32.お好みはどっち?
「地図が無いと迷うよな?戦闘はみんなに任せるから、ちょっと無茶してもいい?」
「何するの?」と小首を傾げるサラの肩を抱き寄せ、皆が俺に注目する中、人差し指を立てるとウインクをして「魔力探知」と一言だけ告げた。
「どういう事?ちゃんと説明しなさいよ」
意味が分からず剥れるリリィの頬に手を伸ばして ムニムニ とその柔らかな感触を楽しむと少し顔が緩んだ。怒った顔も嫌いじゃないけど、やっぱり人間は笑顔が一番だ。
「そのままだよ、ただフロア全体に行き渡るように魔力を張り巡らすから時間も魔力も使う。
今までの攻略ペースを考えると、今日は第四十層でキャンプするとして、それまでおよそ十二時間。その間魔力を使い続ける訳だから、魔物の対処は皆に任せるけどいいよね?」
今までと大して変わらない状況に文句も出る筈もなく、全員一致で俺のサボりが認可されると早速魔力を巡らせ始めた。
普通は自分を中心に円形状に魔力を張り巡らせて行くのだが、このダンジョンの壁はどうやら魔力を吸収する性質を持つらしく、せっかく満たした魔力が壁に触れてしまうとそこからどんどん消えて行ってしまうのだ。
無尽蔵に魔力を吸い取られては敵わないので壁に触れないように魔力をコントロールしながら効果範囲を拡げて迷宮の地図を描いて行く。なかなかに神経を使うやり方なのでなるべく他のことはサボりたい。
照明用の光玉と安全対策の風の結界を作ると、もう何もしませんとばかりに胡座を掻いて座り込み、雪を手招きで呼んで足の上に座らせると、俺の弱点である弱い心を安定させる為に癒しを求めて抱え込んだ。
「トトさま、頑張ってください」
自分が何故呼ばれたのかよく分かってる雪は仰け反って見上げると最高の笑顔でエールをくれる。おでこにキスをしてそれに応えると ヨシッ! と、気合を入れ直した。
「昨日の大猿な、倒してから五分も経たずに次のが現れて来たんだけど、それがまた面白くてさ、あのままの姿で地面から生えてくるんだ。最初見たときは笑えて来て、危うく一撃入れられるところだったぜ。
それでな、大猿のおかげで魔力探知にも慣れて来たから、このフロアは俺がやっていいか?」
好きに進んでいいぞと告げて結界の外に出してやると気楽な感じで歩き始める。しばらくすると第三十六層初めての魔物が現れたのだが、ヤル気満々で気合の入っていた筈のアルがそれを見た瞬間に何か言いたげに振り返った苦い顔が笑えて来て、我慢出来ずに吹き出してしまった。
ピョコッピョコッ と能天気に現れたのは体長五十センチ程の少し大きな一羽のウサギちゃん。モフモフしたくなるような艶々とした綺麗な鼠色の毛を生やし、通路の端に後ろ足二本で立ち上がると長い耳を ピクピク 動かして辺りの様子を伺っている。
真っ白なお腹にペコンと垂れた前足がなんとも可愛らしく、女性陣から歓喜の声が上がったのは言うまでもない。
「おい、あれも魔物なんだよな?こんな階層にいるって事は、強いんだよな?」
トカゲちゃんを狩って顰蹙をくらった苦い思い出が蘇り魔力が乱れたが、そういう時の雪頼みで キュッ と抱きしめて心を落ち着かせると、アルに苦笑いを送った。
「中級の魔物が徘徊してる中で生きていられるんだ、それなりに強いはずだろ。油断するなよ?」
危険は無いと判断したのか、後ろ足で立ったまま短い前足を器用に使い、首を倒して長い耳を掴むと毛繕いを始めたウサギちゃん。やっべ!超可愛い!アルじゃないけど連れて帰ってペットにしたい!
「レイ、あれ、捕まえられないかな?」
「ほんとね〜、家で飼う?」
「可愛いですねっ」
「えぇ〜〜っ!?でもでもっ、あれは魔物ですよ?魔物!ほらっ、ここにもっと可愛いウサギさんがいるじゃないですかっ!?ねぇねぇっ!皆さん聞いてますぅ?」
そう言われてみれば、うちにもウサギは居たんだな。って言うか、なんでアイツはあんなに焦ってるんだろう。ペットと獣人とじゃだいぶ違う気がするけど……対抗するところなのだろうか?
