33.恐怖の腹ぺこクィーン
吐き出された炎が床を赤く変える様子を他人事のように眺めていた。かつて出会ったレッドドラゴン程には火力がないようで、赤くなった床も炎が無くなると、まるで何事もなかったかのように元の濃い紫色に戻った。
このダンジョンを構成しているレンガはとても不思議な素材で出来ている。先程の炎のように高熱に何度も晒されれば多少なりとも変形してもおかしくはない筈なのに、それらしき感じは微塵も無い。
どんな攻撃を受けても傷が付くだけで派手に割れる事などなく、たとえ傷が付いてもすぐに修復されていく。
何より不思議なのは魔力を吸収する性質。こんな良い素材なら立派な武器になりそうだと思い土魔法で加工を試みたが、どれだけ魔力を注いでも穴の空いたバケツのように人の魔力を喰らい一向に変化する様子が見られなかった。
極め付けは全てを消し去るはずの
最強の魔法殺しになる筈の素材でも、ダンジョンから持ち帰れなければ意味が無い。物凄く興味を唆られたが泣く泣く断念せざるを得なかった。
「フゥッ!」
短く強い呼吸で身体に喝を入れると、口から灼熱の炎を吐き出し続ける体長七メートルの大ムカデを睨みつける。
三メートルほどの高さまで持ち上げた頭を巧みに回してアルを追い続ける炎は、徐々に逃げ場を奪い壁際へと押しやって行く。
ムカデなのに?と疑問に思うが、呼吸の為か、長く吐き出されていた炎が止む時がある。
当然そんな隙をアルが見逃す筈もなく攻め込むのだが、そこは第四十層のボス、ワザと隙を見せて獲物を仕留める算段なのだろうか。飛び込んで行ったアルに向け、一メートル近い大きな火球を二発も打ち込んでいた。
──そう、魔法を使って来るのだ
魔物が魔法を使うことは殆どない。だが第三十六層に入ってから、この第四十層のボスに至るまでに現れた魔物は例に漏れず全てが魔法を行使して来た。これは冒険者にとっては脅威と言えよう。
魔物 = 物理攻撃 と言う方程式が頭に染み付いていると咄嗟の時の対応が遅れるのは必須。不意を突かれると実力を出しきる前にやられてしまう可能性の方が高いのだ。
しかし魔法を使ってくると分かっていても物理攻撃より遥かに汎用性の高い多様な魔法、対応しきれない者も多いだろう。また、アルのように対応出来たとしても魔法が得意でないと攻め手に欠けるという事態にもなってきてしまう。
ここぞと意気込み踏み込んだのに、罠に嵌り引き返す羽目になったアル。剣が駄目なら魔法でと、瞬時に緑色に染まった愛剣から風の刃を飛ばすものの火球により相殺されてしまった。
それならばと火球を放てば今度は直撃したのだがムカデの体表を覆う殻は硬く、おまけに火魔法が得意なせいか少しのダメージも見受けられない。
俺が初めてグランオルソと対峙した時のように手も足も出ず、弄ばれ、壁際に追い込まれた今に至るという訳だ。
「アル〜、キモいから早く倒してよ。私、お腹空いたし……早くっ!」
「リリィ……アルさんだって頑張ってるんですから、もう少し待ちましょう?」
「そうよ、頑張ってる人に早くとか酷いわよ?」
その通り、早く倒せとか酷いと思う。そもそも一目見て『キモいからやだ』と戦うのを拒否したのはリリィだし、なんだかんだと理由をつけて逃げたのはティナだ。エレナに至ってはウサギ姿のままで雪の膝に居座り『今日は働きません』との意志を貫いて知らん顔。
モニカやサラでは圧倒して終わりだろうと思ったが、意外とそうでもなかったかもしれないなぁとはアルとの戦いを見てから思ったが今更だ。
「ティナかリリィ」と言ったら押し付け合いが始まり、それならばと買って出たのがアルだったのだが、接近戦を得意とするアルにとっては近付かせてくれない大ムカデはかなり相性が悪い相手だったようだ。やはりアルは魔法がネックだな。せっかく雷魔法が使えるのに使い所が無いのでは宝の持ち腐れ、もう少し魔法の修行をしてもらいたいものだ。
「アル、雷魔法を身体強化に使うんじゃなく、本物の雷みたいに飛ばしてみたらどうだ?」
「あぁ、それ!私も前から思ってたんですけど、雷魔法って身体強化に使うと凄いけど、なんで攻撃魔法として使わないんでしょうね。あのムカデみたいに硬い魔物には内側から効いて有効だと思うんですよね」
サラも不思議そうな顔して俺の意見に同意した。当のアルは思いつきもしなかったのか『何でもっと早く言わねぇんだ!』とイラっとした顔をしてこちらを睨んでいる……が、俺の知ったことではない。
早速とばかりに雷魔法を愛剣に纏わせると、火の魔力により赤く染まっていた剣身が黄色へ変化すると同時に、パリパリと何本もの青白い稲妻が剣を握る手を伝い剣先へと走って行く。
相対する大ムカデは余裕があるからか、逃げるだけだった獲物が何かやり始めたのを見て取ると、断続的に吐き出されていた炎の威力を弱めて威嚇するように口元付近だけで ボーボー と撒き散らしアルの出方を待っている。
壁際に追い込まれて余裕がないのか、はたまた奴の思惑通り挑発されているようでイラついているのかは知らない。剣に纏わせた雷魔法を安定させると相手の様子など御構い無しにさっさと攻撃に転じた。
「くらいやがれっ!」
