34.自業自得

「エレナ〜、デザートわぁ?」

「はいはい、今出しますから少し待ってくださいねぇ」


 保冷庫を覗き込むと小さなカップをいくつも取り出した。お尻まで伸びる金のツインテールを揺らし、お盆を片手ににこやかに寄って来る。


「はい、どうぞ〜」

「あぁ、ありがと。エレナの作るプリン、大好きだよ」

「ありがとうございます。気に入ってもらえて嬉しいです〜」


 上機嫌でプリンとスプーンとを手渡してくれるので早速一口食べてみると、今日のはトロリとした滑らかな舌触りで、口一杯に優しい甘さが広がった。固めのプリンも冷たさと弾力があっていいけど、俺はこっちの方が好みかな。


「ん〜、んまいっ」


「ちょっとぉ〜、エレナ?私のプリン早く寄越しなさいよ。なんでレイが先なのよっ、まったく……」

「それはレイさんが一番好きな人だからですよ。リリィさんだって同じでしょう?だからリリィさんはレイさんの次なのです」

「ムムッ!エレナの癖に生意気ね。いいから早く寄越しなさいっ」


 軽く言い負かされて頬を膨らませたリリィはお盆から引ったくるようにプリンを取ると パクリ と一口頬張る。すぐに頬が緩み、今の今の事ですら忘れたかのように幸せそうな顔で食べ進めると、あっと言う間に完食してしまう。


 プリンを名残惜しむように容器の隅に付いている残りをスプーンで丁寧に掻き集めて完全に食べ終わると、プリンが一つだけ乗ったお盆が差し出された。

 リリィが見上げた先にはにこやかに笑うエレナの顔。


「最後の一つです。よかったらどうぞ」


 華が咲いたかのように最高の笑顔を浮かべると早速容器を入れ替え美味しそうに食べ始めた。それを見届けると、一部始終を見ていた俺と視線が合ったので手招きして隣に座らせる。


「ほら、口開けろ」


 自分の分までリリィにあげてしまったエレナ。いくら美味しそうに食べてくれるからと言って、自分が好きで作っているのに作るだけ作って自身は食べられないとかあまりにも不憫だ。

 最初は キョトン としていたがスプーンに山盛り掬って口の前に持って行くと、嬉しそうに大きな口を開けたのでスプーンをねじ込む。


「んんーっ!」


 頬に手を当て美味しそうに食べる姿に満足していると、俺達の間に背後から顔が生えた。


「あーんっ」

「おいっ、これは俺のだ」

「あーんっ」

「聞いてただろ?これは俺のだっ!」

「あーんっ」

「ったく……」


 そんなに気に入ったのかと、開きっぱなしのティナの口にプリンを入れてやるとそれだけで嬉しそうな顔になり大人しく引っ込んで行った。

 すると今度はエレナと反対側からツンツンとつつく指があるので視線を向ければ、若干恥ずかしそうに上目遣いで俺を見ながら自分の口を指さすサラが居るではないか。それはつまり、プリンを寄越せと言うことか?俺の……俺の分が……。


「しかたないなぁ」


 多分目的は食べたいのではなく、食べさせてもらいたいだけなのだろうが、折角の美味しいプリンが無くなってしまうなと思いつつも愛する婚約者の要求を無下に出来る筈もなくサラの口にもスプーンを運んだ。


「モニカ〜」


 そうなると他の二人も仲間ハズレにするわけには行かず、その様子を ジッ と見ていたモニカを手招きすると喜んで寄って来たのでスプーンを口に入れてやると、お返しに俺の口にも入れてくれた。


「レイ、はいっ、あーんして」


 すると、隣のサラからも ニュッ とスプーンが伸びて来たのでありがたく頂く。


「あっ、ズルいっ、私もっ!ほらっ、レイ!口開けてっ」


 スプーンを片手にティナまでやって来たが、お前スプーンの中身が溢れそうだぞっ!こっちに来てから掬えばいいだろうが……。


「あっ!」


 スプーンの中身が溢れないか気にし過ぎて足元が疎かになり、お約束のごとく豪快に躓けばスプーンに乗っていたプリンだけが宙を舞って飛んで来る。



──不味い!せっかくのプリンが落ちてしまう!



 日頃の鍛錬の成果を見せるのは今!

瞬時に身体強化の魔法をかけると飛んで来たプリンに飛びかかり、地面に着く前に低空でダイビングキャッチ!