「いつまでも鑑賞しておくわけにはいかんからな、見終わったんなら倒していいか?」
「聞きました?奥さんっ!あんな可愛いモノを倒すとか言ってる野蛮な人がいますわよ?」
「えぇ、聞きましたわ、奥さん。いや〜世の中怖い人もいるもんですねぇ。動物虐待ですわっ!」
ティナとモニカの漫才にどうしていいか分からなくなったアルは俺に視線を送ってくる。また何か言われそうだが、アルの言う通りずっとここで遊んでいるわけには行かない。
仕方なく親指を立てて拳を突き出すと、それを クイッ と反転させて下に向けた。 “やってしまいなさい” という合図を送ると コクリ と頷き剣に手を掛けてウサギちゃんに歩み寄る。
するとウサギちゃんも危険を察知したのか、耳を掴んだまま ピタリ と動きを止めるとその手を離した。天井に向かって ピンッ と伸びる二本の耳、何やら伸び上がって鼻を ヒクヒク させている様子がこれまた可愛く、これから起こるだろう悲劇に心が痛んだ。
だが、事態はそう簡単には行かなかった。
自分のテリトリーに侵入して来た者に対し クリクリ とした丸い目で見つめるという精神攻撃を始めると、一瞬だけアルの足が止まる。
さっさと殺らないと意思が鈍ると判断したのか、そこから一気に詰め寄ろうと駆け出したのだがそれが悪手だった。
「アル!魔法だっ、避けろ!」
俺の魔力探知に感じられたウサギちゃんの魔力はなかなかの速さで一気に膨らむと、迫ってくるアルに向けて一直線に伸びて襲いかかる。
俺が叫ぶと同時にアルも悟ったらしく、慌てて身を捩り転がり避けたが、可愛い容姿のウサギちゃんはそんなに甘くはなかった。
ウサギちゃんから伸びた緑色の魔力の紐、床を叩くと鞭のようにしなって戻り、すぐに次撃がアルへと襲いかかる。
「ぅわっと、マジかよっ」
直線的な動きなので来ると分かっていれば避けるのはさほど難しい事ではない。だが、文句を言いつつも余裕を持って風の鞭を躱して行くが、鞭の動き自体は目で追えるかどうかの速さだ。
振り下ろされててから到達するまでの間など目に写らない程に速く、手元に戻ってたわんだと思ったら、もう床を叩いている。
恐らくアルも魔力探知で魔力の動きを読んでいなければ、いくら単純な動きだとはいえ真っ二つにされていたかもしれない。
見た目は超可愛いのにこれだけの強さを誇る、視界の悪い中でこんなのに襲われたら、命を落とす冒険者も数多くいる事だろう。
だが残念ながら俺達には、視界もある上に風の鞭を躱す技術もある。油断さえしていなければまだまだこの程度の敵に負けるアルではない。
ウサギちゃんの必死の攻撃にも関わらず襲いかかる風の鞭をすり抜けて肉薄すると一刀の下に斬り伏せた。
「「「「「あぁっ」」」」」
女性陣の悲愴な声と共に床に消えて行くウサギちゃん。そんな事は知らんとばかりに再び歩き出すアルに向け、冷ややかな視線が送られた。
「ほ、ほらぁ、皆さん?可愛いウサギさんならここにも……」
そういえばエレナって変身出来るんだよな?って事はミーナも猫に変身出来たりするのか?でもあの娘はあのままで十分可愛いんだよなぁ。まぁ、エレナもサラやモニカと並んでも見劣りしないくらい可愛いんだけどさっ。
「なぁエレナ、獣人ってみんな変身出来るのか?」
「ほぇ?出来るんじゃないですか?変身出来たとしても変身して何か良いことがあるのかって言うとそうでもないので、私も含めて変身なんてしないんですよねぇ。だから、よくわかりませんっ。ハッ!そうかっ、そうですよね!変身するなら今でしょっ!」
何かを閃いたらしいエレナは突然拳を握りしめて立ち上がると、白い霧のようなモノに包まれ始めた。全身が霧になり シュシュシュッ と見る見る小さくなったかと思うと霧が晴れて一羽の白いウサギがちょこんと現れた。
白ウサギは ピョコピョコ と歩いてモニカ達の前に出ると、先程の鼠色のウサギを真似して後ろ足で立ち、耳を掴んで毛繕いを始めた。
「へ〜、本当に変身出来るんだ。でもさっきのヤツの方が毛がフサフサしてて気持ち良さそうだったわね。抱っこするならあっちのヤツね、アンタの負けよ、エレナ」
毛繕いの手が ピタリ と止まり背中から哀愁が漂っている。他の面子も口には出さないものの「さっきの子の方が……」という感じで苦笑いすると気まずい空気が流れ始めた。
エレナの変身したウサギ姿はごくごく普通の毛の短い真っ白なウサギ。対して先程の魔物は毛の長い、いかにも触り心地が良さそうな毛並みのウサギ。決してエレナが悪いという訳ではないのだが、どちらか一方と問われれば軍配が上がるのは残念ながら魔物の方だろう。
「エレナ、固まってないでコッチ来いよ。ちょっとそのままモフモフさせてくれよ」
