



 出会いがあれば別れとは必ずやって来るものなのは理解している。しかし、再び会える可能性のある “一時的な別れ” とそうでない “永遠の別れ” がある事も知っている。


 寝る時に「おやすみ」を言ってそれぞれの部屋に入るのも、数時間後には顔を合わせる事が分かってはいるが “別れ” には違いない。


 カナリッジに住むサザーランド家の人達とは「またな」と、いつかの再会を約束して “別れ” を告げて来たが、しばらく会えない事に寂しさを感じて涙を流してくれたカンナの姿があった。


 それとは根本的に違うのがララの示した “別れ”


 二人の母さんや、爺ちゃん、フォルテア村の人達にはどんなに強く会いたいと思ってももう二度と会う事は叶わないだろう。

 たった何日かだったが共に過ごしたミアも、死ぬまでずっと一緒にいると誓った筈のユリアーネとも、二度と同じ喜びを分かち合うことは出来やしない。


 そんな悲しい “別れ” が少し先の未来に訪れる事が分かっているのなら、それに抗ってみてもバチは当たらないだろうと思い、天国へ向かうつもりのララには内緒で『ララ、ゴーレム化計画』を始動する事を心に決めた。



「ちょっとぉ?私が居なくなるのがそんなに嬉しいの?失礼しちゃうわねっ。どうせ私は貴女の大事な妻の身体を奪ったお邪魔虫ですよぉ〜っだ!さっさとやる事やって居なくなるからそれまで我慢しなさいっ、ぷーーんだっ」


 俺から顔を逸らして口を尖らせて怒り出すと、モニカの腕を取り二人だけで歩き出してしまった。

 呆れた顔を残して連れ去られるモニカから、自分の顔が妄想でニヤケていた事を知り慌てて後を追いかけララの手を取る。


「違うって!ララが居なくなるのを楽しみに思ったんじゃなくて……」

「じゃあ何なのさっ?ん?んんっ?言ってご覧なさいよ」

「そ、それは……内緒だ」

「言い訳すら出来ないのなら、せめてそれらしい嘘でも吐いて私の機嫌でも取ってみたらどぉ?」


 俺を無視してスタスタ歩くララに縋り付くようにアレやコレやとご機嫌とりの言葉を投げかける様子にクスクス笑うモニカが楽しそうにしていたが、それが町の外れまで続く長期戦になるとは思いもしなかった。

 俺が悪いとはいえ物事にはタイミングがとても重要なのだと思い知る羽目になったのは言うまでもない……。



△▽



 結局、俺の力ではララの機嫌を元に戻すことは叶わなかった。しかし怒る事にも飽きたのか、いつもの表情に戻ったララに連れられて行った先はフラウと最初に会ったあの崖の上の洞窟。


「フラウ、居るんでしょ?」


 俺とペレとの戦いで半壊した祠はそのままの形で残っていてなんだか痛々しかった。

 しかし今の俺なら直す事が出来るなと近付いて手を伸ばしたそのとき、それを遮るように水色の布に包まれた豊かな胸だけが何も無かったはずの場所に突然現れ柔らかな感触を伝えてくる。


「え?」


 胸に押し戻される俺の手を掴む二本の腕と共に透明な壁の向こう側から歩いて来たかのように徐々に姿を見せる青い髪の美女。

 楽しげな顔を目にした瞬間『やられた!』と思うも時既に遅し。



「あんっ」



 あんじゃねぇよと思った時には頭を抱き寄せられて胸の間に押し込められると、しっかりとした弾力がありながらも柔らかくて気持ちが良い……じゃなくて!


「いきなり……」

「レイってば、待ちきれなかったのね?そんなにも私を想ってくれてたなんて嬉しいわ!早速ベッドに行きま……」



「現れたと思ったらいきなりそれなのっ!挨拶も出来んのかぁっ!この淫乱水蛇がっ!?」

スパーーンッ!



 ララの振るうハリセンの音が狭い洞窟内に響き渡ると、少しだけ緩んだフラウの手を押し退けて名残惜しい柔らかクッションから顔を上げた。


 怒りに満ちた目を吊り上げたララに向かい「んべっ」と小さく舌を出して小馬鹿にするフラウ。

 すると、こめかみに青筋を立てるララの背後に怒りの炎の幻視が沸き起こる。


「だいぶ昔に死んだくせに未練がましくこの世に留まり続けるオバケにする挨拶なんて持ち合わせて無いわよ?」


「アンタ、ちょぉ〜っと見ない間に生意気になったわね。神の子である私にそんな口聞いた事を後悔させてあげるわっ!覚悟なさいっ!!」



──その時、物凄い嫌な予感はしていたのだ。



「水竜秘技、人間バリアー!」


 目の前で高く飛び上がったララの振りかぶるハリセン。

 フラウの頭に届く一秒手前で両脇に手を入れて来たフラウが軽々と俺を持ち上げると、なんとも言えない軽い衝撃と共に耳の奥へ直接ねじ込まれたかのような大きな音が再び洞窟内に響き渡る。


「……フッ、決まった」

「お兄ちゃん……」


 ハリセンを振り抜いた姿勢のままに着地ししゃがみ込みポーズを決めるララと、地に足が着いた俺の背中に頭をくっ付け隠れたままのフラウ。


 なんだよコレと思いつつその場を離れるが、何を思ったか、二人は時が止まったかのようにそのままの姿勢を維持して動こうとしない。


「モニカ、美味しいケーキでも食べに行こうか」

「あ、賛成〜っ!ラズベリーが乗ったヤツ無いかな、甘〜いのの中にある酸味が絶妙に美味しいのが食べたいなぁ」

「よし、まだだいぶ時間もあるし探してみようぜ」


 ポツンと一人でいたモニカの腰に手を回し二人で洞窟を出ようとしたところで、突っ込みを待っていた例の二人が痺れを切らし駆け寄ってくる。


「ちょっとぉ〜っ!!置いて行かないでよぉ〜っ」

「ねぇっ!無視は止めてぇ〜っ。私もケーキ食べたぃぃっ!!待ってよぉ〜」


「逃げるぞっ、モニカ!」

「あはははははっ」


 モニカの手を取り洞窟から走り出る俺と、泣きそうな顔で手を伸ばしながら追いかけて来るララとフラウ。何故か始まった二対二の鬼ごっこは道行く人の視線を攫いながら近くの喫茶店に辿り着くまで続いたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る