気合いと共に振り下ろされた剣が真っ直ぐ大ムカデに向けられると パリッ という音が聞こえるよりも早く空中に青白い線が引かれ、剣先と大ムカデとを一直線に繋いだ。
しかしそれも一瞬。まさに雷の如く瞬きの間に消えて無くなったではないか。
一度だけ小さな反応を示した大ムカデだったが『何かした?』と小首を傾げているようにも見えるのは気のせいではないだろう。
「はぁぁぁっ!」
アルも自身で使った魔法に納得がいかないのか、もう一度剣を振り上げると気合いを入れ直し、再度振り下ろしてみるものの結果は変わらない。
自分のイメージしたものと違ったようで、その後も数回同じことを繰り返している。
青白く細い線で繋がれる度に ピクッピクッ と反応を示す大ムカデ。最初は黙って獲物のやる事に付き合っていたのだが、効きもしないのに何度も同じ事をやられていい加減ウザくなったのか『気は済んだろ?』といった感じで獲物に与えた最期の悪足掻きの時間は終わりを告げ、再び口元の炎をアルへと向けて解き放った。
「むっ!?」
向かい来る炎に対抗すべく剣を向けて稲妻を走らせたアルだったが、相殺する筈の思惑はハズレて炎に掻き消される事となった。
最初から予感があったのか、電撃が効かないと分かるとすぐに飛び退くがそこは既に壁際、逃げ道は横にしか無く、追い詰めた獲物にトドメを刺すべく放たれた火球がアルの逃げ道を塞ぐ。
後ろには壁、左右は炎に挟まれ残るは前に飛び込むしかないのだが、魔物の割に知恵の回る大ムカデ、自分の獲物の行動などお見通しだろう。
どうするか迷うアルに吐き出され続ける炎が迫り、今の自分にはどうにもならないことに苛立ち奥歯を噛み締めると、意を決して壁を蹴り残る前方へと飛び出した。
ゴンッ!
「くっ!……ぁ痛ぅっ!!」
痛々しい音と同時に炎に飲み込まれたアルの声、炎の合間に見え隠れする透明な壁はリリィの結界魔法だろう。
大ムカデも獲物の断末魔が聞こえずおかしいと思ったのか一旦炎を止めると、透明な壁の前で頭を押さえて蹲っている情けないアルの姿が見えたことだろう。
勢いよく飛び出したは良いが、突然現れた結界に思い切り頭をぶつけた、きっとそんな所だ。
ご愁傷様、助けてもらったんだから怒るなよ?
クールなアルの間抜けな姿が晒された次の瞬間、三メートルの高さから見下ろしていた大ムカデの動きが ピタリ と止まり、一瞬の後には無数の欠片となって崩れ落ちる。
「早くご飯にしましょっ」
ムカデの居なくなった後には宙に浮く六本の透明な剣、どうやら腹ペコクィーン・リリィ様は我慢の限界を迎えたようだ。
次の部屋へと続く階段を目指して一人でスタスタと歩き出すと、頭を押さえて恨めしそうにリリィを見るアルから物言いが入る。
「リリィ……もうちょっとやり方ってものが……」
「アンタ、あのまま突っ込んでたらヤラれてたわよ?助けてあげたんだから感謝してほしいものね。ほら、何か言うことはないの?」
「いや、それに関しては感謝するけどさ……」
「いつもよりご飯の時間が遅いでしょ?お腹空いたの!アンタがさっさと倒さないからそんな目に合うんでしょ?悔しかったらもっと強くなる事ね。
アンタ、魔法の修練を疎かにし過ぎなのよ。この先、魔物ももっと強くなるんだから、そこんとこ考えないと怪我じゃ済まなくなるわよ」
言いたい事が終わったら再び歩き出すが誰も付いて来ないことを悟ると途中で ピタリ と止まり、腰に手を当てて クルリ と振り返った。
「エレナっ!ご飯っ、早くっ!」
俺の腕の中で雪と共にのほほんとしていた本日ストライキ中のウサギ姿のエレナ。リリィの剣幕に ビクッ としたが サッ と視線を逸らして俺の胸に顔を埋めたので笑いが込み上げて来る。
「エ〜レナっ!ごはんっ!!」
空腹な上に反抗的なエレナの態度、苛々が募る腹ペコクィーンは ドスドス と足音を立てながら息巻いてこちらに向かってくる。なんだか俺まで怒られてるような気になって来るが、俺は悪くない。
そんな恐怖のリリィ様から逃れようと慌てて顔を グリグリ とねじ込み、後ろ足を バタバタ とさせて奥へと潜り込もうとしているがそこは俺の腹。それ以上の奥は無いぞ?
夕食を作らされるどころか、そのまま食されてしまうのかという瀬戸際、ストライキ中のエレナを救うべく救世主が颯爽と現れた。
「リリィ様、今晩のお食事は何に致しましょう?昨日は魚料理でしたから、今日はお肉にしましょうか。
そうですね……リリィ様は生姜焼きなどと言うものはご存知ですか?生姜と言う少し癖のある根茎をすり下ろした物を、醤油と言う大豆から出来たソースに溶いて薄めにスライスした豚肉と一緒に炒めるととても食欲をそそる香りのする料理になるのですよ」
兎エレナとリリィとの間に自然に入り込んだのはコレットさん。チラリとこちらを向いてウインクすると、リリィの背中に手を添えて奥の部屋へと移動を促しながら今夜の夕食について話し始める。
彼女の思惑通りリリィの興味は一瞬にして夕食の献立へと移りエレナの事は既に締め出されたようだ。
よかったな、エレナ。後でコレットさんにお礼を言っておけよ?
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