エレナも俺を愛し、愛されてくれる婚約者の一人だ。そんな彼女の心のケアをしてやるのも俺の役目だと思い呼んでやると、カカカカカッとコマ送りのように首が回って俺の方を見る。
まる女神でも見つけたように目がキラキラとし、ウサギ姿なのに両手を組みお祈りポーズで固まると、しばらく経って気が済んだのか、猛烈な勢いで俺に飛びかかってきた。
「なんだ、柔らかい良い毛並みじゃないか。こんな良いもの隠してるなんてお前も酷いヤツだな。たまにでいいから触らせてくれよ」
俺に飛び付き “触って!” と、ばかりに グリグリ と身体を擦り付けて来た白ウサギを抱き上げ雪の膝の上に乗せて撫で撫でしてみれば、短い毛並みではあるが艶々スベスベで触り心地が抜群に良い。程よく肉も付いていて柔らかく “おいしそう” と思ったりもしたが、さすがにそれは口にするわけにはいかない、内緒だ。
「エレナ姉様、可愛いです。私もたまにでいいので撫で撫でしたいです」
身体を撫でられて満足そうに目を瞑るウサギ姿のエレナを、雪と二人でこねくり回しながらアルが次のウサギを切り裂くのを黙って見守った。
「なぁ、誰か書くもの持ってない?」
「あるけど、どないしたん?」
これ幸いと サッと隣にやってきたミカエラは鞄から取り出した紙とペンを俺に渡しながらエレナに手を伸ばした。なんだよ、触ってみたかったのなら遠慮せず触りに来ればエレナも喜んだのに……。
「どうせなら地図を書いておいた方が後々みんなの役にも立つだろ?と言っても、魔法を使ってくるような魔物を倒せるヤツしか回れないだろうけど、町に戻ってミカエラがその地図を売れば金になるんじゃないか?」
「に、兄さん……そんなにまでウチの事を気にして……それなら、その気持ちに応えんとあかんなぁ。しゃぁない……」
喋りながらも早速魔力探知で調べ上げた第三十六層の地図を描いていると、何やら意味深な事をブツブツと言っているので視線を上げてみた。するとどうだろう、肩に乗る服紐に指が掛かり スルリ と落ちる所だった。
「え?」
唖然としているれば胸の部分に腕を当てて服が落ちないようにすると、もう片方の服紐にも指が掛かりなんの抵抗も無く肩から外れされていく。見た目は十二歳ぐらいの少女なのにその様子が妙に色っぽくて見惚れてしまった……が、違う!そうじゃないっ!
「お前、何してんのっ!?」
胸に置いた手が離れたら服が ストン と落ちる状態。俺の声にみんなの注目が集まる中、ミカエラはその声に動きが止まり キョトン とした顔で『何か変?』と俺を見つめる。
「なにって、そない凄いもん貰ってもウチが代わりにあげられる物なんてなんも無い。せやから仕方なくウチを差し出す事にしただけやで?」
ミカエラにしたら何で止められたか分からないようだ。さも当然の事を言うように聞こえたが、俺は間違ってないよな?
何故そうなると頭が痛くなる思いだったが、そんなモノを差し出されても貰うわけにはいかないので処分に困る。デコピンの一つもお見舞いしたかったが、今、服を押さえる手を離されても困りものなので グッ と我慢しておいた。
なんだか昔のエレナを見ているようだな……そういえば最近、ほっぺをムニムニもデコピンもしていない。アホな事を言わなくなったのもあるけど、彼女との距離感が変わってしまった事に少しばかり寂しく思えたが、決して今の関係が嫌と言うわけではない。
今は残念ながらほっぺは摘めないので、雪の膝に大人しく乗っているウサギ姿のエレナの顔を指でムニムニ押して変顔を楽しみながら、服を脱ぎかけの破廉恥娘をどうしようかと考えた。
「俺は別にこんな地図に金を出せと言うつもりはないんだが、それじゃあお前の気持ちが収まらないって事だな?
それなら俺の言う事を聞いてもらおう、それでいいか?」
胸に手を当て服を押さえたまま小首を傾げると「ええよ」と了承を得た。よしよし、良い子だ。
「まずは服を着ろ、こんな所で脱がれても目のやり場に困る。それでだな、後は最初の約束を守るだけでいい。意味もなく ベタベタ とくっ付いてこなければ地図なんてお前にやるからその後は好きにしろ。売るなり、何か商売を始めるなり、お前がやりたいようにすればいい。簡単なお仕事だろ?」
「んんっ?」
一度戻った首が反対に倒れると何やら考えている様子。何故考える必要などあるのかと突っ込みを入れたくなるが、今はまだ駄目だ。
少しした後に「分かった」と言うと早速服紐を肩に戻し始めたのでそれを見て一安心。デコピンを入れるのを忘れたが再び地図を描くのに集中を始めた。
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