 見事に口に不時着したプリンちゃん、だが問題はその後だった。


 プリンが口に入ったまでは良いのだが、その先まで考えて無かった事実に気が付き視線を前方に移せば、俺の顔に向けて手を伸ばしながら倒れてくるティナの慌てふためく顔があった。



 あぁ、不味い事の連続だ……。



「わぁぁっ!どいてぇっ!!」


 顔面を床に叩きつけられては敵わないと体を捻り上下を反転させた。上を向くと同時に顔ではなくせめて胸の辺りに手を突いてくれよとダメもとで風魔法を使って加速してみると思惑は上手く行き、水魔法で強化された俺の胸にティナの手が触れた……までは良かった。



 不運な出来事というものは得てして重なるもので、誤算が生じたのだ。



 俺はティナの方へと飛んで行っている、すなわち動いているのだ。そんな俺の胸に手を付くとどうなるかは言わずと知れよう。

 ティナは手を付きバランスを取るどころか余計に態勢を崩すと俺に向けて頭から倒れ込んで来る。つまり俺はティナが転ぶのを助長した事になる。


 もう一度言おう。俺はティナに向かって飛んで行っている。


 そんな上でティナが倒れ込んでこれば、当然のように俺の上に落ちて来る。上手いこと腹の上に落ちてくれれば水魔法によって強化されていたのでダメージも少なくて済んだのだが、不運は重なるもので、腹も通り過ぎた所で頭からダイブして来たのだ。


 確かに、俺のせいで床に頭を叩きつけるという惨事にならなくて良かったのかも知れないが、それにしても場所が場所だった。

 着地ポイントは俺の股間、勢いを増して飛び込んだティナの頭は見事に俺の息子と金的とを押し潰した。男にしか分からない痛みが一瞬にして全身を駆け巡り、動くどころか声すら出すこと叶わない。


「ぐ……ぁあっ…………くっぅ……はぁぁっ…………ぁぐ……ぅぅ…………くぁぁ……」


「レイっ!?しっかりしろ!!サラっ!回復を!早く!兎に角早く効くやつを!頼むっ!!」


「すぐに治してあげるからねっ!もう少しだけ我慢してよっ!!」


 一部始終を見届けたアルが慌てて駆けつけてくれ悶絶する俺の代わりにサラに助けを求めてくれるのが意識の片隅で感じられた。持つべきものはやはり親友と呼べるほどの友達だ。


「ぷっ、あはははははははっ!レっ、レイっ!あはっ、あはっ、アハハハハハハハハッ!何っ……何よその間抜けなのっ!ひぃっ、ひっ、ひっ、ぷははははっ、あぁ、お腹痛い!くくっ、あははははっ!」

「ぷくくくっ、レイ様、それはお間抜けさんもいい所ですわよ。あははははっ、ダメっ!我慢できません、ぷっ、アハハハハハハハハッ!」


「ごっ、ごめんね、レイ……大丈夫?」

「トトさま、サラ姉様がすぐに治してくださいますよ。もう少しの辛抱です」


 青い顔で俺を覗き込むティナと、苦しむ俺を心配して頭を撫でてくれる雪に見守られ、サラの癒しの光が俺の股間を包み込むと徐々に痛みが和らいでいく。

 そんな中、床をバンバン叩いて笑い転げるリリィと、プルプル震えながらお腹を抱えてうずくまるコレットさんが涙で霞む向こうに見えるが、自業自得とはいえ、そこまで笑わなくてもよくないかね?ヘコむわぁ……。


「お嬢様は悪くないのです。全部この男のしでかした事、謝る必要なんてないのです」


「レイさん……」

「お、お兄ちゃん……」


 冷たく言い放ったクロエさんの言葉に間違いはない。だが……貴女は何故そんなにも俺を嫌うのかいつか問いただしてみたいが、そんな事は叶わないのだろうな。

 そんなことをぼんやりと考えながらサラのお陰で落ち着きを取り戻すと、辛さが多少でも分かってくれるのか、痛そうな顔をして抱き合うモニカとエレナの姿が目に入った。そんな二人に「もう大丈夫だ」と、頑張って作った笑顔を送ると少し ホッ とした表情になる。


「おい、レイっ、大丈夫なのか?生きてるか?」


「兄さん、死んだらあかんで……」


 苦い顔をしたミカエラも心配してくれてるみたいだが、やはり一番心配してくれているのはこの中で唯一同じ痛みが分かってくれるアルだった。

 痛み自体はひいたが動くとまた痛むような恐怖に襲われて動きたくなかったので、本気で心配して覗き込んで来るアルに「大丈夫だ、ありがとう」とそのままの姿勢で声を絞り出した。



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